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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -
すいません、この苺コロネ不良品です


「…ねみー」



 大きな欠伸を一つ溢して、火神は売店へと向かっていた。
 午前の授業が終わったお昼休み。
 午後の授業は寝るだけでいいが、放課後の部活のためにも腹の蓄えは不可欠だ。

 今日は何があっかな…。

 適当にパンの種類を頭に描きながら歩く。
 そんな時だった。



―ドンッ



「っ…!」


「おお!?」



 腹部に、強い衝撃を受ける。
 鍛えているため特にダメージはなかったが、勢いがあったのだろう。

 地味に、痛い。

 何が起きたんだと下に視線を落とせば、グラリと後ろに傾く頭が見えた。



「オイ!」



 その小ささに驚くよりも先に反射的に腕を掴み、引き寄せる。
 何の抵抗もなく火神の方に引っ張られたソレは、勢い余って彼の身体に顔をぶつけた。



「っぷ!」


「あ。わりぃ」



 思わず上がった声に謝罪するが、それよりもその軽さにショックを受ける。
 大した力を入れてないにも関わらず、紙のように自分の方へ飛んで来た身体に眉をしかめた。
 
 これ、人形とかいうオチじゃねぇよな。

 声を上げたことから人間であることは明白なのだが、念のため持ち上げてみる。



―ヒョイ



「わ!?」


「…。オマエ、飯食ってんの?」



 やっぱり人間だった。
 あわわわと両手をパタパタ振り始めた少女にギョッとしながらも、その身体を地面に降ろす。
 茶色がかった猫っ毛がフワリと揺れた。
 鈴のようなソプラノが、鼓膜を揺らす。



「…もしかして火神君?」


「あ?そうだけど何で知ってんだよ?」



 知り合いだったか?

 首を傾げてマジマジとその顔を見つめるが、見覚えがない。
 無言になる火神に、女生徒は困ったように笑った。



「一応、クラスメートなんだけどな」


「マジかよ!?…わりぃ」



 いくら顔を覚えるのが苦手だと言っても、クラスメートを分からないのは失礼だろう。
 バツが悪そうに頬を掻く火神だったが、どれだけ見てもやはり覚えがない。
 
 そんな彼に、笑う気配が伝わった。



「私、いつも眼鏡掛けてるから」


「ああ、それなら…って今日はどうしたんだよ?」



 フォローに納得するものの、今はどう見ても裸眼だ。
 不思議そうにする火神には眉を下げる姿が映った。



「それがさっきぶつかった時に落としちゃったみたいで。そこらへんに転がってると思うんだけど…」


「はあ!?オマ…それ早く言えよ!」



 踏むだろーが!

 いきなり詰め寄った火神に女生徒は仰け反り、一歩後退する。



「えぇ!?ごめんなさ」



 パリン。



「「…」」



 不吉な音が、した。






「あの、ほんと気にしないで!私が踏んだんだし!」



 火神達は現在、学校ではなく住宅路を歩いていた。

 火神とぶつかった女生徒―飴凪雅は、酷く目が悪かった。
 彼女の足によって眼鏡が残骸となった後、判明した事だ。

 責任を感じる火神に大丈夫だと笑って去ろうとした、雅の行動に問題があった。


 べしゃり。

 まず手始めに、一メートルも進まず転んだ。



『あたた…』



 口をポカンと開ける火神の前で、校舎でなく花壇に向かって歩き。

 ごんっ。



『あ、ごめんなさい!』



 しまいには壁に衝突し、壁に謝る始末。

 これで彼女を放置したならば確実にひとでなしのレッテルが貼られるであろう。
 ここまで破滅的に目が悪ければ、学校生活はおろか、帰り路につくこともできない。
 授業なんてもっての他だということで、午後の授業は二人してサボり。
 火神は雅を家に送り届ける最中だった。

 そもそも、自分に非がないわけではないのだ。
 自分の非を思い出して肩を落とす火神を、雅は申し訳なさそうにチラリと見やる。



「ごめんね、午後の授業さぼらせることになっちゃって」


「別にいーよ。どーせ出ても寝るだけだからな。それよりオマエこそ良かったのかよ?」



 身長差によりうつ向くようにして、隣を歩く雅に視線を向ければ、髪と同じ色素の薄い瞳と目があった。
 いつもは赤い縁眼鏡で覆われているそれは、思っていたよりもずっと大きい。
 これじゃあ分からなくてもしょうがない。

 眼鏡一つで大分イメージ変わるもんだな。

 少し感心しながら見る雅は、丸っこい目を思い切り細めて笑った。



「私、一回サボってみたかったの」



 キラキラ輝く笑顔に、意外だとかそんな感想も吹っ飛ぶ。

 そーかよ。

 意味もなく視線を反らして、しかしやはり気掛かりな事が一つ。
 柄にもなく言いにくそうにボソリボソリと呟いた。



「明日も学校あっけど…」



 本人からしてみても明らかに言葉が足りない文章だ。
 しかし、雅はそういう面には悟いらしい。
 少し首を傾げたのち、あぁ、と思い付いたように微笑んだ。



「大丈夫、眼鏡は元々今日換えるつもりだったんだよ」


「今日?」


 
 思わぬ答えに聞き返せば、苦笑しながら見上げてくる。

 ごめん、これ先に言っとけば良かったね。

 フワフワ揺れる猫っ毛から目が離せない。
 毛糸を追う猫にでもなった気分だ。
 そんな火神に向かって、雅は照れ臭そうに頬を掻いた。



「今日、誕生日なんだ。だから、家族からのプレゼント」



 嬉しそうな表情から、家族との仲の良さは充分窺えた。
 その反面、誕生日という単語が頭の中に妙に残る。
 普段人の誕生日なんて気にも留めないが、彼女に対しては申し訳程度の気持ちもあり、何となくウズウズした。
 何気無く鞄に手を突っ込むと、カサリと音がなる。

