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合わない視線が可愛くて、愛しくて【前篇】


 今日こそはと、雅はタオルを握りしめた。

 シューズの擦れる独特の音とボールが跳ねる音が支配する体育館。
 目で追うのは、長身が目立つ3ポインターだった。
 彼の手から離れたボールは、酷く高い弧を描いてゆっくりと落ちていく。


―ザシュ


 リングに触れることなくボールが通過すると、周りの傍観者達から歓声が上がった。



「ナイス緑間ー!」

「相変わらずすっげーな…」



 周りの声と同調するように、タオルを持つ手に力が入る。


―ピー


 試合終了の合図が鳴り響き、礼をした選手がバラけ始めた。
 ずっと視線で追い続けた緑間が体育館の壁際に寄ったのを見届けると、煩く脈打ち始めた心臓を押さえ付け、そちらに足を進める。

 残り一メートルといった所で緑間の隣にいた高尾が先に雅に気付き、いつものように愉しげな笑みを浮かべて手をヒラヒラと振ってきた。



「お、雅ちゃんじゃん。この時間までいるなんて珍しくね?」

「!え、と…」



 高尾の言葉により振り向いた緑間と目が合い、身体が硬直した。
 気付いてくれたのも声を掛けてくれたのも有難いが、出来れば心の準備をさせて欲しかった。

 内心涙を流しながらも、震える足を叱りつけて口を開く。



「あ、あの…」



 しかし言葉が出てこない。

 二人分の視線を直で受け、頭が真っ白になった。
 そんな雅の様子を見ていた高尾は何か閃いたように笑うと、緑間の肩に手を置き身体を乗り出す。



「もしかして真ちゃんに何か用?」

「え!?」



 まさかの図星をつかれ、雅はあからさまに肩を揺らした。
 思わずタオルを手放しそうになり慌てて持ち直す。
 そんなに分かりやすい態度をとってしまったのだろうかと動揺する彼女に、高尾は尚笑みを深くした。
 しかしそれ以上何かを言ってくれる様子は見られない。

 意を決してもう一度頑張ろうと視線を上げた雅だったが、緑間の方が早かった。
 


「オレに用なら手短に済ませてくれ」

「…!」



 今まで黙っていた緑間のいきなりの発言に、血の気が一気にひく感覚に陥る。
 高尾がぎょっとした表情を浮かべるが、それすら脳の端で捉えた出来事。
 頭の大半は恥ずかしさで真っ赤に染まっていたり、どん底で黒く塗り潰されていたり、空虚の白が見え隠れしたりと、兎に角カオス状態だった。

