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さて、次はどうやって泣かせてあげようか


 さて、どうしたものか。

 雅は自分の置かれた立場に困ったように微笑んだ。

 現在、彼女は男の腕の中にいる。
 男の腕の中、と言っても、抱き締められているだとかそういうロマンチックな状況ではない。



「動くんじゃねぇぞ!」

「そこ!妙な動きすんじゃねえよ!撃たれてぇのか!?」

「チッ、とろとろすんなよぉ。さっさと金詰めろ」



 男達の罵声が飛び交い、悲鳴と恐怖で満たされた空間。
 そこで、雅は人質の一人としてナイフをつきつけられていた。

 同居人が唐突にアイスが食べたいとのことで、夜中にも関わらずコンビニにお遣いに来てみれば、この様だ。
 初めて出会うコンビニ強盗というものに驚きはするものの、現在の生活環境の賜だろうか。
 雅に恐怖というものはなく、代わりに頭を占めるのは、この状態をどう切り抜けるかということだった。
 早くアイスを持ち帰らなくては、待ちくたびれた同居人が何処かに旅立ってしまうかもしれない。

 気まぐれな人だからなぁ…。

 端正な顔に笑顔を張り付け、駒のように人を弄ぶアイスの依頼人。
 その顔を頭に思い浮かべた雅は、苦笑を溢した。

 そんな彼女の態度が気に入らなかったのだろう。
 雅にナイフをつきつけていた男が苛立ちも露に彼女に罵声を向ける。



「何笑ってやがる!てめぇ自分の状況分かってんのか!?」

「えっと…一応…」



 更に接近したナイフに少し身を退くように首を傾げる雅だったが、やはり眉を下げるだけで怖じけつく様子はない。
 それどころか尚も笑みを称えるその姿に、男はちょっとした異常さを感じとった。

 女と言わずとも、まっとうに生きてきた一般人であれば、この状況で笑うなんてことは出来ないだろう。
 銃で牽制されているだけの他の客とは違い、直接ナイフをつきつけられる形となった彼女なら、尚更だ。
 少しの違和感を感じながらも、自分達が乗り込んだ際に会計最中だったが為についでに拘束した女に視線を送る。

 ふわふわした髪型に合った、柔かい顔立ちの女だった。
 女というにはまだ幼さが残る顔立ちだが、二十歳前後といったところだろうか。
 こんな時間に外を出歩けば明らかに浮くような、どこぞやの箱入り娘のような雰囲気を醸しだしている。

 何であれ、このままでは格好がつかないと踏んだ男は、何とか雅から余裕を奪おうと声を荒げた。



「お嬢ちゃんよぉ、あんまナメてっと痛い目みるぜ!?」

「…!」



 ぴくり。

 不意に、雅の顔から笑みが消える。
 驚いたように見開かれた目が、ゆっくり瞬き始めた。
 その上下する長い睫毛に気をとられながらも、男は満足そうに笑みを浮かべる。
 雅の表情の変化を、自分の言動によるものだと思い込んだからだ。

 自信に満ちた表情で、勝ったと言わんばかりに雅の顔を覗き込む。



「そうそう、初めからそういう顔してりゃあ…」



 言葉は、続かなかった。

 合わない視線に、彼女の意識が完全に自分から外れていることに気付いたからだ。
 その視線を追うには、男には些か余裕がなさすぎた。
 
 おいおい、無視かよ…!

 再びぐつぐつと沸き上がる怒りに任せ、男は雅を力任せにレジのカウンターに押し付けた。

 ガタン。

 大きな音と共に、他の客からの悲鳴が上がる。
 仲間からも程々にしておけと非難の視線が送られるが、そんなものはどうでもよかった。
 これでどうだと、男は半場狂喜じみた顔付きで押さえ付けた身体を見下ろす。

 しかし、その先にあった彼女の表情に、自分が固まるのが分かった。



「―…全く、困ったもんですね」

「―ッ!!!」



 そこには最早恐怖も畏怖も、驚きすら存在しかなった。

 雅は『何か』に対し穏やかに、ただ穏やかに、苦笑を浮かべる。
 その瞳の先に男の姿はなかった。
 明らかに自分宛てではないそれに、男は何かが切れる音を聞いた。

 なめやがって…!

