◇
パリ。ぱりぱり。
先程から耳に一定のリズムを刻む発信源に、雅は呆れたように視線を送った。
後ろの席を振り向き、その机に肘を預ける形で身体を反転する。
「…いっつも思うけど、よくそんなに食べれるよね。気分悪くなんない?」
片目を細めれば、テンポよく流れていた作業が一時停止した。
ポテトチップスを口の中に放り込む指を空中に止めた彼が、不思議そうに顔を斜めらせる。
「なんで?」
「いや、ごめんもういいや」
「変なのー」
「お前が言うな」
心外だと間髪入れずに突っ込むと、隣の席から愉しげな振動が届いた。
誰だなんて分かり切っているため、視線はそのままにその主に言葉を向ける。
「氷室、君はコレを見て胸焼けとかしないの?」
「ん?特に考えたことはないな。これが敦の普通だしね」
「ふーん…」
なんて恐ろしい普通だ。
同じく本から顔を挙げずに返ってきた内容に、唸るように顎に指先を当てる。
目の前の彼の1日カロリー摂取量はどうなっているのだろうか。
計算してみようと紫原が座る机の横にかけてあるビニール袋に目を向けるが、その中身の量を前に五秒ももたずに放り投げた。
ふざけてる。
いつの間にか再開した音の波に吸い寄せられるように、再び顔の位置を戻す。
暫く頬杖をついてその姿を傍観したのち、耐えきれずといった様子で声をあげた。
「紫原、髪うざい。縛れば?」
「えー…めんどいし、ゴムとか持ってねーし」
「ああハイハイ、あたしが縛る」
「よろしくー」
ひらりと手を振る紫原にそっと息を零して、腰を上げる。
彼の背後に回って軽く髪を束ねた始めたところで、斜め前の席の氷室と視線が絡んだ。
いつの間にか閉じられた本と微笑ましそうな笑みに、髪を揺らす。
「なに?」
「いや。雅は菓子系は食わないのか?」
あまり見かけないな。
涼しげな瞳に投げかけられた質問に、僅かに眉を顰めた。
別に、お菓子類が嫌いというわけではない。
実際チョコや飴と言った糖分は授業の合間などに時々放り込んでいる。
しかし、女の子には女の子の事情と言うものがあるのだ。
「…世の中不公平だよねー。なんでコイツはこんなに食べても太らないんだろうねー」
嫌がらせに少し強めに髪を引っ張り上げたため痛いと抗議があがるが、耳を貸さずにそのままゴムを通した。
そのリアクションですべてを察したらしい勘のいい氷室は、端正な顔に疑問の色を浮かべる。
「雅は気にする必要ないだろう。寧ろもっと食った方がいいと思うけど」
「無意識って怖いね氷室クン。君のそれは寧ろ才能だよ」
聞こえない程度の音量で呟いて、容姿だけでも十二分に女の子の目を惹くであろう彼に苦々しく歯を見せた。
一息置いて氷室に礼を伝えると、それまで黙ってポテトチップスの消化に励んでいた紫原の首が動く。
「あ!まだ動かないでよ途中途中」
慌てて最後の一周を回し終えた瞬間、くてりと紫原の顔が天井を仰いだ。
首を仰け反る形で視線を合わせてきた彼にギョッとする。
「ちょっと、首痛めるよ」
「飴ちんさー」
「飴ちん言うな」
「我慢してどうなんの?」
「無視かオイ」
相変わらずの唯我独尊ぶりに睫毛を伏せながら、首を戻してやろうと彼の後頭部に手を添えて支えた。
同時に、与えられた言葉に脳を絞る。
我慢、というのはダイエットのことか。
長くない時間でその答えに行き着くと、こめかみにピシリと青筋を走らせて頭から手を引いた。
「あんたはさっきの話聞いてなかったの。それとも嫌みか、ん?」
ニコリと笑顔を貼り付けながら、空いた両手で紫原の頬をにょーんと伸ばす。
しかし何の反応も返さない彼に気がつき、指を緩めて解放した。
「?どうし、−!むッ」
覗き込んだ刹那、視界に捉えたものに反射的に口を開ける。
予測通りに唇に触れた固さと、舌に感じる食感。
広がる味に、今度こそはっきりと眉間に皺を寄せた。
物凄い速さで咀嚼して飲み込むなり、ぺしりと額を叩く。
「−いきなり乙女にポテチ突っ込むとはいい度胸じゃないの紫原クン」
「オススメ新作味。オレは結構好きだけどー」
「え?いや美味しかった、けど…」
いつもの感情の読めない瞳に動けなくなる自分に、戸惑った。
そんな雅の前にスイと差し出されるポテトチップス。
長い指でそれを挟むのは勿論、密かに想いを寄せている後輩だ。
「もう一枚だけあげる」
「っいるかぁあああ!!」
明らかにそのまま口に持ってくる気満々の彼に、熱を上げながらお得意のチョップをお見舞いする。
ただ一人、二人の気持ちに気付く氷室は、日常と化した光景を愉快そうに眺めた。
ポテトチップスに愛を込めて!
(絶対分かってないし。…まあいいや)
(ああもう、お菓子が羨ましいだなんて末期!)
