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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -
あっと言う間に世界が反転した


―ピンポーン。

 チャイムが家中に響き、携帯を閉じた財前は面倒臭そうに腰を上げた。
 今日は土曜で時刻は16時。
 自分以外の者は家を空けていて、他に出る人間がいないのだ。
 だるそうに運動靴の踵を踏んで玄関のドアを開くが、視界が開くと同時にふわりと鼻孔を擽った香りに柄にもなくぎょっとする。

 そこに立っていたのは紛れもなく自分の知り合いで、先程までもずっと頭を占めていた人物だった。



「久しぶり、財前君」

「…何でおるんですか先輩」



 ドアの向こうからにこやかに挨拶してきたのは、彼女である雅。
 普通なら何故いるのか、なんて疑問は持たないが、なんせ三日前から3年生は研修旅行だった。
 部活の先輩たちは勿論、彼女も例外ではなく、最後に会ったのは火曜日だ。

 感動の再会に浸る間もなく、おっとりと笑む雅は軽く前髪を揺らした。



「3日ぶりかな?いきなりごめんね、今って時間大丈夫?」

「質問の答えになってないッスわ。まあ暇やし丁度誰もおらんからとりあえず上がってってください」

「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて」



 相変わらずマイペースな彼女に内心微笑んで、家に招き入れる。
 ぺこりとお辞儀をする雅が中に入ったのを確認して扉を閉め―

 と、そこで気付いたことがひとつ。



「…先輩、その荷物は?」

「あ、こっちに帰ってきてそのまま直行したから。連絡すればよかったんだけど、携帯の充電切れちゃってて…ちょっとしたサプライズ?」



 家にいてくれてよかったよー。

 申し訳なさそうに眉を下げる彼女の言葉で全てが繋がる。
 つまりは疲れている身体を引き摺って自分の家より先に回ってくれたと、そういうことだろう。
 今日帰ってくるのは知っていたが、まさか帰って早々会いに来てくれるとは思っていなかったため戸惑った。
 疲れも考慮して明日にでもこちらから連絡しようと考えていたのだが、何とも嬉しい誤算だ。


−大歓迎ッスわ。


 そう言って少し口元を緩めると、彼女の白い手から大きな旅行鞄を攫う。



「あ、ありがとう」

「いえ、どうぞ。まあ今は俺しかおらんから茶くらいしかだせやんけど」

「十分です」



 にこりと頷いたのを見届けてリビングに通すと、適当に座るよう促した。



「鞄ここ置いときますわ。茶入れてくるんで待っとってください」

「あ、お茶といえばお土産の一つに紅茶があるんだけど。財前君家は紅茶は大丈夫だっけ?」

「ああ、まあ。せっかくなんで今飲みます?」

「ほんと?じゃあ是非。実はちょっと飲みたかったんだよね。そうそう、財前君個人にもお土産あるよー」

「…おおきに」



 彼が運んでくれた鞄を漁ってあれやこれやと品物を出していく。
 受け取った紅茶を片手にそれを横目で見守る財前は、よくこれだけ詰め込んだものだと感心しつつ、ふと横切った疑問を口にした。



「でもなんで自宅より先にこっち来はったんですか?そんな遠いこともあらへんし荷物置いてからでも、」

「いや、一番に財前君に会いたかったからだけど。…それをわざわざ聞きますか」

「…」



 突然飛んできた質問に手を止め少し照れながら答えを返すものの、財前からの反応がない。



「…ん?財前君?」



 不思議に思った雅が顔を覗き込もうとするが、それは叶わなかった。




−トサ。
「…あれ?」



 気がつけば世界が反転し、背中と後頭部に軽い衝撃が走る。
 視界に映り込むのは財前で、彼の後ろには何故か天井。

 …ああ、つまりは押し倒された状態ですか。

 ボーっとした脳内で状況を理解すると、雅は少し不機嫌そうに切り出した。



「…財前君、頭打ったよ。正直痛い」



 むー。
 普段から朗らかな彼女の珍しい反応に気分をよくしたのか、楽しそうな振動が鼓膜を揺らす。



「先輩がいきなり嬉しいこと言うからや。堪忍」

「愛情表現は嬉しいんだけど、できればもう少しお手柔らかに」

「嫌や言うたら?」

「場合によってはお別れだね」



 ぴたり。

 意地の悪い笑みを浮かべていた財前だったが、まさかの返事に動きが停止する。
 彼女は冗談は言うが嘘はつかない。
 もしや地雷を踏んだだろうか。
 どうとっていいものか迷って、暫く思考が迷走する。

