×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -
真っ赤な顔で見上げる空は、憎たらしいほど真っ青だった【後篇】


「…」



 土曜日のお昼時、黄瀬は固まっていた。

 場所は地元の公園。
 昨日笠松からメールが入り、謎の呼び出しをくらって来てみれば何故かいるのは雅であった。
 幸い彼女は反対方向を見つめているので此方には気付いていないが、それも恐らく時間の問題。
 このまま固まっていれば直に此方を向く時が来るだろう。

 堪らず携帯をひっつかみ、物陰に隠れて電話を掛けた。
 大方予測していたのか、3コール待たずに相手が出る。



『やっぱきたな、このヘタレが』



 聞こえてきた笠松の声にすかさず喰らい付いた。



「ちょ、おかしくないスか!?何で飴凪センパイが…!」


『折角チャンスやったんだ。今日中に話つけろ』


「チャンスって…仕組んだんスかー!?」



 今にも泣き出しそうな黄瀬を相手に今更気付いたのかと欠伸を漏らし、ニヤリと笑う。



『テメーが思ってるほど悪い状況じゃねえよ。雅には何もしてねーんだろ?だったら普通に話しゃいいじゃねぇか』


「や、でも」


『ちんたら面倒くせーな!良いからさっさと行ってこい!!ガチャン


「相変わらずメチャクチャっス〜…」



 有無を言わせないいつもの対話に呑み込まれ、ルーと涙しながら切られた携帯をしまった。
 気分の沈んだまま物陰から様子を伺って…。


 ナイス私服…!


 普段見れない雅の私服姿にガッツポーズで一人喜ぶ。

 ここに笠松がいれば間違いなく怒りを買うであろう思考を済ませた後、気合いで出ていこうとするがイマイチあと一歩勇気が出なかった。
 ああは言われたが、想い人から避けられるのは精神的にきついのだ。
 黄瀬の場合は女の子に拒絶されるなんてことは一度もなかったが為に余計に精神的にくるものがあった。
 いつの間にかそこら辺を散歩していた猫とじゃれている雅を見つめ、無意識に笑う。
 
 彼女には、一目惚れだった。

 バスケという楽しみを見つけた今、まだ恋愛になんて興味はなかったし、よもや自分が一目惚れなんてベタなことをするとは思っていなかった。


 『幸君!』

 休憩中笠松を呼ぶ声はよく聞こえた。


 『お疲れさま、おめでとう』

 練習試合を終えた後に皆に声を掛けていたのも見ていた。


 『咲くまであと一息だね』

 誰も気にしないような花壇の手入れを毎日欠かさずしているのも知ってる。


 ほのぼのとした雰囲気が好きだったし、何よりも、屈託のない明るい笑顔に目が離せなかった。
 何とかお近づきになろうと何度か話し掛けようとしたのだが、何故か決まって自分と目が合うと慌てたように何処かに行ってしまうのだ。
 一回や二回なら偶然という言葉で片付けられたが、ほぼ100%では他に理由が思いつかない。

 避けられていると理解するのに時間はかからなかった。

 しかし彼女とろくに話したこともない自分が何故避けられるのか。
 それといった原因も思い当たらず、正に八方塞がりの状態だった。
 藁にもすがる想いだったが、まさかこんなことになろうとは。
 
 笠松の仕組んだことだとすれば雅も呼び出されたのだろう。
 このまま動かずにいれば彼女も待ち惚けだ。
 時間を無駄に過ごすことになる。

 悩む黄瀬だったが、転機は突然訪れた。



「あのー」


「へ?」



 後ろから声が掛り、反射的に振り返れば頬を染めた女の子達。
 これはマズイと直感したが、一足遅かった。



「やっぱり黄瀬君だあ!」


「サイン貰って良いですか!?」


「写真撮らせて下さい!」



 一気にテンションが上がった女の子達が押し掛け、物陰から追い出されてしまう。
 雅にも、黄色い声と『黄瀬』の単語のせいで完全に気付かれた。
 バッと振り返れば、驚きに染まった表情の雅と目合う。