ぱりっ、噛み砕けば。
パリ。ぱりぱり。
先程から耳に一定のリズムを刻む発信源に、雅は呆れたように視線を送った。
後ろの席を振り向き、その机に肘を預ける形で身体を反転する。
「…いっつも思うけど、よくそんなに食べれるよね。気分悪くなんない?」
片目を細めれば、テンポよく流れていた作業が一時停止した。
ポテトチップスを口の中に放り込む指を空中に止めた彼が、不思議そうに顔を斜めらせる。
「なんで?」
「いや、ごめんもういいや」
「変なのー」
「お前が言うな」
心外だと間髪入れずに突っ込むと、隣の席から愉しげな振動が届いた。
誰だなんて分かり切っているため、視線はそのままにその主に言葉を向ける。
「氷室、君はコレを見て胸焼けとかしないの?」
「ん?特に考えたことはないな。これが敦の普通だしね」
「ふーん…」
なんて恐ろしい普通だ。
同じく本から顔を挙げずに返ってきた内容に、唸るように顎に指先を当てる。
目の前の彼の1日カロリー摂取量はどうなっているのだろうか。
計算してみようと紫原が座る机の横にかけてあるビニール袋に目を向けるが、その中身の量を前に五秒ももたずに放り投げた。
ふざけてる。
いつの間にか再開した音の波に吸い寄せられるように、再び顔の位置を戻す。
暫く頬杖をついてその姿を傍観したのち、耐えきれずといった様子で声をあげた。
「紫原、髪うざい。縛れば?」
「えー…めんどいし、ゴムとか持ってねーし」
「ああハイハイ、あたしが縛る」
「よろしくー」
ひらりと手を振る紫原にそっと息を零して、腰を上げる。
彼の背後に回って軽く髪を束ねた始めたところで、斜め前の席の氷室と視線が絡んだ。
いつの間にか閉じられた本と微笑ましそうな笑みに、髪を揺らす。
「なに?」
「いや。雅は菓子系は食わないのか?」
あまり見かけないな。
涼しげな瞳に投げかけられた質問に、僅かに眉を顰めた。
別に、お菓子類が嫌いというわけではない。
実際チョコや飴と言った糖分は授業の合間などに時々放り込んでいる。
しかし、女の子には女の子の事情と言うものがあるのだ。
「…世の中不公平だよねー。なんでコイツはこんなに食べても太らないんだろうねー」
嫌がらせに少し強めに髪を引っ張り上げたため痛いと抗議があがるが、耳を貸さずにそのままゴムを通した。
そのリアクションですべてを察したらしい勘のいい氷室は、端正な顔に疑問の色を浮かべる。
「雅は気にする必要ないだろう。寧ろもっと食った方がいいと思うけど」
「無意識って怖いね氷室クン。君のそれは寧ろ才能だよ」
聞こえない程度の音量で呟いて、容姿だけでも十二分に女の子の目を惹くであろう彼に苦々しく歯を見せた。
一息置いて氷室に礼を伝えると、それまで黙ってポテトチップスの消化に励んでいた紫原の首が動く。
「あ!まだ動かないでよ途中途中」
慌てて最後の一周を回し終えた瞬間、くてりと紫原の顔が天井を仰いだ。
首を仰け反る形で視線を合わせてきた彼にギョッとする。
「ちょっと、首痛めるよ」
「飴ちんさー」
「飴ちん言うな」
「我慢してどうなんの?」
「無視かオイ」
相変わらずの唯我独尊ぶりに睫毛を伏せながら、首を戻してやろうと彼の後頭部に手を添えて支えた。
同時に、与えられた言葉に脳を絞る。
我慢、というのはダイエットのことか。
長くない時間でその答えに行き着くと、こめかみにピシリと青筋を走らせて頭から手を引いた。
「あんたはさっきの話聞いてなかったの。それとも嫌みか、ん?」
ニコリと笑顔を貼り付けながら、空いた両手で紫原の頬をにょーんと伸ばす。
しかし何の反応も返さない彼に気がつき、指を緩めて解放した。
「?どうし、−!むッ」
覗き込んだ刹那、視界に捉えたものに反射的に口を開ける。
予測通りに唇に触れた固さと、舌に感じる食感。
広がる味に、今度こそはっきりと眉間に皺を寄せた。
物凄い速さで咀嚼して飲み込むなり、ぺしりと額を叩く。
「−いきなり乙女にポテチ突っ込むとはいい度胸じゃないの紫原クン」
「オススメ新作味。オレは結構好きだけどー」
「え?いや美味しかった、けど…」
いつもの感情の読めない瞳に動けなくなる自分に、戸惑った。
そんな雅の前にスイと差し出されるポテトチップス。
長い指でそれを挟むのは勿論、密かに想いを寄せている後輩だ。
「もう一枚だけあげる」
「っいるかぁあああ!!」
明らかにそのまま口に持ってくる気満々の彼に、熱を上げながらお得意のチョップをお見舞いする。
ただ一人、二人の気持ちに気付く氷室は、日常と化した光景を愉快そうに眺めた。
ポテトチップスに愛を込めて!
(絶対分かってないし。…まあいいや)
(ああもう、お菓子が羨ましいだなんて末期!)
ぱりっ、噛み砕けば。