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お前を悪く言うやつは誰だろうとお前自身だろうと許さねぇから覚悟しろ



「…平和島君」



 ぽつりと落ちた声に、静雄は顔を挙げた。

 校舎裏の壁にもたれかかる体勢はそのままに、口に含むパンを飲み込もうと葛藤する。
 応えようにも唇を開けられる状態ではない。
 もふもふと、その容姿に似合わない効果音を背負いながら懸命に口を動かす静雄の姿がウケたらしい。
 隣から伝わった僅かな振動に、怪訝そうに視線を向けた。

 かち合った漆黒の瞳が、申し訳なさそうに瞬く。



「あ…ごめんね、ゆっくりでいいよ。大したことじゃないの」



 緩めた口元を静かに引き締め直して俯いたクラスメイトに、そうかと頷いてお茶に手を伸ばした。

 近くて遠いような、曖昧な距離感を保ったチャイムの音が耳に届く。
 明らかに焦るべき現状だが、二人共に腰をおろしたままで動く気配はなかった。
 午後の授業はサボリ決定だ。



「パン、ごちそうさま。あと…サボらせちゃってごめんなさい」



 カサリと音を立てて丁寧にパンの袋を折り畳む彼女の白い指に焦点を定めながら、ペットボトルのキャップを回す。



「あー…お前が気にすることなんて何もねえよ」



 お礼を言われる事に慣れていないために反応に戸惑い、どうするでもなく視線を自分の手元に引き戻した。
 視界の端で黒髪がサラリと揺れる。
 でも…と続いた、か細い音に耳を傾けた。



「−何で、分かったの?」



 完全に主語が抜け落ちた質問に、眉を顰める。
 意味が解らなかった為ではない。
 彼女の問い掛けの意図を、しっかり理解した上での素直な反応だ。

 落ち着かず軽く身を捩れば、ポケットの中の紙切れが己の存在を主張するようにクシャリと鳴いた。
 同時に頭を過ぎった宿敵ともいえる人物像に、軋む筋肉を抑え込む。
 此処で暴れては目の前の彼女を怖がらせるだけだ。
 それだけで済めばまだ良いが、下手をすれば怪我を負わせる羽目になる。

 申し訳程度の理性で荒ぶる感情を鎮めていると、そんな静雄の状態に心配になったのか、小さく息を呑む気配が空気を伝った。



「あの、無理に答えなくても大丈夫だよ。結果的に助かったから、お礼言いたかったってだけで」

「…おう。で、本当に怪我はねえんだな?」

「それは平気。いつもありがとう」



 ニコリと控え目に返ってきた笑みに、そっと息を吐く。

 自分が言うのも可笑しいが、彼女ー飴凪雅は、どこか危うい雰囲気があった。
 勿論、自分とは全く違った意味合いでの話だ。
 あまりに静かすぎて、気を抜けば何処かへ消えてしまいそうな、空気に溶け込んでしまいそうな存在。
 そんな彼女が周りから浮くのはある意味必然で、しかし静雄からすれば解せない面もあった。

 キャップを外したお茶に口をつけるでもなく、目の前の倉庫に視線を投げる。
 奇妙な形にひん曲がった扉からは、バスケットボールやコーン、マットなど、体育で使う用具が覗いていた。
 鍵が掛かっていたにも関わらず無理矢理こじ開けた結果だ。

 常識的には考えられないそれも、静雄の並外れた力を持ってすれば何て事はない。
 といっても、理由もなく学校の備品を壊すなんて意味のない行動をするほど欲求不満なわけでも、狂気じみているわけでもない。

 ―そこに“閉じ込められていた”雅を出してやるための行為だった。



『…ごめんね、中にいたの気付かれなかったみたいで閉められちゃって、』



 困ったように眉を下げて微笑んだ彼女の言葉を思い出して、軽く扉を睨みつける。
 体操服ならまだしも、今の彼女の服装は普通に制服だ。
 静雄は深く考えるのは苦手だし、どちらかといえば単純な部類だろう。

 しかし今回の件。
 そんな姿で“偶然”を表現されて納得できるほど鈍感でもなかった。




−雅は、優秀だった。
 ずば抜けた才能は人を惹きつけもするが、それは時に周りを遠ざける要素にもなりえる。
 彼女の場合は後者だった。

 真っ黒なストレートヘアに、泣き黒子。
 その人形のような容姿と儚げな雰囲気、そして慎ましすぎる態度が絡みに絡まって、それらを助長したに違いない。
 雅にとって今回のようなことは日常茶飯事であり、静雄も何回か連中にキレかけたことがあったが、何事もなかったかのように振る舞う彼女を見ていると下手に動くこともできない。

 周りに、自分に迷惑を掛けまいとしていることが分からないほど、落ちぶれてはいなかった。
 せめて相手が女じゃなくて野郎だったら早い話なんだけどよ、なんて物騒な事をぼんやり思考に織り交ぜる。

 ふと、揺らめいた空気。

 隣を見れば、いつの間にやら自分を捕らえる瞳に驚きを隠せなかった。
 基本俯き体勢の彼女が自分から視線を合わせてくるなんて珍しい。
 きょときょとしながらも、何か言いたいことがあるのかと首を傾げる。



「…なんだ」

「平和島君は…私の噂とか、聞いたことないの?」

「…」



 軽く睫毛を伏せながらの問いに、今度はあからさまに眉間に皺を寄せた。
 彼女の指すそれはきっと、今自分が考えている内容と一致している。
 家がヤクザだとか、薬に手を出しているだとか、はたまた援助交際をしているだとか。
 俗にいう、妬みから始まったでっち上げの噂の事だろう。

 勿論、それが嫌がらせを孕んだ虚実であることは明らかだ。
 誰も信じはしないが、中には面白がって更に事を大きくして広める輩もいる。
 耳にする度に筋肉が軋み、物を破壊した。
 相手が男であれば容赦なく投げ飛ばしもした。

 それを恐れてか静雄の周りからは彼女の噂はすっかり息を潜めたが、この反応をみる限り、まだ人と人の間を飛び交っているのだろう。
 雅の長めの黒髪がはらりと彼女の目元を隠す。



「その…、あまり私といない方がいいんじゃないかな」

「誰といるかは俺が決めることだ」

「でもっ…私こんなだし、傍にいても平和島君が被害被るだけで、」



 空気が、動いた。





「−飴凪、ちょっと黙れ」




 薄い唇から飛び出す言葉を、低い音が遮る。
 手に押し付けられたペットボトルのお茶が揺れに生じて容器から零れ、雅の指を濡らした。

 合わない視線。



「黙ってろ」



 ポン。

 大きな手が一瞬だけ頭に触れ、ぎこちなく離れる。
 その不器用なメッセージに、滲む視界を閉じて頷いた。



「…うん」







お前を悪く言うやつは誰だろうとお前自身だろうと許さねぇから覚悟しろ


(優しいあなたの答えは分かっていたのかもしれない。卑怯な私)
(笑ってほしいとまでは言わねぇけどよ、)


感情零れた、仮面壊れた。


(お題提供元;伽藍様)
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