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ふと甦る気持ちに焦がれて堪らない、この想いの先にある面影を視る





「ねえ跡部、もうすぐ私の誕生日だよ」

「…だから何だ」

「ちょうどクリスマスイブなんだよね」

「…」

「ツリー、一緒に飾ろ?」



 にっこりと効果音付きで首を傾けた目の前の少女に、跡部は怪訝そうに眉を寄せた。

 全く会話が成り立つ気がしない。
 親しくもない人間の誕生日など知ったことではないし、クリスマスを一緒に過ごす予定もサラサラないのだ。
 しかし彼女の中では既に決定事項らしい。

 不機嫌も露わな自分に構わず、無邪気な黒眼はニコニコと窓の外を見つめている。
 対照的に視線を落とした跡部は己の手に収まる箱に音もなく息を吐いた。



「…で?これは何だ」

「ショコラだよ」

「何の意味がある?」

「もちろん、バレンタイン用。美味しかったら三倍返しね」

「受け取る気はねぇ」

「ふふ、ちゃんと甘さは加減してあるから大丈夫だって」

「…」



−何なんだこの女は。

 つき返そうと箱を差し出すがその白い両手が動く気配はなく、早々に諦めて腕を折り畳んだ。
 当たり前のように隣にいる彼女にただ苛立ちが募る。
 幸せそうに綻ぶ瞳も、楽しそうに揺れる黒髪も、何故か酷く勘に触った。

 自分が色んな意味で注目を集める存在であることは自覚していたし、勿論女性にアピールをされることも少なくはない。
 ただそれらを心から受けたことは一度もなく、女性を自分の私生活に踏み入れさせたこともない。
 だからこそ今の現状が、女が何故この場にいるのかが理解できなかった。

 自分がそれを許したとでも言うのだろうか。



「−跡部」



 少し掠れた独特なソプラノが柔らかく鼓膜を刺激する。
 あまりに優しく呼ぶから、無条件で視線を返してしまった。
 慣れ慣れしく呼ぶなと言うはずだった唇は意志に反して全く別の言葉を紡ぐ。



「…お前、いつからそこにいた?」



 なんの違和感もなくいつの間にか隣にあった彼女の存在に、ようやく疑問を持ち始めた。
 そこで名前も知らないことに気付き、同時に朧気な面影が脳裏にちらつく。

 誰かと、重なる…−。

 曖昧に揺さぶられる脳に気分が悪くなって、思わず片手で目元を覆った。
 暗闇の世界で、“懐かしい”声が耳に入り込む。



「−好きだよ、跡部」



 質問の答えとは程遠い、言葉。
 しかしただストンと落ちて全身の細胞に吸収された音に、確信した。



−ワケの分からない奴。

 そう思ったのは、これで二回目。
 そうだ、自分がそういうレッテルを貼った女が、いたはずだ。



『ね、私が宇宙人だったらどうする?』



 冗談混じりの声が頭の隅で小さく弾ける。
 それにつられるように途切れ途切れに浮かび上がる情景に目を凝らした。
 驚くくらい白い肌と、絹のような黒髪。

 ぼやけるピントを必死に合わせようとするが、決まってあと少しといったところではぐらかされる。



−誰だ。

『もー、跡部は冗談が通じないね』


−俺は何を忘れている。

『…一緒に、生きていきたかったなあ』


−お前は、誰だ。

『跡部、』







「−、大好き」






「っ−−−…!」







 瞬間開けた視界と、止まった時間。
 一気に合ったピント。
 そこに存在する少女の笑みに、何かが弾けた。

 何故忘れていたのかが不思議なほどに、一斉に記憶の波が押し寄せる。



『もう、いい加減覚えてよね私の名前!』

『跡部の意地っ張り』

『えー…だって恥ずかしいから』

『また、一緒に見れたらいいね』

『ふふ、前世とか生まれ変わりとか信じないタイプでしょ?』

『失敗は成功の元ってね。次は美味しいって言わせてみせるよ』

『私、跡部には幸せになってほしいなあ』



『−私のことは、忘れてね』



 何よりも穏やかに、誰よりも幸せそうに笑うくせに、ふと滲む寂しさ。
 そんな彼女を何に変えても守ると誓ったのに。
 絶対に手放さないと決めたのに。

 再会を願ったのは他でもない、自分なのに。

 自分の中で彼女を失っていた悔しさに堅く指先を握った。



「   −…」

「!」



 跡部の唇が形作った音を見届けた瞬間に、軽く目を見開いた少女がふわりと表情を崩す。
 淡く色付いた笑顔に愛しさがこみ上げた。

 しかし、触れようとのばした手は宙を掴む。



「!?な…っ」



 気がつけば周りの景色は消えており、黒く塗りつぶされた空間に二人。
 ふと睫毛を伏せてゆっくりと遠ざかり始めた彼女に、すぅっと頭から温度が奪われる気がした。



「っ―!」



 血の気が失せて少女と変わらないくらいに白くなった指先は、彼女との距離をひらくばかり。
 追いかけたいのに、足が思うように動かない。



「っくそ…!」



 また彼女を失うのか。

 ぼやけ薄れる輪郭に瞳を細めた。
 彼女の唇が動いている気がするが、音が拾えない。



『      』



 聞こえない。
 きこえない。

 キコエナイ。









「っ−−−…!」



 ガバッ。

 めいいっぱいに空気を割いた腕が当てもなくさ迷った。
 何かを叫んだのか、カラカラに乾いた喉には微かに言葉の名残がある。
 見慣れた天井に、一旦瞼を下ろして腕で視界を覆った。


−夢、か…。


 暗闇に揺れる“何か”。

 不確かなそれが、何故か酷く胸を締め付けた気がした。
 心臓にじんじんとした熱さを感じて、ふと自分が泣いていたことに気が付く。
 乾いた跡が皮膚に何かを残すかのように訴えかけた。

 ゆったりと身を起こすと、辺りを見渡す。
 自室の風景に、匂いに、雰囲気。
 シーツの肌触りも、部屋の色合いも、窓から差し込む朝日も、いつも通り。

 何一つ変わらない、いつもの朝だ。



「…らしくもねぇな」



 前髪をかきあげながら自嘲をこぼし、窓へと歩み寄った。
 眩しい光が眼孔に進入し、反射的に視界を狭める。



「今日もいい一日になりそうだ」



 さて、本日は大切な会議があった筈だと踵を返し、
 そこでふと動きを止めた。


−何の夢を、視ていたのだったか。


 とても大切な、かけがえのないものだった気がするのに、先程までのモヤモヤは既に形を失ってしまっていた。
 一瞬、酸素を摂取することも忘れて眉をひそめる。
 しかし無理に思い出すのは何かが違うように感じて、緩やかに呼吸を取り戻した。



「−まあいい」



 ふっと力を抜くと、無意識に握りしめていた拳が解ける。

 ガチャリ。


 跡部が扉の外へと姿を消すと、窓際で一つの写真立てが柔らかく日差しを反射した。









ふと甦る気持ちに焦がれて堪らない、この想いの先にある面影を視る

(やっぱり忘れられるのは辛い、よ。だから…、)
(こんなにも不確かなものなのに、それを求めている自分がいる)

青春ららばい、あいしてる。
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