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猫のキス


 さんさんと照り付ける日差しの中、安らげる場所を探して雅は歩いていた。
 暑いのが苦手な彼女にとって夏は一番過ごしにくい季節であり、容赦ない直射日光に足元がおぼついてくる。

 どうしてこんな日に外になんか出たのだろうと自分に疑問を持った。



「太陽のバカヤロー…」



 ボソリと呟いた直後に眩暈に襲われ、あっと思った時には身体は後ろに傾く。

 しかし、背中が地面に着くことはなかった。
 トサ、と何かに当たる感覚だけが伝わってくる。
 こんな所に壁なんかあっただろうかと考えるが、結果は簡単。
 あるわけがない。

 じゃあ何だ?

 力も入らずボンヤリとしている雅の耳に、声が入った。



「…大丈夫ですか?」


「うぉ!?」



 上から降ってきたその声に驚き頭を反らせば、大きな目と視線が合う。
 見覚えがありすぎる人物だ。



「黒子…?」



 恐る恐る名前を呼ぶと、クラスメートである彼は首を傾げて返事をした。



「はい」


「いつからいたの?」


「結構前からです。ふらふらしてて危ないと思ったので声掛けようと思ったんですけど」


「…気付かなかったよ」



 自分が周りをよく見れることを自覚しているだけに、少しショックを受ける。
 額に手を置きため息をつく雅を支え直すと、黒子はその腕を自分の肩に回し、歩き始めた。



「それはしょうがないです。こんな状態じゃいくら飴凪さんでも気付くのは無理ですから」



 向かう方向に良い感じの木陰がある事に気付いて、雅はお礼を述べる。

 こうして隣を歩いてみると、意外に身長差があることに気付いた。
 小柄な印象を受ける彼だが、150センチ台の自分と並ぶとやはり大きい。

 少し見上げる形で問掛ける。



「今日は部活休み?」


「はい。飴凪さんは何か用事ですか?」


「いんや、ぶらぶらしてただけだねえ」



 遠い目をして答えると、黒子はきょとんと首を傾げた。



「…暑いの苦手だと思ってました」


「苦手だよ」



 ケラケラ笑うと、ますます不思議そうな顔をする。



「変わってますね」


「だまらっしゃい」



 そんなやり取りをしているうちに目的地に到着し、黒子は雅をそっと木の根元に座らせた。

 日の当たらない空間、なんて素晴らしい。
 太陽が遮断され、微かに吹き抜ける風が心地よい。
 これぞ探し求めていた地だと満足そうに笑った雅は、体重を預けるように木にもたれかかった。



「恩にきるよ黒子。何か用事あったんじゃないの?」


「気にしないで下さい、暇なので」



 その答えを聞いた雅はニッと笑うと立ったままの黒子の手を引っ張り、座るように誘導する。
 いきなりのその行動にされるがままになった黒子は、なんら抵抗もなく彼女の隣に腰かけた。
 そんな彼にますます笑みを深くする。



「暇なら、少し休んでバニラシェイク飲みにいこ。お礼に奢るよ」


「よく知ってますね」



 当然のように挙げられた自分の好物に、少し驚いたように目を丸くした。
 それを見た雅は今度は悪戯っぽく笑うと、わざと視線を外す。



「そりゃ、見てるからね」



 知ってます。

 黒子も僅かに微笑んだ。




―彼女は視野が広い人間だった。

 周りの状態もそれを取り巻く人の状況もよく見ていて、困っている様子があればさりげなく手助けしていくのだ。
 その対象範囲には、カゲが薄いと言われる黒子でさえもごく自然に含まれた。
 黒子本人も、当初は本当に驚いた。


 きっかけとなった出会いは図書室。

 まだ入学して間もなく、本の配置もよく分からない中、黒子が本を探していた時だ。
 お目当ての本が見付かるも、それは一番高い棚に収まっていた。
 小柄なタイプに入る彼には手に取るのにもう一息高さが足りず、どうするかと上を見上げて悩む。

