◇
「その…付き合って欲しいんだけど」
「…え?」
夕日が差し込みオレンジ色に染まる教室で、雅は途方に暮れていた。
いつも通り彼氏である青峰を待っていたのだが、入ってきたのは彼ではなかった。
更にその誰とも知らない男子生徒に告白を受けたのだ。
うろたえるなと言う方が無理だろう。
元々内気な性格の雅であれば尚更だった。
「えっ、と…」
こういう時はどうすればいいのだろう。
彼女は気付いていないが、今までは、いつも青峰が隣にいるお陰で近寄る輩がいなかった。
その為こんなシチュエーションには慣れていない。
困ったように口を閉ざした雅に痺れを切らしたのか、男子生徒がその華奢な手首を掴んだ。
「!」
「返事、聞かせてくんない?」
「あ、私…っ」
付き合ってる人がいるから。
そう続けようとした言葉が音になることはなかった。
不意に視界の端に捉えた人影に、視線が奪われる。
「っあ…」
開けっぱなしの扉には、いつの間にか青峰が立っていた。
いつものように薄い笑みを張り付けて、雅を瞳に映している。
「よお、雅。楽しそうなことしてんじゃねぇか」
男子生徒には目もくれず、そのまま教室内に足を踏み入れ、雅へと近付いた。
目の前まで移動すると、手を伸ばしてその顎を持ち上げ、自分の方を向かせる。
その大きな瞳に自分が映るのを、小さな唇が自分の名をつむごうと中途半端に開くのを、満足そうに見つめた。
しかし、それを、雅に好意を寄せる男子生徒が黙って傍観している筈もなく。
「何だよお前…!飴凪とどういう関係だよ!?」
「あん?」
そこで初めて、青峰の視線が男子生徒を捉える。
青峰の鋭い眼光に一瞬怖じけついたような素振りを見せたが、ここで引き下がって堪るかと、精一杯睨み返してきた。
それを退屈そうに見ていた青峰だったが、ふと考えるような仕草を見せると唇の端をつり上げる。
「どういう関係、なあ?」
雅が彼の意図を汲むより速く、それは起きていた。
顎に位置してした手が後頭部に回り、唇を塞がれる。
突如奪われた酸素を取り戻すことは不可能で、されるがままになるしかなかった。
「…〜っ」
見せ付けるかのようなそれは、恐らく今までの中で一番長い。
男子生徒に掴まれていない方の手で訴えようとするものの、あっさり拘束される。
一度捕まってしまえば、彼の力に逆らうことなどどうあがらっても不可能だ。
酸素不足と羞恥心で、頭がクラクラした。
苦しさで涙が滲んできたところで、限界を察したのか、はたまた飽きたのか、青峰の唇が離れる。
「っ…ごほ…」
いきなり豊富に侵入してきた空気に、思わずむせた。
そんな雅に構わず、青峰は男子生徒に視線を向ける。
「ま、こんな関係じゃねぇの?」
「っ…ふざけやがって!」
目の前で行われた行為に対してか、怒りからか。
顔を真っ赤にした男子生徒に対し、青峰の態度は変わらなかった。
更に挑発するように、これ見よがしに呼吸を整えている雅の顎を再度捉える。
「それよか、こっから先は見物料取るぜ?」
見てても別に構わねーけど。
ニヤリと笑う青峰に、男子生徒の我慢は限界点を突破したらしい。
視線を反らすと掴んでいた雅の手を放し、鼻を鳴らした。
「ッ…は!馬鹿らしい!」
そのまま背中を向け扉へと向かう姿に、声を掛ける。
「コイツへの用はもういいのかよ?」
散々見せ付けておいて、何を今更。
返事の代わりに、怒りも露に扉が閉められた。
勢い余った力のせいで扉が跳ね返る音が、教室に響く。
興味なさそうにその扉を一別したのち、青峰は雅へと視線を戻した。
今の彼の興味は彼女だけ。
