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くちびるを拝借



 雅は何の感情も篭らない声を目の前の男に投げ掛けた。



「…、ごめん折原さん、状況説明お願いできる?」



 その相変わらずの無表情に、臨也は愉しそうな笑顔を張り付けたまま首を傾げて見せる。



「状況ってのは、俺が壁を背に雅ちゃんを追い込んでるこの状況?あれ、もうこれ答えじゃない?」



 一人で自分の言葉に納得し始める臨也に、雅の冷めた視線が浴びせられた。
 壁に当たる背中が、その無機質さに温度を奪われて冷たくなってきている。



質問間違えた。この状況の原因、に変える」

「利口な君なら俺なんかに聞かなくてもさっきの会話から突き止められるんじゃないかなあ」



 ニコリ。

 綺麗な綺麗な、しかし人に恐怖を与える側の笑みがその顔に浮かべられたのを見ると、雅は壁に押し付けてられていない方の手を顎に当てて思考を巡らせた。
 彼がそう言う以上、自分の発言に何か問題があったのだろう。
 軽く睫を伏せるようにして、記憶を辿り始める。




―今日も、いつものように学校帰りに彼のマンションにお邪魔した。

 臨也の座るテーブルから少し離れた所に腰を降ろし、壁に持たれ掛って読書をしていた筈だ。
 特に何か会話があるわけでもなく、ただ互いに好きなことをして時間を過ごす。
 いつもの事だ。

 ただ、ふと気になった事があった。

 今日学校で何気無く耳に入った会話を思い出して、オセロ盤と向き合う臨也に言葉を向ける。



「折原さん、質問」

「君から質問なんてどういう了見だろう!最近はこれといった台風情報もなかったはずだけどね」



 雅は本、臨也はオセロ盤。
 互いに目の前のブツから目は離さずに、音の振動を産み出す。
 これが二人の普通だ。
 いつだって、視線が合う時間の方が短い。
 特に、雅から口を開くのはレアと言ってもいいだろう。

 臨也の冗談じみた口調に対し、抑揚のない声で続きをつむいだ。



「折原さん、確か平和島静雄って人と知り合いだったよね?」



 一瞬だけ、空白がその場に満ちる。

 それに気付きはしたものの、雅は言葉を撤回することはしなかった。
 そのままじっと返事を待つ。
 
 コツリ。
 臨也の指がオセロを弾く音が響いた。



「…シズちゃんね、知ってるけど?」



 やけにゆったりしたスピードで鼓膜を揺らした声に、変わらないトーンで返す。



「どんな人?」

「ふーん…雅ちゃん、シズちゃんに興味あるんだ」



 どこで聞いたのさ。

 コツリ、コツリ。

 間隔が短くなってきた音に、それでも気にすることなく、雅はありのままを伝えた。



「噂で聞いただけ。ちょっと見てみたいなって思って」



 言いきった瞬間に、空気が動く。
 視界の隅にあった影が動いて、視線を落とす文字に影が落ちた。
 気が付けば片手が壁に抑えつけられていて、床に落ちた本の角が少し折れるのを捉える。
 顔を上げれば、目の前には薄く微笑む臨也の姿。

 更に壁に密着した壁がひやりと雅の肌を撫でた。




―そこまで思い出して、雅は一つ頷く。
 
 なるほど、平和島静雄の名を出したのがまずかったのか。

 シズちゃんという呼び方だけを聞くなら非常に友好的に聞こえるが、この態度を見るからに二人の関係は宜しくないのだろう。
 少なくとも、臨也の方は静雄を好いていない。
 否、人間という生き物を知る限り、片方が嫌いならもう片方も同じくらい嫌いになるか。
 人間は何よりも防衛反応が強い生き物だ。

 雅から見てもこの折原臨也という人間は好かれる要素というものを持ち合わせていないし、やはり仲が悪いのだろうと判断する。



「折原さんにする質問じゃなかったみたいだね。これ以上深入りするのは辞めとくよ」

「さすが雅ちゃん。そういうとこ、ホント魅力的だよね」

「どーも。…ところで、」



 一呼吸置いて、その考えの読めない瞳をじっと見つめ返した。
 セーラーに身を包む、仮面のような表情の自分が映る。



「この体勢の目的は?」



 原因は分かった。

 しかし未だに自分を解放する様子を見せない臨也に、少し首を傾げる。
 そんな雅を見て、臨也は心底嬉しそうに唇を歪めた。
 つい、と空いた方の手で雅の顎を持ち上げる。



「…人の話聞いてる?」

「勿論、聞いてるとも。これが答えさ。というか、シズちゃんのことはもうどーでもいいんだよねえ」



 さっきの質問を根に持っているのかと思ったが、そうではないらしい。
 その疑問を一足先に汲みとった臨也により、選択肢は一つ消えた。
 
 しかし、じゃあ何なんだ。

 更に発展してしまった状況に、少し眉を潜める。
 その表情を待っていたとでも言うように、臨也の目元が笑った。

 それとは対照的に、雅は不快感も露に声のトーンを落とす。



「…、また興味のあることでもできた?」



 その言葉に臨也はますます笑みを深めた。
 
 君はホントに悟い子だよね。

 そう呟くと、顎を持ち上げた雅の顔に、ぐいと自分の顔を近付ける。



「そうだなあ。例えば今キスしたら滅多な事で動じない君がどういう反応を返してくれるのか、とか」



 鼻先が触れるか触れないかというところまで接近した端正な顔を、雅の真っ黒な瞳が捉えた。
 睫毛がゆっくり上下する。
 少し視線を落として、しかしすぐ元の位置に戻すと、やがてその唇を開いた。



「やめといた方がいいと思うけど」

「それはまた何で?」

「折原さんがどんな予想をたててるかは分からないけど、私が予想と同じ反応をしたらガッカリするでしょ」



 真っ直ぐ言われたそれに、クツリと笑う。



「うん、確かに。でもそれは大丈夫だと思うよ」

「根拠は?」

「それは簡単。雅ちゃん、君が俺の期待を裏切ったことがないからさ」



 にっこりと、臨也はこれ以上ないくらいの笑顔を披露した。
 間も無く述べられた答えに、雅は肩を落とす。

 そんなに期待に応えた覚えもないのだが。

 しかしまあ、彼女がこうして毎日臨也の元に通っているのも、何だかんだで彼といる空間が心地よいからで。
 良い噂を聞かない臨也にこんな感情を抱くなんて、自分も狂人の部類なのだろうか。
 そんな事を考えつつも、雅の口元が不意に弛んだ。

 攻撃ばかりされるのも、性に合わない。

 いきなりの表情の変化にきょとんとする臨也の唇に人差し指を触れさせ、目を細めた。



「じゃあ勝負だね。折原さんが悦ぶ顔を見てあげる」



 予測なんて、させるもんですか。

 唇をつり上げる雅に一瞬呆けたのち、臨也はおかしそうに笑い声を上げた。



「っく…クハハハッ!ああ、実に楽しい!やっぱ君はいいよ、退屈しない」



 心底嬉しそうに笑い終えると次には後頭部へと手を回し、その頭を引き寄せる。

 どちらのものともとれない温度が触れあった。







くちびるを拝借


(俺が唯一、人間ということを除いても愛すべき生体なんだよ君は)
(こっちはいつだって、予測させないように必死なの)


引き分け、五分五分、白と黒。



(お題配布元:mikke様)
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