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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -
俺にしとけばいいのに


「…退屈だなあ」



 憂いをおびた表情で、折原臨也は呟いた。

 その秀麗な見た目も助長して、姿だけを見れば女性が感嘆の息を吐く一枚の絵が完成しそうだ。
 しかし彼を知る多くの者は、その名を聞いただけで顔を引きつらせるだろう。
 
 人類全てに異常な愛を向ける狂人は、常に常備している隠しナイフを手で弄びながら歩いていた。
 といっても、街中でそんな物を堂々と出していてはそれこそ警察に厄介になりかねないので、手品のような早業で袖口から出したりしまったりしているだけだ。
 パッと見、時折何かが反射して光っているようにしか見えない。

 そんな意味もないことを繰り返しながら、臨也は再び溜め息と共に言葉を溢した。



「ああ、実に退屈だ」



 何か面白いものでもないかと辺りに視線を配る。

 情報屋の顔を持ち、日々様々な火種を目を光らせて掻き集める彼だが、暇な日は暇なのだ。
 マンションに閉じ籠っていても何も楽しいことはないと外に出向いたものの、未だにそれらしいものは見つからない。
 これだったらマンションでクロスワードを解いている方がまだマシなんじゃないだろうか。

 そう思い直し、踵を返そうとした瞬間―、

 それは目に入った。



「オイオーイ、今急いでんだけどさあ、何ぶつかってくれちゃってんのー?」

「お嬢ちゃん、お金いくら持ってるー?」

「それ話繋がってねーよテメェら」



 ギャハハハと下品な笑い声が耳に突く。

 目立たない路地裏の入口付近で、三人のチンピラが明らかないちゃもん付けを行なっていた。
 大柄な男達に隠れて見えないが、体格やちらりと見えた長い黒髪から見て、相手は少女のようだった。

 これはまた、最高に退屈なことをしているねえ。

 心中で薄ら笑いを浮かべると、ゆっくりとそちらに近付く。
 普段の彼ならばとるに足らない事だとスルーするか、人間観察として傍観を決め込むかのどちらかなのだが、今日は生憎暇すぎた。

 激しく刺激を求めた臨也は、自ら面倒事へと足を踏み入れる。



「あ?んだよテメェ」



 歩み寄る臨也にめざとく気付いた一人が声を上げた。
 瞬間、一気に自分に集中した視線に、笑みを深める。



「いやあ、別に君らチンピラがどこで何しようとどーでもいいんだけどさあ…退屈でしょうがないから近くで見物しようかなって」

「ああ?ふざけてんじゃねーぞ!見せもんじゃねぇんだよ!」

「あれ、違ったんだ。大の男三人で一人の女の子に寄ってたかって言い寄ってるなんて、見せ物にしか見えないよ?」

「!…ふざけやがって!!」



 クスクス笑う臨也に男の一人が堪らず殴りかかろうとするが、残念ながらやすやすと殴られるようなMでもない。



「おっと」



 ひらりと避けると、臨也はスイと右手を動かした。

 キラリと袖口で何かが光るが、何分薄暗い路地裏付近。
 誰一人それに気付くことは出来なかった。

 渾身の一発をあっさり避けられたことで逆上した男がもう一発食らわそうと振り返るが、右頭部の違和感と視界に入ったモノに、動きを止める。



「ああ!?」



 パラパラと落ちる金色の細い束。
 それが己の髪の毛だと気付くのに時間はかからなかった。
 反射的に触れば、肩まであった髪が右側だけ、耳の上までなくなっている。



「ッッッんな!!テメェ何しやがったああ!?」

「さあ、何をしたでしょう」

「!ッ」



 ショックと混乱と怒りで顔を蒼白にする男だが、臨也の笑顔を見るなり、思わず口を閉ざした。
 他の男も只ならぬ気味悪さを感じとったのか、僅かに後ずさる。



「お、おい、こいつ得物持ってやがるぞ…!!」

「オイ待てよ…置いてくなって!!」



 相手が刃物を持っていると知るや否や、今までの余裕はどこにいったのか、チンピラ達は一気に背中を向けた。

 その後ろ姿を滑稽そうに見つめると、臨也は視線を戻す。
 勿論、ターゲットは先程まで囲まれていた少女だ。

 視線を戻すなり目に入った姿に、臨也は軽く眉を顰める。

 肩までのストレートヘアに、少し長い前髪。
 目の下の黒子は、漆黒の瞳と相まってミステリアスな魅力をかもしだしていた。
 一般的には可愛い部類に入るだろうその顔は、うつ向き加減のその体勢とどこか陰のある表情で台無しになっている。

 しかし、臨也が笑みを消した理由はそこではなかった。

 ゆっくり記憶を辿り、そのままたっぷり十秒後。
 ああ、とどこか納得したように頷くと、臨也は笑顔を張り付けた。
 誰もが爽やかだと評価するような声で、晴れやかに口を開く。



「久しぶりだねえ。飴凪雅ちゃん?」


「…え?」



 いきなり名前を呼ばれた少女は驚きに目を見開いて、顔を上げた。
 そこで初めて臨也の姿をハッキリ認識したのだろう。
 ゆったりと長い睫毛を上下させると、恐る恐るといった様子で、か細いソプラノを響かせた。



