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積み上げたトランプタワーの崩れる音が、堪らなく愛しいの


 メラメラと燃える柱を見ていた。

 あっという間に燃え移る炎は白いマットに移動し、更にその姿を主張する。
 漂うのは燃えたバスケットボールの異様な臭い。
 唯一の扉は外からの頑丈な鍵によりビクともしない。
 窓は遥か上だ。
 携帯は図書室に置き去りの鞄の中。

 絶望的な状況の中、雅はただじっと座って炎を瞳に写していた。






 跡部は妙な胸騒ぎを感じていた。

 完全に日が落ち、外と内の明るさの差により鏡と化した生徒会室の窓ガラスに目をやる。
 しかめ面の自分の姿を確認すると、自嘲を溢し書類へと視線を戻そうとした。
 しかし目がいったのは書類ではなく、先程からテーブルの手元に放置してある携帯だった。
 いつもの彼なら仕事中に携帯を人目に晒すことは絶対にしないが、今日は話が別である。

 いつもと違う跡部に気付いたのか、彼と一緒に残っていた生徒会メンバーの一人が心配そうに声を掛けた。



「会長、どうかしましたか?」

「…いや、何でもない」



 何でもないように振る舞おうとした跡部だったが、やはり落ち着きのなさは隠せない。

 書類を捲ろうとした時に鋭い痛みが走った。
 紙の端で切ったらしい。
 指に赤い線が出来る。

 ジワジワと滲む赤に、端正な顔をしかめた。
 それを見ていた生徒が慌てて駆け寄る。



「切ったんですか!?」

「大したことはねぇ。持ち場に戻れ」

「あの、調子が悪いんでしたら後は自分達に任せてくれても…」

「余計な気回すんじゃねえよ。大丈夫だ。さっさと終わらすぞ」

「は、はい!」



 慌てて仕事を再開する生徒を見届けると、切れた指はそのままに書類に目を落とす。
 視界の端でもう一度携帯を盗み見た。

 着信、なし。
 静かに息を吐くと、一人の少女の笑顔が目に浮かんだ。

 一見は、屈託のない花のような笑顔。
 初めてそれを見た時に、正直鳥肌がたった。
 人を見るのに優れている自分だからこそ、気付いてしまった。
 あまりに自然な『造りモノ』。

 周りに気付いている人間はどれくらいいるのだろうと思わず考えたくらい、彼女は綺麗な仮面を被っていた。
 一体いつからそんな術を身に付けていたのだろうと疑うくらい、彼女の仮面は完璧だった。

 気付いた時には目が離せなくて、堪らずその手を掴んだ。
 自分の側にいろだなんて告白じみた台詞を伝えた時でさえ、その笑顔は崩さずに。
 自分とは全く違いながらも、根本的なところに重なるものを見つけて、ほおっておけなかった。

―…雅。

 呟きかけた言葉を呑み込む。
 一体彼女は今何処で何をしているのか。
 それが掴めないのが、跡部の胸騒ぎの原因だった。

 自分のファンの事を考慮して、雅の危険を避ける為に学校ではろく話もしていないが、クラスは同じだ。
 普段話せない分、人気がなくなる時間帯まで互いに違う場所でそれぞれの事をこなして、日が落ちてから一緒に帰るのが二人の日常である。

 ただ、今日は生徒会の仕事でいつもより遅くなることが確実だった。
 その旨を伝えようと連絡を入れているのだが、彼女と一向に連絡がとれないのだ。
 人付き合いに関しては隙がない雅が何の連絡も寄越さないのはおかしい。

 再び考え込む跡部の耳にノックの音が入った。



「入れ」



 促しを受けて顔を出したのは、遅れてきた生徒会のメンバーだった。
 申し訳なさそうな表情で入ってくる。



「遅れてすいません」

「連絡は受けてる。書記に聞いて仕事を始めろ」

「はい。…あ、あの」



 要件だけ伝えて作業に戻ろうとするが、言いづらそうに口ごもる生徒に跡部は視線を戻した。



「取り壊し予定の離れの倉庫って燃やす事になったんですか?」

「…何?」

「なんか煙出てるし、燃えてるみたいなんですけど…」



 耳を、疑う。

 そんな話は聞いていない。
 もし連絡ミスで自分に伝わらなかったのだとしても、そういうものは生徒がいない休校の土日にやるのが普通だ。
 平日の、しかもこんな時間帯に実行されるのは有り得ない。