 そんな雅に構うことなく、緑間は溜め息と共に留目を刺す。



「悪いが今日は乙女座とは相性最悪なのだよ」



 あっさりと言い捨てられたその一言で、完全に思考回路はショートした。
 某有名曲のような、ショート寸前とかいうどころの話ではない。



「オイ、それは…」



 雅は無理矢理造った笑顔を向けると、珍しく慌てて緑間に何か訴えようとする高尾の声を遮った。



「ごめん、やっぱり何でもないの。大したことじゃないしまた後日にするね」



 意外にこういう時の方がすんなりと言葉が出てくるようだ。
 火事場の馬鹿力というやつだろうか。

 パンク寸前の脳の隅っこでそんな的外れなことを考えながら、踵を返した。



「え、ちょい…雅ちゃん!?オーイ!」



 後ろからの高尾の焦ったような声を捉えるが、構わず出口に向かう。
 今振り向いたらきっとアウトだ。



「じゃあ練習頑張ってね」



 少しだけ首を動かしてそれだけ言い残すと、それを機に、雅は一目散に走り去った。
 彼女の姿が見えなくなると、高尾はジトリと緑間を見る。



「…オイオーイ真ちゃん、今のは流石に誤解を招くと思うなー」

「……」



 無言で扉の方を見つめる緑間に、あちゃーと額に手を当てた。
 第三者から見ていれば一目瞭然なのに、どうして当事者達というのはこう鈍いのだろうか。



「雅ちゃん泣いてなきゃいーけどね」


「!」



 ピクリと動く指先に笑いを堪えながら、高尾は緑間の背中を叩いた。



「ま、練習に支障出さなきゃいーけどな」

「支障?出す訳がない」



 そこら辺のプライドは健在らしい。
 ニッと口の両端を上げた高尾は緑間の肩に腕を回し、更に続けた。



「そういや雅ちゃん図書委員だよねー。明日朝番だった気がすんだけど」

「何が言いたい?」

「ん?真ちゃんには何か言いたそうに聞こえるわけ?」

「…いちいち煩いのだよオマエは」



 思い切り眉を潜めた緑間に睨まれ、高尾はケラケラと笑う。
 集合の合図がかかり、その難しい面持ちのままそちらに向かう緑間の背中を見届けながら苦笑した。



「どんだけ手の掛かるツンデレだよ。ま、雅ちゃんの為にもここは一肌脱いでみっかなー」



 彼女の消えた扉に視線をやりながら、高尾は軽く右肩を回した。






「…はあ」



 朝一番、誰もいない図書室の受付テーブルで、雅は大きな溜め息を溢した。
 今日も持ち歩くタオルを握り締め、視線を落とす。

 薄く青づいた色のそれは、元々は緑間に借りた物だった。
 



 雅は昔から何かと厄介事に巻き込まれやすい体質だった。

 一ヶ月程前のあの日も運悪く壊れた水道に当たってしまい、頭から水を被ってしまったのである。
 あまりの出来事に唖然となる雅に声を掛けたのが、緑間だった。

 パサリ。



「わ…?」



 不意に頭を覆った物体にびっくりしてうつ向いていた顔を上げると、不機嫌そうに眉を寄せたクラスメートの姿。



「何をやっているのだオマエは」

「…え、緑間君?」

「ボーッとしてないで早く拭け」

「あ、」



 目を丸くしていた雅だったが、そこでやっと頭にのっているのがタオルだと認識する。

 しかし、頭が追い付かなかった。
 緑間とはクラスメートで隣の席で、挨拶くらいはする仲だ。
 バスケ部で一年にしてレギュラー入りしているのも、噂で聞いていた。

 でも、それだけ。

 それ以上の関わりはなかったし、この時、内気な雅にとって緑間はどちらかというと話し掛けにくいタイプだった。
 目を瞬かせたまま動かない雅を暫く見つめていた緑間だったが、痺を切らしたように一歩近づくと、彼女の顔につく水滴を上着の裾で拭う。



「耳がついていないのか?風邪をひかれたら困るのだよ。何故なら明日、オマエはオレと日直なのだから」

「あ…了解、です」



 そういえばそうだったと今日の日付を思い出しながら、離れていく左手を目で追った。

 そういえばいつもしているテーピングがない。
 部活中だからだろうか。
 そもそも何故にテーピングをするのだろうか。
 綺麗な指なのに勿体無い。

 丁寧に整えられている爪に見惚れる雅の頭では、色々な思考が頭を巡った。
 本能はやるべき事を理解しているらしく、手は無意識に頭を拭き始めていたのが幸いといえたかもしれない。

 緑間の手が体幹の横に戻ったところで、耳に別の声が飛び込んでくる。



「オマエ何してんの?センパイ達探してんぜ?」



 体育館からひょっこり顔を出すその人物にも見覚えがあった。

 高尾和成。

 緑間と比較的一緒にいるのを見掛けるし、彼よりかは喋る回数が多い気がする。
 高尾は雅に気付くと笑って手を振ってきた。
 手を振り返すべきなのだろうかと迷う雅の視界の端で、緑間が背を向ける。