「…折原、君?」

「うん、正確。覚えてくれてて嬉しいよ」

「…、本当に?こんなところで会うなんて。久しぶりだね」



 臨也が肯定すると、雅はニコリと控えめな笑顔を見せる。
 教師や警察といった堅い職業の人間にウケそうなその笑みに、臨也は懐かしそうに目を細めた。



「ああ、偶然とは怖いもんだね。君はちっとも変わらない。まるで、そう…」



 大袈裟に両手を広げて見せた後、一拍置いて、ニッコリと最高の笑みを浮かべる。



「イジメを受けていたあの時のまんまじゃないか」



 表情からは想像できない内容を吐き出した唇は、愉快そうに歪められていた。
 そんな臨也に、雅は怒るでも悲しむでもなく、ただ困ったように微笑む。



「そうだね」



 トン、と壁に背中を預けて再び視線を落とした『同級生』を、臨也は宝物を見つけたような表情で見つめた。







―飴凪雅は、恰好のイジメの対象と言えた。

 勉強が出来て教師のウケもよく、お気に入りとして優遇される上、性格は大人しい。
 これでもし明るければ逆方向に事は進んだかもしれないが、雅はこれ以上ないくらい静かな存在だった。
 妙に整った顔立ちも加担して他より浮いた彼女を、周りがほっておいてくれるわけもない。

 同期の新羅や静雄などは普通に接し手助けもしていたが、傍観者に位置した臨也を含め、彼女に差し延べられる手は間違っても多いとはいえなかった。

 特に喋ったわけでもないし、大きく関わったわけでもない。
 ただ、飴凪雅は折原臨也という人間にとっては『観察対象』として存在していた。

 結局イジメはあったものの特に大きな事件もなく、卒業後は各々の道に進んだ。
 あれから一度も連絡をとったことはないが―、




 彼女は今、再び自分の前に現れた。



 退屈で死にそうなこのタイミングで!
 まさに運命!



 躍る心を押さえ付け、まるで玩具を与えられた子供のような表情で雅との距離を縮める。



「折原君?」



 少し不思議そうに首を傾げる雅の顔をマジマジと眺め、クツリと笑った。

―ああ、やっぱり変わらない。相変わらず…

 徐々に、臨也の瞳に狂気の色が混じり始め―、



 青年は嬉しそうに嬉しそうに、声を上げた。



「相変わらず、なんて腹立たしい顔だろう!」

「…」



 歪んだ笑顔で顎先を持ち上げてくる臨也に、雅はやはり眉を下げて微笑む。
 その静か過ぎる笑みを細めた瞳に映しながら、臨也は壊れ物に触れるように雅の頬を撫でた。

 優しげに、小さい子に聞かせるように語りかける。



「ねぇ雅ちゃん、あれからかなりたつけど、まだ気持ちは変わらないのかな?」



 完全に、主語が欠落した問掛け。
 しかし雅は何ら迷うことなく、年の割に幼い顔に年相応の表情を浮かべて、首を縦に振った。

 それを見た臨也の唇が、ゆったりと弧を描く。



「そっか」



 息を潜めるように、黒いものが頭の中で疼いた。

―だから、嫌いだよ。大嫌いだ。反吐が出る。

 何に対して、誰に向けたものなのかも曖昧のまま、黒い渦に呑まれる言葉。



「まだ好きなんだ?」



 嘲笑うかのように紡ぐ台詞に返されるのは、肯定の笑みだった。
 プツリ、プツリと、音も立てずに何かが切れていく。

―知っていた。人間観察が趣味の自分が気付かないわけがない。

 雅が、あの状況の中で普通に接してくれた『奴』に想いを寄せていたこと。
 一目瞭然だった。



「…ック…はは」



 知らず知らずのうちに、笑いが込み上げる。
 一度溢れたものは、止まることはなかった。

 止めるつもりも、毛頭ない。



「ハハハハ!ハハハハハハハハッッッ」



 狂ったように一頻り笑ったのち、臨也は尚も冷静な雅に向き直る。
 スルリとその黒髪を指に絡め、おかしそうに唇を歪めた。



「そこまでいくと健気を通りこして滑稽だねえ。君も分かっているんだろう?」

「…そうだね」



 睫毛を伏せてクスリと笑う彼女の髪を絡めたまま、自分の指に唇を寄せる。
 石鹸の香りが鼻を擽った。



「もう、諦めなよ」



 甘ったるい響きで、雅の耳に囁きかける。
 対する表情は苦々しく、その唇は憎たらしい男の名前を吐き出した。



「―シズちゃんのことなんて、さ」



 あんなの待ってても時間無駄にするだけだし。

 皮肉げに呟いた言葉には、相変わらずの苦笑。

 ああ、これは分かってないな。

 プツリ。
 最後の糸が切れたのを感じると同時に、その華奢な手首を掴んだ。
 ギリギリと、力を入れる。

 少し苦痛に歪んだ顔を愛しそうに見つめながら、臨也はこれ以上ないくらいの笑みで雅に笑いかけ、唇を開いた。
 見開く瞳を満足そうに見つめる。

 ポタリ。


 手首から伝った赤が、地面に堕ちた。








俺にしとけばいいのに



(望み通り壊してあげるよ?)
(いつかその狂った愛に溢れた手をとることを、確信してる自分がいるの)


カウントダウン、よーいドン。


(お題配布元:てぃんがぁら様)
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