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真っ赤な顔で見上げる空は、憎たらしいほど真っ青だった【前篇】
◇ 

 先輩である笠松と歩いていた黄瀬は、ふと人影を見つけて声を上げた。



「あ」


「ん?ああ、雅じゃねーか」



 その声にめざとく反応し黄瀬の視線を追った笠松は、見つけた人物に呼び掛けた。



「雅ー」



 何処から声がかかったのか判断しづらかったらしくキョロキョロする姿に、笠松は軽く吹き出す。

 相変わらずトロい幼なじみだ。

 しかし、隣の後輩が先程の一言から何も発してないことに気付き、自分より高い位置にあるその顔を見上げる。
 黄瀬の視線も、自分が見ていた少女に注がれていた。

 しかし、その表情はあまり浮かばれない。



「黄瀬、どうした?」


「!いや、何でもないっス!センパイの幼なじみだなあと思って」


「あ?まあそうだけどよ」



 その焦りように不審そうな顔をするものの深くは突っ込まない彼に、黄瀬は感謝した。

 気付かれないくらいの深呼吸をすると、再び視線を戻す。
 未だにこちらを見付けられずに首を傾げる姿に苦笑が溢れた。
 先程から微妙な表情をしていることは自分でも分かっている。
 それを笠松が気に掛けたことも。
 別に、視線の先の彼女が嫌いだとか負の感情を抱いているわけではない。

 寧ろ、その逆だった。

 笠松の幼なじみだとかで時々部活にも顔を出す雅とは顔見知りだったし、彼と一緒でなくても学校内で偶然出会うことも少なくはない。

 問題は、その時の彼女の反応にあった。
 考えれば考えるほど気分は落ち込み、自然と頭がうなだれる。
 笠松はそんな黄瀬の事を気に掛けてかそれ以上雅に呼び掛けることはしなかったが、間が悪いというか、こういう時に限って彼女は自分で気が付いた。



「あ、幸君!」


「…おう」



 ぱあっと花が咲いたように笑う雅に、笠松は何とも言えない心境で軽く手を挙げる。
 そんな彼に走り寄ろうとした雅だったが、その動きはピタリと止まった。
 それを見た黄瀬の表情も曇る。
 両方の動きを目の辺りにした笠松は、やっと今までの黄瀬の言動の意味を理解した。
 第三者から見ても、彼女は明らかに黄瀬を見て動きを鈍くした。

 これは何かあるな。

 やれやれといった様子で頭を掻くと、笠松は黄瀬をこずいて方向転換した。



「雅ー、これから集まりあっから行くわ」


「あ、うん。またメールするからー」


「おー」



 ズーンと暗いものを背負う黄瀬をどつきながら引っ張っていく。
 そんな二人の背中を見ながら、雅は深く深く息を吐いた。







 カラン。

 レモンティーの中で氷が音を立ててずれるのを見ながらうつ向く。
 そんな彼女の前に座る笠松は、手元のアイスコーヒーを片手でグルグルかき回しながら片目を細めた。



「で?」


「で?って…」


「大体何聞かれんのか分かってんだろが」


「………うん」



 たっぷりの間をとって肯定する雅は視線を泳がせるばかりで目を合わせようともしない。

 いつもちゃんと人の目を見て話す彼女には有り得ない行動だった。
 これがどういう時なのかは、長年の付き合いで熟知している。
 自分自身が何か悪いと思っている時に見せる合図だ。

 学校では話しにくいかと帰り道に喫茶店に引きずり込んだはいいものの、この状態では何も進まない。
 まあ、何を悪く思っているかは今日の様子を見る限り一目瞭然だが。

 さてどうしたものかと、黄瀬との会話を思い出す。



―数時間前、雅と別れた後に笠松は黄瀬を問い詰めた。

 何もないのに二人のあの反応はおかしい。
 自分に関係ない人間ならば、黄瀬が試合に支障さえ出さなければ気にすることもなかった。
 しかし、雅は自分にとって大事な幼なじみだ。
 彼女との間に何かあったのなら聞いておかなくてはいけない。



「率直に聞くぞ、黄瀬」



 軽く殺気のようなものまで感じる笠松の様子に、黄瀬は息を呑んでコクコクと頷いた。



「雅と何かあったか?」



 質問内容は大体予想がついていたのか、黄瀬は特に考える様子もなく口を開く。
 しかし、その声にいつもの明るさはなかった。



「そんなの、こっちが聞きたいくらいっス」


「あ?何も思い当たることねぇのか?」


「もう神に誓って!飴凪センパイはずっとオレにはあんな調子で…」


「んー、アイツは理由もなくあんな態度とるヤツじゃねぇし…」



 子羊のようにじっと見つめてくる目に、弱ったように頬をかく。

 実際に、雅が人に対してあんな態度をとるのを見たのは初めてだった。
 見てる方がハラハラするくらいのお人好しだ。
 人を避けるような言動なんてするはずがない。
 しかし今のところ、彼女が黄瀬を避けているのは変えようのない事実だ。