 一瞬世界が止まったように感じたが、所詮錯覚。
 すぐに時間は動き出し、次の瞬間には雅は黄瀬に背を向けて走り出していた。



「あ、ちょ…あーもう!スイマセン、今急いでるんで…!」



 普段は時間に余裕がある限り対応するが、今回は流石に相手にしている場合ではない。
 謝罪しながらその場を切り抜け、雅の後を追いかけた。
 そこで新たな事実に気付く。

 意外に、速い。

 確か雅は運動部ではなかったはずだ。
 普段おっとりしている彼女の意外な一面に驚くものの、黄瀬は男で更に現役のスポーツ選手だ。
 差は歴然で、あっというまに間を縮める。

 パシッ。

 手首を掴む音が妙に耳に響いた。
 片手を膝に置き、息を整える。



「…ッはー、追いついた。意外に、速いんスね」


「…」



 顔を上げるが返事はなく、背を向けたままの雅は固まったままだ。

 これのどこが悪くない状況なんスかー…!!

 一人笠松に向けて突っ込みをいれるが、勿論、返ってくる言葉なんて存在しない。
 もうここまできたらやるしかないと、半場ヤケになりながら掴んだ手に力を込めた。



「オレのこと、そんなに嫌いスか…?」


「!」



 反応が、あった。
 動かなかった彼女の肩が、大きく揺れる。
 黄瀬がそれに言葉を返す間もなく、雅が口を開いた。



「…とりあえず、手、離して下さい」



 本日初めて聞いた第一声がそれだ。
 改めてショックを受けながらも、従う他ない。



「あ、ハイ…」



 言われるがままに手を離すと、一気に力が抜けるのを感じた。

 思っていた以上に緊張していたらしい。
 軽く息を吐きながら、目の前の雅の次の行動を見守る。
 再び心臓が音を立て、聴覚が敏感になった。

 一言でも聞き漏らすものかと耳を澄ます黄瀬に、彼女の声が入る。



「…ごめんね、ちょっと、そこ動かないでね」


「はい?え…と、ハイ」



 戸惑う黄瀬に構わず、雅はそのまま五歩ほど歩みを進めた。
 そこで止まって、また沈黙。

 ちょ、そこまでオレのこと嫌いスかー!?

 そろそろ本気で泣きたくなるのを必死に抑え、何を言うとも決めずに口を開こうとする。
 しかし、雅の方が早かった。



「嫌いじゃないよ」


「…え?」


「…黄瀬君のこと、嫌いじゃない。傷付けてごめんね」



 ポツリと聞こえた言葉は聞き間違いではなかったらしい。
 ご丁寧に主語まで付け足して繰り返してくれたその内容に、思わず座り込みそうになる。



「だったら…だったら何で避けるんスか?」



 そう、自分には思い当たる節がないのだ。
 それを聞かない限り、納得はできない。
 じっと見つめる黄瀬の視線に耐えられなくなったのか、突如、雅は弾かれたように走り出した。



「えぇえ!また!?」



 ぎょっとしながら、再び追いかけっこを始める。

 しかし、今度は雅も頭を使った。
 植え込みを越え、木の並び立つ公園の奥に入り込む。
 小柄な彼女に比べ、背の高い黄瀬は動きにくいことこの上なかった。



「で!いてッ」



 そこらじゅうに葉っぱをつけながら追い付こうとするが、やはり木や植え込みが障害となって思うように動けない。
 これではラチがあかない。

 そう判断した黄瀬は足を止め、近くの木の陰に身を隠した。






「…」


 それから数分後、やけに静かになったことに気付き、雅は足を止めた。

 振り返っても黄瀬が追ってくる気配はない。
 諦めて帰ってくれたのか、はたまた運よく撒けたのか。

 しかしと胸に不安がよぎる。

 途中、後ろからぶつかる音や引っかかる音がしていたのを思い出し、まさか怪我でもしたのだろうかと焦った。
 一度そう思ってしまえばもうマイナス方向にしか考えられない。
 追ってきているのを知りながらこんな道を選んだのは自分だ。