当の本人は顔を真っ赤に染め上げて、硬直中だ。
勿論キスは初めてではなかったが、人前でしたことはなかった。
元々恥ずかしがり屋な彼女には耐えがたいものだったのだろう。
「いつまで固まってんだよ」
「…ッ〜」
耳元で囁けば、我にかえった雅が相変わらず真っ赤な顔で口をパクパクさせた。
青峰もこういう反応が返ってくるのが分かっててやっている。
正直楽しくて仕方ない。
飽きねーヤツ。
とどめにと顔を急接近させ、互いの唇が触れるか触れないかのところで止めた。
「物足りねーならもう一回してやろーか?」
「ち、ちが…!」
慌てて離れようとするが、そんなのをみすみす見逃してやるほどお人好しでもない。
先程と同じように頭を固定し、再び酸素を奪ってやる。
雅は不器用だった。
口を塞ぐと、決まって呼吸困難に陥るのだ。
鼻で代償するとか、そういうことが出来ないらしい。
解放してやればやはり咳き込んだ雅は、力が抜けたのか、ペタリと床に座りこんだ。
ゼーゼー息を切らしながら必死に青峰を睨み上げる。
「〜っ…青峰くんのアホー!」
「ヘーヘー。ごっそーさん」
青峰はそんな雅に軽く手を上げて対応したのち、思い出したように彼女に視線を合わせた。
「つかオマエ油断しすぎじゃねーの?今度さっきみたいなことになってたら次は全校生徒の前ですっから」
「え!?」
ぎょっとする雅の耳元に唇を寄せボソリと言葉を残すと、何事もなかったかのように彼女に背中を向ける。
彼が教室を退室してからも、雅の耳には暫くその低い声が残っていた。
―オマエはオレのモンだろーが。
ああ憎き酸素泥棒、耳の熱が抜けません
(その横暴さに惚れたのは私です…どうしようもない)
(オマエだけは、何があろうと手放してなんかやらねーよ?)
予告状チカチカ。
2012.08.28
「その…付き合って欲しいんだけど」
「…え?」
夕日が差し込みオレンジ色に染まる教室で、雅は途方に暮れていた。
いつも通り彼氏である青峰を待っていたのだが、入ってきたのは彼ではなかった。
更にその誰とも知らない男子生徒に告白を受けたのだ。
うろたえるなと言う方が無理だろう。
元々内気な性格の雅であれば尚更だった。
「えっ、と…」
こういう時はどうすればいいのだろう。
彼女は気付いていないが、今までは、いつも青峰が隣にいるお陰で近寄る輩がいなかった。
その為こんなシチュエーションには慣れていない。
困ったように口を閉ざした雅に痺れを切らしたのか、男子生徒がその華奢な手首を掴んだ。
「!」
「返事、聞かせてくんない?」
「あ、私…っ」
付き合ってる人がいるから。
そう続けようとした言葉が音になることはなかった。
不意に視界の端に捉えた人影に、視線が奪われる。
「っあ…」
開けっぱなしの扉には、いつの間にか青峰が立っていた。
いつものように薄い笑みを張り付けて、雅を瞳に映している。
「よお、雅。楽しそうなことしてんじゃねぇか」
男子生徒には目もくれず、そのまま教室内に足を踏み入れ、雅へと近付いた。
目の前まで移動すると、手を伸ばしてその顎を持ち上げ、自分の方を向かせる。
その大きな瞳に自分が映るのを、小さな唇が自分の名をつむごうと中途半端に開くのを、満足そうに見つめた。
しかし、それを、雅に好意を寄せる男子生徒が黙って傍観している筈もなく。
「何だよお前…!飴凪とどういう関係だよ!?」
「あん?」
そこで初めて、青峰の視線が男子生徒を捉える。
青峰の鋭い眼光に一瞬怖じけついたような素振りを見せたが、ここで引き下がって堪るかと、精一杯睨み返してきた。