「ー…っ」



 一瞬だけ、視線が交わった。

 長いようで、あっという間に過ぎた時間。
 緑間が体育館内に消えてからも、雅は暫く動けなかった。
 心臓が、煩い。

 恋に落ちた瞬間だった。




―不意に、声が聞こえた。



「真ちゃんの事でも考え中?」


「うん…………え?」



 たっぷり間を空けて、雅は我にかえる。
 目の前にはいつの間にいたのか、したり顔で笑う高尾の姿があった。
 雅の反応に満足そうに頷くと、立ったままテーブルに頬杖をついて、彼女の顔を覗き込む。



「ビンゴ?」

「たたた高尾くん!?何故に!?」

「ブッ…何故にって何だよその文法!?おっもしれー」



 顔を真っ赤にする雅に対し腹を抱えてゲラゲラ笑う高尾は、楽しんでいる以外の何者でもなかった。
 少しムッツリした彼女に気が付くと、浮かぶ涙もそのままに姿勢を戻す。



「はー悪い悪い。で、何故にってのはどういう意味だよ?何でオレが此処にいるのか?それとも何でオレが雅ちゃんの真ちゃんへの気持ちを知ってるか?」

「…両方」



 拗ねたようにうつ向いたまま言われた一言に、高尾はますます笑みを深くした。



「まず雅ちゃんは分かりやすすぎ」

「!そんなに分かりやすい?」

「そりゃもう」



 バッと顔を上げた雅の顔は更に赤みを増していて、そんな彼女は素直に可愛い分類に入るのだろうと思う。

 真ちゃんってば幸せもんー。

 心中で緑間を茶化しながら、高尾は続けた。



「で、オレが此処にいんのはそんな雅ちゃんに助言するためだったりするんだなコレが」

「助言…?」

「そ、助言。真ちゃんツンデレだからさ、昨日のアレも只の照れ隠しだから」



 昨日の話を持ち出され、再び記憶が甦る。

 自分との時間を拒むような、あの台詞が照れ隠しだと言うのか。
 高尾を疑うわけではないし、緑間をそこまで酷い人間だと思っているわけでもない。
 しかし、高尾の言うように良いように解釈するには、今の雅には自信が足りなかった。

 黙り込む彼女の顔をもう一度覗き込むように見ると、高尾はそのつり目を細める。



「信じてないっしょ」

「だって」

「じゃあ聞くけどさ、」

「!」



 顔と顔の距離が縮まった。

 緑間が好きとは言え、高尾も顔立ちは整っている方だ。
 そんな顔が至近距離にくれば、誰だって照れる。
 反射的にのけぞろうとする雅の反応でさえ、彼にとっては楽しみの一部らしい。

 嬉しそうに口を歪め、逃さないとでも言うように視線で雅を捉え続けた。



「―雅ちゃん、俺の星座知ってる?」

「…はい?」



 唐突な質問に、雅は首を傾げる。

 まさかこのシチュエーションで高尾の星座を聞かれるとは思わないだろう。
 今までの話の流れとどう繋がるのか。
 先程までの照れなんて忘れ、高尾の顔を一生懸命見返す。

 勿論、どれだけ眺めたところで彼の顔に答えなんて書いてある筈もなく。



「…分かんない、です」



 眉を下げて本気で困ったような顔をする雅に、高尾は喉を鳴らした。



「クッ… やっぱ雅ちゃんいいわそのキャラ。いんじゃね?それが普通だって」

「?じゃあ何でそんな質問…」



 言い切る前に、時計を見た高尾に遮られる。



「おっと、時間切れー。後は自分で考えな。じゃーなー」

「え?高尾君!?」



 意味深な言葉といつもの笑みを残し、高尾は図書室から退場した。

 いきなり静かになった空間で、雅は瞼を上下させる。
 内気な性格のせいでずっと返せずにいるタオルを、そっと撫でた。



―再び図書室に入室者が訪れるのは、数分後。

2012.08.28
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