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華麗な仮面、彼女の観客は今日も一人拍手を送る


 雅は屋上に向かって歩いていた。
 カツリカツリと階段を昇る度に音が反響し、柔らかそうな茶髪が揺れる。

 ギィ。

 重い扉を開けると、生温い風が肌を撫でた。
 人ッ子一人見当たらないその空間をゆっくり見渡すと、雅はニコリと笑みを浮かべる。



「いるよね折原君!隠れてないで出てきてよー」



 無邪気な声が広い空に吸い込まれて約十秒。
 夏の湿気に満ちた空気が微かに揺れ、誰かが笑う気配を伝えた。
 間もなく、爽やかな声が上から降ってくる。



「毎度毎度、何で俺の居場所が分かるわけ?まさか発信器みたいな類付けられちゃってるとか」

「あはは、まっさかー。折原君じゃあるまいし」

「酷いなあ、それじゃあまるで俺がストーカーみたいじゃないか」

「やってることは大差ないと思うけど」

「まあ否定はしないかな」



 愉しげな響きを含んだ言葉の後、雅の隣に影が降り立った。
 軽やかに着地したクラスメートに、ニッコリと笑い掛ける。



「降りてくれてありがと。ちょっと聞きたいことがあってね、今時間いい?」



 淡い栗色の髪を揺らす雅を面白そうに見つめ返すと、臨也はクツクツと喉を鳴らした。



「それは勿論いいけど、…―いつまでそのキャラでいるつもりだい?」



 何も知らない人間がいたならば、一瞬で理解するには少々難易度の高い台詞。
 勘のいい者ならば、そこまで時間もかからずその意味を汲みとることができるだろう。
 少し鈍感な者でも、後の彼女を見ていたら気付く事だ。