 少しの間をおいて、彼にしては弱い口調で言葉を紡いだ。



「…ホンマに?」

「うん、冗談だけど」



 そんな簡単に嫌いになるわけないじゃない。

 財前の様子が可愛かったのかクスクス笑いを零すが、暫くの沈黙の後、それを黙らせるかのように唇が塞がれた。
 不意打ちに驚くものの抵抗はしない。
 温度が離れるなり、眉を下げた雅が困ったように微笑んだ。



「…ごめんね、さすがに質悪かった?」

「別に。おあいこッスわ」

「それならよかった。じゃあそろそろ離してくれるかな」

「−先輩が条件のんでくれるんやったら」

「条件…とは」



 彼にしては、珍しい申し出だ。
 目を瞬かせて首を傾げた雅の頬にかかる髪をそっと払ってやりながら、視線を絡ます。



「そろそろ名前で呼んで下さいよ」

「うん?」



 言われてみれば、確かに未だに彼のことを名字で呼んでいたことに気付く。
 しかし生憎、雅にも決定権はあるのだ。
 視線を流して思考を巡らしたのち、再び財前に焦点を合わした彼女はいつものように淡く笑んだ。



「んー…今の方が呼びやすいんだけどね」

「そんな理由じゃ納得できやん」

「財前君はなんでそんなに呼び方にこだわるの?」



 まさか折り返してくるとは思わなかったらしく、その問いかけには暫し詰まる。
 普通の女子に比べてあっさりしているとは思っていたが、ここまでくると自分の方が女々しい感じがする。
 それでもじっと耳を澄ましてくれる雅に降参したのか、微かに肩をすくめると苦々しく口を開いた。



「…名字やとなんか他人みたいで、」



 つか、謙也さんのことは名前で呼んではりますよね?

 複雑そうに眉を潜めると、少し項垂れてぼそりと呟く。
 彼がここまで素直になるのも彼女だけ。
 それが分かっているからこそ、彼の意見は雅もしっかり受け止める。

 理由を聞き終えた雅は優しく瞳を細めた。



「なんだ、そういうことか。ようは私の気持ちがしっかり財前君に伝わればいいんだね」

「は…?」



 自分なりに満足な結果が導き出せた雅はほっこりとした様子で歯をちらつかせた。

 一方財前は懸命に言われたことを理解しようと頭を整理している。
 基本的に要領よく勘も悪くはない財前だが、雅相手ではどうも思考回路がにぶるらしい。

 何だろう、うまく意図が伝わっている気がしない。

 頭を悩ませる財前の視界が、がくりと揺れた。




−ぐい、
「!ちょ、」



ふわり。






「−大好き」

「!」



 いきなり首に巻きついた華奢な腕に引き寄せられたかと思えば、直後響いた甘い響き。
 普段から素直な彼女だが、その表現はいつも遠まわしだ。
 ここまで直接的に言われることは滅多にないため思わず固まった。

 そんな財前を愛しそうに見つめると、首から外した方の手で彼の髪を撫でるように梳く。



「満足した?」

「…しゃーないッスわ。暫くはそれで我慢したります」

「我慢できなくなったらまた言って」



 合わない視線は照れ隠し。
 そんな彼が可愛くてしょうがない。

 抱き起こされるのを見計らって、思いきり抱きついた。







あっと言う間に世界が反転した


(だって貴方の反応が可愛くて仕方ないんです。だからもう少しこのままで、ね?光君)
(…やっぱもう暫くは謙也さんに八つ当たりしたりそうや)


あ、すってんころりん。
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