 ああ、これがあったか。

 誕生日プレゼントにこれはどうかと思うものの、やらないよりかはマシだろう。
 開き直ると鞄に突っ込んだ手を引き抜き、そのまま雅へと差し出した。



「やる」



 ぶっきらぼうに突き出したのは、コロネ。
 旬だからか、苺クリームバージョンだ。
 しかし眼鏡のない雅には瞬時にそれが何かを見分けることは不可能だった。
 一瞬きょとん、とした後、すぐにその意図を汲むと、幸せそうに顔を綻ばせた。



「ありがとう」



 カーディガンの袖から覗く白い指先が、それを受け取る。
 自分より一回り以上小さい手に目を奪われた。

 女の手というものは皆こんなものなのだろうか。

 思考が飛ぶ火神の耳に、パンっと空気の弾ける音が入る。
 音の発信元に目を向ければ、満面笑顔でコロネにかぶりつく雅がいた。
 袋の感触でパンであることを理解したらしい。

 しかしその行動の速さに突っ込まずにはいられなかった。



って今食うのかよ!?


「ふ?」



 はむはむしながらこちらに顔を向ける雅は、小動物以外の何者でもない。
 そういう火神も、リスみたいに食っているという表現をされた事があるのだが、本人が知るはずもなく。
 幸せそうに食うもんだと見つめるが、見つめすぎたらしい。
 
 ヘニャリとしていた口がポカンと開いた。



「…あ!そういやお昼買いに行く途中で私がぶつかっちゃったんだよね!?お腹空いてるんじゃ」


 クルクル変わる表現に、忙しい奴だと溜め息をつく。



「別に。部活前に食うし」


「んん…」


「いーから食えって」



 ぶつかった時の彼女を軽さを思い出し、眉間に皺を寄せた。

 改めて見ると、本当にちゃんと食べているのか疑問に思う。
 白いし華奢だし、少し力を入れたら折れてしまいそうだ。
 そんな火神の様子を気にしながらも再びコロネにかぶりつき始めた雅だったが、ふと彼女の口元に視線が奪われる。

 あまり食べるのは上手ではないらしい。
 唇の端についた大きなクリームの塊が、それを物語っていた。
 目のやり場に困り、軽く視線を外す。



「火神君」


「…なんだよ?」



 呼ばれて反射で振り向けば、更に頬にまで侵蝕が進んでいるクリーム軍。

 ガキかよ…。



「オマエ、食うのヘタすぎ。動くなよ」



 これ以上放置したら顔中クリームだらけになりそうだ。

 呆れたように肩を落とすと、少し屈んで手を伸ばした。
 火神の大きな親指が雅の白い肌を滑ると、そちら側の目を瞑ってくすぐったそうに身じろぎする。
 できるだけそっとしようとしているのだろうが、見た目以上の彼女の頬の柔らかさに躊躇してしまったらしく、動きがぎこちない。

 それがくすぐったさを助長しているのだろう。



「んん?」


「だから動くなって!」



 怒鳴りながらも不器用な手付きで拭い終えると、無意識にその指先についたクリームを舐めとった。
 第三者が見たら完全に誤解を招く行為だが、生憎火神にはそういう思考がない。
 雅にも、そういう思考が、ない。

 ありがとー、と綿のような笑顔が返ってくる。
 そんな彼女が最後の一欠片を頬張るのを横目に、火神は指先の淡いピンク色のクリームを片付けていった。

 しかし、その顔は浮かばれない。

 ―…、可笑しい。



「ね、火神君」



 神妙な顔をする火神に、雅は思い出したように声を掛けた。
 そういえばさっきは彼女の言葉を自分が遮ってしまったんだったか。
 
 ぎこちない動きでその姿を捉えれば、









「―来年もこれ、よろしくね」








 美味しかった!

 弾む声と、懲りもなく鼻のてっぺんに苺クリームをつけた雅の笑顔。



「…同じのがあったらな」



 次はもう少し上手く食えよ。

 指先でスイと鼻のクリームを掬って、舌に移動。

 

 ―…やっぱり味は、分からなかった。



「あ、火神君の誕生日も教えてね」



 この笑顔はきっと強敵になるだろう。
 
 深く息を吐く。
 クリームの食感のみが残る舌に、首を傾けて。

 大した運動もしてないくせに煩い心臓を叱った。









すいません、この苺コロネ不良品です(いいえ、それは貴方の問題です)





(本当はずっと見てたよ。よく食べるなってこっそり笑ってた)


(…扱いづれーのが増えた)






ふらり、パン探しの旅へ。
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