 さあっと血の気がひくのを感じながら、雅は来た道を走り出した。
 中間あたりまで戻った所で、一度止まって息を整える。



「…っは、すれ違ったり、してないよね?」



 嫌な予測だが、自分に言い聞かせるように呟いた。

 ここまで来て会わないということは大丈夫だったのだろうか。
 無事なら何よりだが、もしもの場合を考えてそのまま歩き始めた。
 ガサリ、と自分の草を踏む音だけが響く。
 まだ昼間で明るいが、自分一人しかいない空間というのはどうも緊張した。

 そんな中、不意にガサガサと自分以外の音が耳に入る。



「!」



 反射的に身構えるが、ひょっこりと顔を出したそれに一瞬呆けた。



「にゃぁ」


「…あはは、何だ。こんな所まで散歩?」



 先程遊んだ猫との再会に嬉しそうに微笑み、その身体を抱き上げる。
 ゴロゴロと喉を擦ると、気持ち良さそうに目を細めた。
 それに満足し再び歩き出そうとした雅だったが、それは叶わなかった。

 顔を上げた瞬間に被さる、影。

 反応する暇もなく、真正面から腕を掴まれる。
 気が付いた時には、もう遅かった。



「ー…、捕まえた。もう、逃がさないっスよ」



 目の前には悪戯っぽく笑う黄瀬がいて、雅の思考は真っ白に染まる。
 そんな頭とは反対にどんどん上昇する体温に、眩暈がした。

 心臓が、煩い。

 今にも皮膚を突き破って飛び出るんじゃないかとさえ思う。
 声を聞くだけで、姿を見るだけで、視線が合うだけでおかしくなりそうだったのに。



「ーっ…〜!」



 言葉に変換されない音が黄瀬に届く筈もない。

 異常反応をみせる身体を守るために防衛機能が働き、それに従って後ろに退こうとした雅だったが一言でいうならば、彼女は勢い余った。
 あっと思った瞬間には身体は傾き、黄瀬の驚く表情が遠ざかるのがスローモーションで脳に届く。

 目を瞑ると、ドサリと音がした。
 が、痛みは、ない。

 変わりに感じる温かさに恐る恐る目を開ければ、視界に広がる白とその端に映る、鮮やかな金色。
 頭の何処かで状況を理解しているのだろうが、いまいち把握は追いついていかなかった。

 無意識に金色を追った末に辿り着いたのは、やはり端正な顔のドアップで。



「驚かしてスイマセン!怪我ないっスか!?」



 心配そうに覗き込んでくる黄瀬の言葉は鼓膜を悪戯に揺らすだけで、脳にまで届かない。

 雅が辛うじて分かったのは、さっきよりも接近したということだけだった。
 もし雅の思考がいつも通り正常に働いていたならば、彼が彼女を転ばせまいと自分の方向に引っ張り、クッションになってくれたことにすぐ気付けただろう。
 しかし思わぬ急接近により雅の思考は完全に停止しており、そのまま思い切りうつ向いた。

 顔に血が集中していくのが分かる。
 こんな顔、人に見せられるわけがない。



「…センパイ?」



 そんな状態の雅に黄瀬が不安になるのは無理もなかった。

 もしかして怪我でもしたのかだとか、そういえば自分は避けられていたんだっけだとか、色々な考えがめまぐるしく行き交う。

 体勢的には共に座り込み、雅が黄瀬に体重を任せている状態。
 雅の腕には、余程彼女が好きなのか先程の衝撃をものともせず猫が滞在していた。
 オスだったら少し嫉妬してしまいそうだなんて考えながらも、今は緩和材になってくれていることに間違いはないので感謝する。