 最近頻繁に聞くようになった放火事件が頭を横切る。
 セキュリティには自信を持つ学校だが、絶対なんて言葉はない。
 離れでは火災装置も反応しない可能性がある。

 不意に、心臓が煩くなった。

 大きくなった胸騒ぎに音をたてて立ち上がると、驚く生徒達に向かって指示を出す。



「消防署に連絡しろ!」

「え、会長…!?」

「先生方にも報告!校内に残っている生徒も全員避難させろ!」



 それだけ言い残すと慌てふためく生徒を放置し、生徒会室を飛び出した。
 嫌な汗が背中を伝うのを感じながら、離れの倉庫目指して足を進める。

 雅の姿がちらついた。






『跡部様に近付かないで』

『会長はあんただけのものじゃないんだからね!』



 女生徒の言葉が頭の中で反響する。
 赤く揺らめく炎を認識しながら、雅の脳は一人の男の情報をひたすらに巡っていた。

 跡部景吾。

 容姿端麗、スポーツ万能、その上リーダーの素質や権力まで備えている彼のファンなど腐るほど存在する。
 そんな完璧な彼に何故か目を止められた。
 否、彼が自分に興味をもった理由は分かっている。
 
 彼は、気付いたのだ。
 今まで誰にも気付かれなかった、仮面に。

 初めは正直ショックだった。
 しかし、次には興味をもった。
 初めて自分の造り笑顔を見破った人物が、どんな存在なのか。
 表面上は友好的でも心中で他人を拒み続けた自分が、その興味だけで一緒にいることを拒まないでいた。

 気がついた時には、彼から離れられなくなっていた。

 跡部は頭がいい。
 雅の事を考えて、むやみに話し掛けてくることはない。
 だから今まで平和に過ごしてこれたのだ。
 しかし、ファンの誰かに偶々二人でいる所を見られてしまったのだろう。
 今回のはそれが招いた結果だ。


 彼女達が悪いわけではない。
 ―まさか此処が放火魔に襲われるなんて思わないだろう。

 勿論、跡部が悪いわけでもない。
 ―まさかこんな所にいるなんて思わないだろう。

 火を投げ込んできた放火魔が悪いわけでも、ない。
 ―まさか人がいるなんて思わないだろう。


 彼女達から、逃げようと思えば、逃げられた。
 彼を、拒もうと思えば、拒めた。
 此処で、助けを呼ぼうと思えば、呼べた。

 対処法を分かっていながら、あえて、動かない自分が悪いのだ。



「…―ッ、ごほッ」



 煙が充満してきた。
 満足にいかない呼吸に、肺が不満を訴え始める。
 そろそろヤバいか。

 少し意識が朦朧としてきたその時、雅の耳が音を捕えた。




―ガンガンッ


『ー…!ー…ー!』



 金属を叩きつける音と、叫び声。
 焦がれた声に、心臓が震える。



―ガキィッ



 何かが壊れる音が響くと同時に、扉が激しく開かれた。
 初めて目にする、動揺を露にした跡部が立っていた。



「ーっ雅!!」

「ごほ…ッあ…、べ…」

「!とりあえず出るぞ!」



 酷く咳き込む雅を目にした跡部は目を見開き、駆け寄る。
 上着を脱いで雅に被せると、次の瞬間には彼女の身体を抱き上げた。
 予想以上に重みのないそれに眉をしかめるが、今はそれに構っている暇もない。

 雅を抱えた跡部が外へと出た瞬間、後ろで出口が焼け落ちた。
 それを認識した瞬間、どっと力が抜ける。
 少し離れた場所に静かに雅を下ろすと、外傷を確かめた。



「怪我はねぇな?」

「…ん、ないよ」



 呼吸も大分落ち着いている。
 雅はお礼を言う為に下げていた視線を跡部と合わせようとしたが、それは叶わなかった。

 気が付いた時には、思いきり、抱き締められていた。

 肩越しに、赤いランプがちらつくのが見える。



「―心配、した?」

「…バカかお前は」



 肩に感じる重みは変わらず、まわされた腕には痛いくらいの力が入った。

 ―彼は、きっと気付いているだろう。

 気付いていながら、こうして付き合ってくれているのだろう。
 凄く強くて、酷く儚い人。
 優しすぎる、自分の大切な人。

 雅は悲しそうに、切なげに瞳を揺らすと、ゆっくりと目を閉じた。
 狂っているのは分かっているのだと、誰に言い聞かせるでもなく。
 跡部の肩に押し付けた顔は静かに変化を遂げる。

 クツリ、と唇が歪んだ。

 人の温度を感じながら、震える身体を抱き締め返した。








積み上げたトランプタワーの崩れる音が、堪らなく愛しいの。


(こんな方法でしか愛を確かめられない私を、許してね)
(お前を失いさえしなければ、どうでもいい)


壊れたまま動く歯車。
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