―その答えを叩き出すかのように、臨也の言葉を合図に雅の動きが止まった。

 笑顔を仮面のように固めたまま、うつ向く。
 夏独特の身体にまとわりつくような風が二人の間をすり抜け―、

 次の瞬間、顔を挙げた雅はやはり笑っていた。
 しかし、先程とは似ても似つかない種類の笑みを張り付けて。



「―アンタに私のキャラを操作する権限なんてないよ、折原」



 明るい雰囲気が消失し、声にも嫌悪感が滲み出る。
 今までの彼女が幻だと錯覚するようなまでの豹変ぶりに、臨也の唇が嬉しそうに歪んだ。



「ハハ、何回見ても凄い演技だよね。いつもの君を信じ込んでいる奴らが見たらどういう反応をするのか、興味あるなあ」

「そんなヘマしないし。大体、アンタと私じゃ得てる信頼が違う。伊達にこのキャラを演じきってるわけじゃないからね」

「それは分からないよ?人間は感化する生き物だ。自分でも気付かないうちに周りに流され、同化している。信頼なんて些細なきっかけで崩れるさ」



 俺だって、伊達に人間観察をしてきたわけじゃないからね。

 クスクスと笑いを溢すが、雅の態度は変わらなかった。
 腕を組むと、フッと睫毛を伏せて唇の両端を吊り上げる。
 鋭いソプラノが空気を裂いた。



「そこら辺の奴らと一緒にしないで」



 全てを見下すような眼差しで鼻を鳴らして笑う雅に対し、臨也は軽く肩をすくめる。
 両手を顔横まで挙げると、やれやれと息を吐きながらわざとらしく首を振った。



「ほんっと、見事に正反対のキャラを演じたもんだね。いつもの可愛くて優しい皆のアイドルはどこにいったんだか」

「へえ、そこまで評判上がってたんだ」



 どうでもいいといった風な微笑みに、臨也もサラリと返す。



「ここまでしといて評判には無関心だなんて、実に君らしいね」

「私はただ利口に生きてるだけだもの。利用できるものは利用しないとね」

「おお怖い」

「アンタよりかは何十倍もマシだと思ってる」



 閉じた扉にもたれかかり胡散臭い笑みを向けてくる臨也を、ギロリと睨み付けた。



「―、じゃあ本題ね」



―ヒュ。


 何かが空間を走り、風を切る。
 雅の唇が動き終った時には、二人の間には殆ど距離はなかった。
 臨也を扉との間に挟むようにして、雅が彼に急接近したのだ。

 目と鼻の先ですん止めされた拳を前に、尚も愉快そうに歪んだままの顔に舌打ちする。



「…一回本気で殴っていい?」

「冗談。丁重にお断りするよ」

「あ、そ」



 残念だと呟いた雅は、突き付けた拳を手刀に切り替えてその首につきつけると、頭一つ分高い臨也を睨みあげた。



「で、生徒会長の怪我、アンタの仕業?」

「一応疑問系なんだ?ってかこの体勢からして俺だって確信して掛ってるよねえ」

「質問に答えなよ」



 不快そうに眉をしかめる姿に目を細めると、臨也は己の首に当たる雅の手首を掴む。
 蒸せるような暑さの中、互いの冷たい体温が触れあった。

 そのまま動こうとしない臨也に痺を切らした雅は、呆れたように息を吐く。



「…、いい加減、そういう幼稚な行動やめたら?」



 普通に聞けば、その行動に対しての言葉だ。
 しかし、臨也は彼女の言いたい事を的確に汲んだ。



「君に近付く男にいちいちちょっかいかけるのを辞めろって?」

「…」



 腹の内の読めない笑顔を向けてくる臨也に、無言を返す。
 相変わらず、気にくわない。
 この男に正体を感付かれてから、周りの異性が頻繁に事件に巻き込まれるようになった。

 そもそも、雅自身ではなく彼女の演じているキャラに騙され惹かれて集まってきた連中だ。
 雅自身特別な思い入れもないし、正直どうなろうと知ったことではないが、告白される度に相手が怪我を負うのでは流石に評判に関わってくる。

 初めは彼による嫌がらせかとも思ったが、ここまでされて気付かないほど鈍感でもない。
 掴まれた手はそのままに、じっと臨也を見上げた。



「…私は言葉にしてくれない限り、動かないから」

「考えとくよ」



 臨也が笑みを深くしたのを見て、視線を反らす。

 きっとこれから先も、彼が己の気持ちを自分に伝えることはないだろう。
 人類全てを心から愛す人間。
 一人の人間を特別扱いするなんて事を、自分からするはずがない。

―まあ、私から言ったら受け入れてはくれるんだろうけど。

 そんな自信を持ちながらも、自分から動く気はなかった。
 互いが負けず嫌いだからこそ続いている関係なのだ。



「ま、とりあえず、」

―ヒュオッ

「おっと」



 不意に跳ね上がった雅の膝を軽快な動きで避けると、臨也は少々名残惜しそうに掴んでいた手を解放する。



「残念、時間切れかな」



 ザワザワと聞こえてきた足音に晴れやかに笑い声を上げ、そのままヒョイと梯に足を掛けた。



「じゃ、また話せるのを楽しみにしてるよ」

「はっ、冗談じゃない。私が言いたいのは一つだけだから、―」



 フワリと、風が雅の髪を舞い上げた。

 髪が肩についた時には、消える現実。
 具現化する幻。
 柔らかい声が空気を振動させる。



「―喧嘩とか厄介事はなし!あ、平和島君にちょっかいかけるのも程々にねー折原君っ」



 コロコロと笑いながら太陽のような笑顔を披露した雅を一瞬だけ見やると、臨也は手慣れた動作で上へと消えた。
 同時に、扉が勢いよく開く。



「あー!こんなとこにいた!もぉ、探したじゃんか雅ー」

「おー、皆血眼になって探してんぞお前。ほら、教室帰ろ」

「あはは、ごめんごめん。迎えに来てくれてありがとー」



―バタン。

 女生徒達の声が扉の向こうに消えると、再び屋上には平穏が満ちた。
 後ろに手をついて腰を降ろした臨也は、無邪気な表情で空を仰ぐ。



「うん、お見事」



 彼女に会う前よりも暑くなったと笑って、ギラギラ光る太陽を睨みつけた。







華麗な仮面、彼女の観客は今日も一人拍手を送る


(きっと俺以上に君を愛せる存在なんてないだろうね)
(私もつくづく趣味が悪い)


まだまだ続く、ほにゃららら。
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