 肩を押さえ付ける手に力を込め、とうとう雅に向かってナイフを振り上げる。




―そこからは、何が起きたのか理解できなかった。




 グラリ。

 視界が揺れ、悲鳴が、周りの音が遠のく。
 
 気が付けば、男は床に座り込んでいた。

 どれだけ時間がたったのかは分からない。
 数分か、数十秒か、あるいは数秒かもしれなかった。
 しかし、男が再び目を開けた時には、先程と明らかに違う光景が広がっていた。

 自分と同じく地に伏している仲間達と、今までとはまるで次元の違う恐怖を張り付ける客達。

 目の前には、いつの間にか一人の男が立っていた。



「いやぁ、よくないなあ。こんないたいけな女の子に乱暴なことするなんて」



 男の風上にもおけないよ?

 クスクスと楽しそうに笑う男―折原臨也に、雅を押さえ付けていた男は顔を青ざめる。



「お、お前…なんで…!?」

「何で?質問の意味が分からないなあ。俺は帰りの遅い助手を迎えに来ただけだよ」



 そう言うなり臨也は男の横をすり抜け、レジの前に座りこんでいる雅に手を差しのべた。



「あまりに遅いから待ち切れなくて来ちゃったよ」

「どの口が言ってるんですか?」



 少し目を細めて当たり前のようにその手を取る雅を目の前にして、男の中で全てが繋がる。

 彼女の異常な落ち着きぶりにも納得がいった。
 ここらに住む者なら誰でも知っている、否、知らざるを得ない恐怖の塊のような存在である折原臨也。
 彼の助手なんてものを努められる人間には、きっとこんな状況なんてなんの問題にもならない。
 疑惑が解決すると同時に、大きな後悔が男を襲った。

 彼女が表情を変えた時に、その視線の先に目を向けていたならば、この恐ろしい男の存在に気付けていただろう。
 まあ気付けたところで結果は変わらなかっただろうが、少なくとも、彼の大事な助手に手荒な真似はしなかった。