 しかし只でさえ棚が立ち並び閑静な空気が支配するこの場で、静かに思考を巡らす黒子の存在はないも同然。
 割と多くの人が通りかかるも、彼を気に掛ける者はいなかった。
 恐らく気付いてさえいないだろう。
 黒子自身もそれは承知していたし、これくらいなら自力で何とか出来るだろうと踏み台になるものを探し始めた。

 そんな時だ、彼女と話したのは。



「これ、使う?」



 少し低めの、しかし女子独特の声が耳をかすめる。

 何度か聞いたことのある声だ。
 差し出されているのは木製の踏み台。
 落ち着いた声の割にコンパクトなサイズの女生徒が、自分を捉えて立っていた。
 その姿を見て確信する。
 
 飴凪雅。

 正真正銘クラスメートで、確か自分とは近くも遠くもない席の持ち主だ。
 大抵の人間は黒子が声を掛けて相手が驚くというパターンで、相手から声を掛けてくることは中々ない。
 当たり前のように話し掛けてきた彼女に多少ながらも驚いたのは事実だった。

 黒子が踏み台を使い本を取ったのを見届けると、雅は背を向け、振り向き様に笑う。



「またオススメあったら教えてよ、『黒子』」



 さらっと聞き流しそうな台詞だったが、黒子は反応した。
 まだクラスメートになってから一週間もたっていないのに覚えられていた、自分の名前に。

 そのインパクトも勿論、彼女の笑顔が頭に焼き付いた。






「んー、快適快適」


 
 腕を上に伸ばして幸せそうに笑う。
 あの時と同じ笑顔の雅に安心していると、ふいに彼女が顎に手をあて呟いた。



「黒子ってさ、猫みたいだよね」



 唐突な言葉に少しの空白を空けると、その深意を問いただす。



「?どこら辺が、ですか?」


「んー、おっきい目とか気が付いたらいるとことか構いたくなるとことか」


「それを言ったら飴凪さんこそ猫みたいですよ」


 
 黒子があっさり言い返すと、意外だったのか雅は面白そうな表情で身を乗り出した。



「どこら辺が猫?」


「そうですね、周りに敏感なところとか散策が好きなところとか…」


「ふんふん成程ねー」



 腕を組んで楽しそうに聞く雅に眼差しを向けると、一拍置いた。
 黒子の唇が、スローモーションで動く。


 ―あとは…。




「ー、世話好きなくせに…意外に警戒心が強いところ、とか」




 風が、通り過ぎた。



 雅の表情が驚きに染まる。

 次の瞬間には、困ったように笑った。
 気付いてる人間がいるとは思っていなかった、と呟いて。

 確かに自分は警戒心が強い。
 しかし行き過ぎたそれは孤立の元となることも分かっているから、経験から理解したから、当たり障りのない位置で手当たり次第に人と接触しておく。
 周りを客観的に広く観察できるというのもその過程で身についた特技だ。

 笑顔も得意。
 人の警戒心を解くのにこれ以上優れているものはないと思う。
 自分は警戒心バリバリのくせに、相手の警戒心は解こうなんて虫のいい話だ。
 
 しかし彼には、黒子には、いつだって本気の笑顔しか見せてこなかったのに。



「…よく見てるね?」



一瞬時が止まって。



「ずっと、見てましたから」



 その声が脳に届いた時にはそれは起きていた。
 
 鼻に当たる温度、感触。
 時間にして一秒あったかなかったか。
 雅にはとてつもなく長い時間に思えた。

 両肩に乗った手はそのままに、温かいそれは離れる。
 温度が離れた鼻が名残惜しそうに風に晒され、夏の生温い筈の空気にさえ寒さを感じた。

 目の前にはやはり微かに笑う黒子の姿。
 普段感情をあまり大きくは出さない彼のその表情に、今更ながら顔が熱くなる。



「ボクに対しての警戒心はそんなに強くないみたいですけど」



 しれっと言い切る黒子の額にデコピンを食らわすと、雅は声を上げて笑った。



「やっぱり黒子は猫みたいだ」







猫のキス。




(雰囲気がとても好きだったんだ。警戒心なんて初めから湧いてこなかった)


(自分以外にこんな隙、見せてほしくはないから)




君だけ。

2012.08.28
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