それを退屈そうに見ていた青峰だったが、ふと考えるような仕草を見せると唇の端をつり上げる。
「どういう関係、なあ?」
雅が彼の意図を汲むより速く、それは起きていた。
顎に位置してした手が後頭部に回り、唇を塞がれる。
突如奪われた酸素を取り戻すことは不可能で、されるがままになるしかなかった。
「…〜っ」
見せ付けるかのようなそれは、恐らく今までの中で一番長い。
男子生徒に掴まれていない方の手で訴えようとするものの、あっさり拘束される。
一度捕まってしまえば、彼の力に逆らうことなどどうあがらっても不可能だ。
酸素不足と羞恥心で、頭がクラクラした。
苦しさで涙が滲んできたところで、限界を察したのか、はたまた飽きたのか、青峰の唇が離れる。
「っ…ごほ…」
いきなり豊富に侵入してきた空気に、思わずむせた。
そんな雅に構わず、青峰は男子生徒に視線を向ける。
「ま、こんな関係じゃねぇの?」
「っ…ふざけやがって!」
目の前で行われた行為に対してか、怒りからか。
顔を真っ赤にした男子生徒に対し、青峰の態度は変わらなかった。
更に挑発するように、これ見よがしに呼吸を整えている雅の顎を再度捉える。
「それよか、こっから先は見物料取るぜ?」
見てても別に構わねーけど。
ニヤリと笑う青峰に、男子生徒の我慢は限界点を突破したらしい。
視線を反らすと掴んでいた雅の手を放し、鼻を鳴らした。
「ッ…は!馬鹿らしい!」
そのまま背中を向け扉へと向かう姿に、声を掛ける。
「コイツへの用はもういいのかよ?」
散々見せ付けておいて、何を今更。
返事の代わりに、怒りも露に扉が閉められた。
勢い余った力のせいで扉が跳ね返る音が、教室に響く。
興味なさそうにその扉を一別したのち、青峰は雅へと視線を戻した。
今の彼の興味は彼女だけ。
当の本人は顔を真っ赤に染め上げて、硬直中だ。
勿論キスは初めてではなかったが、人前でしたことはなかった。
元々恥ずかしがり屋な彼女には耐えがたいものだったのだろう。
「いつまで固まってんだよ」
「…ッ〜」
耳元で囁けば、我にかえった雅が相変わらず真っ赤な顔で口をパクパクさせた。
青峰もこういう反応が返ってくるのが分かっててやっている。
正直楽しくて仕方ない。
飽きねーヤツ。
とどめにと顔を急接近させ、互いの唇が触れるか触れないかのところで止めた。
「物足りねーならもう一回してやろーか?」
「ち、ちが…!」
慌てて離れようとするが、そんなのをみすみす見逃してやるほどお人好しでもない。
先程と同じように頭を固定し、再び酸素を奪ってやる。
雅は不器用だった。
口を塞ぐと、決まって呼吸困難に陥るのだ。
鼻で代償するとか、そういうことが出来ないらしい。
解放してやればやはり咳き込んだ雅は、力が抜けたのか、ペタリと床に座りこんだ。
ゼーゼー息を切らしながら必死に青峰を睨み上げる。
「〜っ…青峰くんのアホー!」
「ヘーヘー。ごっそーさん」
青峰はそんな雅に軽く手を上げて対応したのち、思い出したように彼女に視線を合わせた。
「つかオマエ油断しすぎじゃねーの?今度さっきみたいなことになってたら次は全校生徒の前ですっから」
「え!?」
ぎょっとする雅の耳元に唇を寄せボソリと言葉を残すと、何事もなかったかのように彼女に背中を向ける。
彼が教室を退室してからも、雅の耳には暫くその低い声が残っていた。
―オマエはオレのモンだろーが。
ああ憎き酸素泥棒、耳の熱が抜けません
(その横暴さに惚れたのは私です…どうしようもない)
(オマエだけは、何があろうと手放してなんかやらねーよ?)
予告状チカチカ。
2012.08.28