 そして―…。

 それから―…。

 悔やみ切れない過去の渦に囚われ呆気にとられる男は、自動ドアへと向かう二人を見送った。
 店から出る瞬間、振り向き様に、臨也の唇がゆっくり動く。



『ごくろうさま』



 それを目にした瞬間、パズルが完成するかの如く、真相を理解した。


 ―…ああ、俺達はこの男に『ハメられた』のか。


 後には、全てを察し虚ろな目で座り込む男と倒れた仲間、そしてどう動けばいいか分からいといった客のみが残された。









 カツン。

 コンビニからの帰り道、小さな小石を蹴りながら、臨也は軽い口調で言葉を紡ぎだした。



「あーあ、結局アイス食べ損ねちゃった」

「アイスなんてどうでもよかったくせに、よく言いますよ」



 隣から返ってきた柔かい声に、口元を弛める。



「あ、やっぱバレてた?」

「初めから見抜けなかったのが悔しいです」



 少しだけ、怒ったように語尾が強くなった。
 それが自分に対しての怒りなのか、彼女自身に対しての怒りなのかは分からない。

 多分、両方なんだろうね。

 唇の端をつり上げて、そういえば、とその顔を覗き込む。



「やっぱり、君はあんな場面でも笑ってられるんだねえ」

「…やっぱり、根本から仕組んだんですよね」

「もしもの時の為にちゃんと手は打っておいたし、結構楽しくなかった?」

「楽しいのは折原さんだけですよ。大体、薬だって人によって効果が出る時間違うのに」

「俺がそんなヘマをするとでも?」



 ニヒルな笑みで覗き込んでくる臨也に呆れたように笑って、彼の上着のポケットに手を突っ込んだ。



「雅ちゃんのエッチー」

「黙って下さい」



 冗談めいた声に軽いノリで返し、触れた物を掴むと、手を引き出す。

 カサリ。
 乾いた音。
 どこぞやのドラマや漫画で見るような、三角形に折りたたまれた白い包み紙。

 手の中の物にため息を溢した雅は、それを自分のスカートのポケットへとねじ込んだ。



「没収です」

「えー…」

「そんな顔してもダメ。大体、私以外の人がとばっちりくったらどうする気だったんですか」

「どうもしないよ?」



 ピタリと足を停めれば、雅もつられるようにして歩みを止めた。
 雅の弛い三日月を描く口元に人差し指を当てて、優しく微笑む。



「君以外がどうなろうが、俺の知ったことじゃないからね」



 表情とは裏腹に恐ろしいことを言ってのける臨也を、冷静な漆黒の瞳が捉えた。



「人間大好きな人が言う台詞ですか?」

「人間は好きさ。けど、それとこれとは話が違う。関係ない人間が怪我しようと死のうと、どうでもいいことだろう?」



 まるで芝居のように恭しく両腕を広げてみせる臨也に、雅は何とも言えない笑みを溢す。



「折原さん…本当に性格悪いですよね」



 完全に呆れの色を含んだ言葉だったが、彼がそれに対して反応を返すことはなかった。
 メインの部分には一切触れないまま、わざとらしく首を振って息を吐く。



「雅ちゃんさあ、そろそろその他人行事な呼び方やめない?」

「もうこれで慣れてるんで」

「後々困ると思うけどねえ」

「?何でですか?」



 心底不思議そうに首を傾げる雅の頬を愛しそうに撫でながら、臨也はごくごく当たり前のように言い放った。



「だって君も折原になるのに折原さん、なんて変だと思わないかい?」

「…突っ込むべきですか?」

「いやいや、本気さ」


 
 その愉快そうに笑った瞳を見た瞬間だった。

 唇をかすめた温度に、雅の目が見開かれる。
 時間にすれば一秒にも満たない出来事。



「ッ…!」



 近すぎて認識できなかった顔が、ある程度離れたことで再認識される。
 愉しそうに歪められた形のいい唇を捉えた時には、彼女の手は動いていた。

 パァアン。

 高らかな音が清々しいほど響き渡り、空気に滲む。



「ッ暫く夕食抜きですから…!」



 雅は滅多に聞けない叫び声を残して背中を向けた。
 余程動揺しているのかみるみる小さくなっていく後ろ姿を見送ると、臨也はそっと熱を持った頬に触れる。



「酷いなあ」



 クスクスと笑う声には、怒りや悲しみという類のものは一切含まれていなかった。
 ただ純粋に、嬉しくて堪らないといったように唇を歪ませる。




―コンビニ強盗は、何から何まで彼の計画だった。

 手頃な掲示板で書き込みをして、金に困って切迫詰まっているような輩に対して餌を撒く。
 甘い話に誘われて人が集まってしまえば、警察の手が回りにくいだのなんだのと唆してコンビニと時間を指定すれば準備完了。
 後はその時間に合わせて、雅をコンビニに向かわせるだけだ。
 大事な助手に怪我をさせるわけにもいかないので、保険として彼等に薬を盛るのも怠らなかった。

 何故そんな嫌がらせのようなことをするのかと聞かれれば、勿論、彼女のことが嫌いだからではない。
 寧ろその逆からくる愛情からだった。

 といっても、到底他の者に理解される形のモノではなかったが。



「さて、暫くは外食か…雅ちゃんは和食派だっけ」



 ここら辺に和食店ってあったかなあ。

 雅の思惑からは完璧にズレた事を考えながら、臨也は歩み始めた。

 普段から笑顔を崩さない穏和な彼女の、自分に手を上げた時の表情を思い出し、クツクツと喉を鳴らす。
 マンションのドアを開ければ、恐らく物が飛んで来ることだろう。
 真っ赤な顔をうつ向かせて、もう一人の助手である波江の後ろに身を隠す様子は想像に容易い。

 臨也は子供のような無邪気な笑顔で、空を仰いだ。







さて、次はどうやって泣かせてあげようか。


(生憎、万人に向けられる笑顔なんかには興味ないんだよねえ)
(私の気持ちなんて、とっくの昔に知っているくせに)


言葉は夜空へ。
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