 猫がいなければ緊張で声も出ないだろう。
 成り行きでこんなことになってしまったが、黄瀬からすればオイシイものの、雅との問題が解決してない今の状況ではまだ不安が勝る。
 


「さっきのことスけど、質問変えるっス。どうしたら…オレのこと見てくれる?」



 切なげに届く声に、胸が痛んだ。

 原因も分からずこんな風に避けられたら誰だって傷付く。
 頭の中で黄瀬の言葉がぐるぐる回った。

 普通なら告白に近い台詞だが、こんな比喩的な表現で雅に伝わるはずがない。
 深くは考えず、見事にそのままの意味を考える。
 見てくれるとは姿を視界に入れろということか、視線を合わせろということか、しかしどちらにしても、



「い…一生無理だと思います…っ」


「一生!?」



 ガーンと石が落ちてくるのが目に見えるような落ち込みぶりを見せる黄瀬に、雅は焦る。
 流石に、言葉が足りなさすぎる。
 自分でもそう感じたのか、必死に言葉を紡いだ。



「や、本当に嫌いとかじゃなくて!黄瀬君相手だと何故かその…緊張するというか…」


「…」


「上手く言えないんだけど…他の人みたいに普通に、出来なくて」


「……はい」


「なんか急に体温上がったり動悸が激しくなったりする、ので」


「………はい?」



 自分の為に一生懸命話してくれるのが素直に嬉しくてじっと聞いていた黄瀬だったが、不意に疑問を持った。

 彼女の言葉をそのまま解釈すると、自分の都合の良いようにしか考えられない。
 まさかと首をブンブン振るが、その際に目に入ってしまった。

 今まで一杯一杯で気付かなかった。
 うつ向いたままの雅の髪の合間から覗く真っ赤に染まる、耳。
 それを目にした黄瀬もつられて赤面し、口元を片手で覆う。

 自惚れても、いいのだろうか。



「あー…間違ってたら、遠慮なく言ってほしいんスけど」


「?」


「…それは、オレを恋愛対象として見てくれてるってとってもいいんスかね?」



 下を向く雅の目が見開かれた。



「れんあい、たいしょう…?」



 ポツリ。

 口に出した瞬間に、全てのパーツが噛み合う。
 何故彼に対してだけ普通でいられなかったのか。
 経験の浅さ故に、こんな簡単なことに気が付けなかった。

 つっかえていたものが取れ、納得したのも束の間。
 意識した瞬間に、限界だと思っていた心臓の速度が更に上がる。

 心臓が壊れる…!

 そう思った瞬間、雅はいてもたってもいられずに勢いよく立ち上がった。



「ーっ」


「おわ…!え、センパイ!?」


 呆気にとられる黄瀬と一メートルほどの距離まで離れると、立ち止まる。
 あれ、さっきと同じパターン?なんてショックを受けるが、雅が口を開いたことで今度は黄瀬の思考が停止した。
 


「…間違ってないよ」



 そんなに大きな声ではないのに、妙にクリアに聞こえる。



「……それで、合ってると思います」



 それだけ言い残すと、今度こそ雅は走り去った。
 その後ろ姿が見えなくなったところで休戦していた脳が動き出す。



「間違ってないって…え、ちょ、えぇ!?」



 理解すると共に、風に冷やされた熱が再び戻ってきた。

 熱い。

 同時刻、走る雅も同じ心境だった。
 腕に抱く猫の不思議そうな視線を受けながら、必死に上がった体温を下げようと試みる。
 しかし到底無理な話。








真っ赤な顔で見上げる空は、憎たらしい程真っ青だった。


(心臓休ませる為にもやっぱり近付かないべきだと思うの)
(明日は一番に会いに行こう)


相容れない二人。

2012.08.28
*<<>>
TOP