 暫く唸った後、笠松は結論を出した。



「…しゃーねぇな、分かった。雅に直接原因聞いてきてやるよ」


「!センパイー!」


「だあ!くっつくんじゃねえようっとおしい!シバくぞ!」




―いつものように繰り出した拳の感触を思い出して、肩を落とす。

 全く、世話の焼ける後輩と幼なじみを持ったものだ。
 一口アイスコーヒーを喉に通すと、雅に視線を戻した。



「あのな、オレだって人のプライベートに首突っ込むのは嫌なんだよ。けど試合に支障だされちゃ困るし、オマエだってこのままで良いとは思ってねぇだろ?」



 その言葉に、肩がピクリと揺れる。
 もうひと押しだと察し笠松は更に続けた。
 彼女の性格上、遠回しよりはカマをかけた方が早いことは知っている。



「オマエ、黄瀬のこと嫌いなのか?」


「ッ違うの!」


「お…」



 自分の一言でガタンと音を立て、珍しく声を荒げた雅に驚くものの、思ったより早く核心に辿り着けることを確信した。

 雅は笠松のそんな様子にあたふたと謝り、座り直して再びうつ向く。
 普通なら此処でまた問いただすところだろうが、笠松はそのまま辛抱強く待った。
 今彼女が一生懸命考えをまとめているのは分かっている。

 その状態で数十分。
 手のつけられていない雅のレモンティーの氷がラスト一個になったその時に、長い沈黙が終った。



「…嫌いとか苦手なわけじゃなくて」



 ポツリポツリと話し始めた雅の言葉に耳を澄ませる。
 此処で口出しすれば話の腰を折ってしまう。

 じっと黙って彼女の方を見ていた笠松だったが、次の彼女の台詞には思わず反応した。



「黄瀬君にはどうしても近付けないの」


「は?」



 近付けない?何故?

 笠松が見ている限り、黄瀬が雅を嫌っているなんてことは有り得ないし、寧ろその逆だろう。

 そこまで考えて思い当たったのが、黄瀬の人気だった。
 モデルをこなすほどの容姿端麗でスポーツ万能である彼の人気は何処に行っても公認だ。
 勿論ファンも数えきれない程おり、学校内でもそれは例外ではない。
 考えたこともなかったが、もし彼女とまでいかなくとも黄瀬に仲の良い女子なんかが出来れば嫉妬の的になることは十分予測の範疇だ。

 もしかしたら既にファンの誰かに釘を刺されているのかもしれない。
 そんなことをしている輩がいるのなら許すわけにはいかないが、幼なじみである雅ならそんな自分の性格でさえお見通しだろう。

 争いを好まない彼女だからこそ、そこを考えてこんな結果になってしまったのだろうか。
 すると自分には何が出来るのだろうと、考え込んだ笠松は目を伏せた。



「雅、それはやっぱり…」



 黄瀬の人気のせいか?

 そう続けようとした言葉は雅の新たな言葉に遮られた。



「黄瀬君と話すと何故か動悸が酷くて…」


「………は?」



 予想だにしていなかった単語をたっぷり五秒掛けて脳に理解させるが、その間にも雅の話は着々と続く。



「見るだけで顔に血が昇るし」


「…」


「目が合うだけで体が思うように動かなくなるからね…」


「……」


「私、黄瀬君とは合わない性質なんだと思うの」


待て待て待て




 必死にショートを避けることに徹していた笠松だったが、とうとう耐えきれず口を出した。
 普通はここまで分かっていれば相手の事が好きなのだと、恋愛対象として好意を抱いているのだと理解できる。

 しかし、一つ忘れていた。

 今時珍しく、自分の幼なじみは恋愛絡みに滅法弱い。
 ベタすぎるくらい、疎い。
 そんな彼女は、つまりその恋の象徴ともいえる症状達によって黄瀬を『自分とは相容れない存在』だと結論づけたらしい。

 きょとんとする雅を前に、笠松は頭に片手をやり悩んだ。
 
 これでは本当に黄瀬が不敏すぎる。

 ここで自分が答えを言うのは簡単だが、それでイメージ出来るほど雅は器用じゃない。
 百聞は一見にしかず。

 頭を横切るそんな諺に一人頷くと、笠松は顔を上げた。



「オマエ、さっきの内容黄瀬に直接言え」



 ガシャン。

 やっと手を付けられたレモンティーが彼女の手から離れる。
 慌てる雅を落ち着かせてテーブルを拭きながら、笠松はもう一度繰り返した。



「いいか、雅。さっき俺に話した内容、黄瀬に直接話してこい」


「…幸君は私に死ね、と…?」


「はぁ、何でそうなるんだよ」



 プルプルと肩を震わせ涙目で唖然と見つめてくる雅に、ガクリと肩を落とす。

 これでは自分が泣かしているみたいだ。
 困ったように頭をかくと、すぐ会計を済ませ、固まったままの雅の手をひいて店を出た。
 とりあえず原因は分かった為、ここでお開きにして雅を玄関まで送り届ける。



「幸君ごめん、私…」


「あー気にすんなって。今日はオレが悪かった。オマエは何も難しいこと考えなくていーから、任しとけ」


「でも」


「じゃ、またな」



 笠松は微妙な表情を浮かべる雅の頭をくしゃりと撫でると、そう離れていない自宅へと足を進めた。



「ったく、マジで手のかかる奴ら」



 溜め息混じりに笑うと、携帯を操作し始めた。

2012.08.28
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