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死んだら殺す




 空が酷く近い。

 ぼやける景色を瞳に映し込みながら、雅は月を仰いだ。
 残酷な程美しいそれに、息も絶え絶えに瞳を細める。
 呼吸の度に冷たい空気が体内を冷やした。



−…しくったなあ。



 自嘲気味に眉を下げて、瞼を閉じる。
 視界が闇に染まると同時に、脳内に蘇る記憶。






−豪華ながらもシンプルな造りの部屋に、圧倒的な存在感。
 その無愛想な後ろ姿に、記憶の中の自分もクスリと笑った。



「…何がおかしい」

「いえ、何も。ところでご用件は?」



 今までも何回か繰り返したやり取りだ。
 微笑で返したのち、大して意味のない問い掛けを紡ぐ。
 気分屋なボスの気紛れで呼び出されることはしょっちゅうだが、本日は用件ありの呼び出しだったらしい。

 一拍置いて、低い音が空気を振動させた。



「明日の出陣、出るな。足手纏いだ」

「怪我はもう完治済みです」

「…、勝手にしやがれ。犬死にだけはするんじゃねぇ」



 滲み出る不機嫌さに顔を綻ばせる。
 前回の任務で負傷した肩をそっと撫でながら前髪を揺らした。



「心配して下さってるんですか?」

「誰が三下の心配などするか」

「そうですね、失礼しました」



 低さの増した返答に、口元の緩みはそのままに優雅に頭を下げる。
 訪れた沈黙に用が済んだ事を感じ取ると、音もなく踵を返した。

 扉に手をかけたところで制止の言葉がかかる。







「−…おい」



−記憶と重なった声に、急激に意識が引き戻された。

 まさかそんな筈は。
 思わず耳を疑う雅に構う事なく、声の持ち主は彼女の前に姿を現す。

 ザクリと地面を踏みしめる足を見つめながら、靄がかった視界に目を凝らした。



「…!」

「何だそのふざけた面は」



 寄りかかる木の幹が妙にリアルに感じる。
 消えかかっていた現実味が、彼の存在感ひとつで取り戻された。



「いい様だな」

「…っ、−…」



 聞き慣れた音が脳に浸透する。
 唇を開いた瞬間に悲鳴を上げた喉に言葉を返すことは諦め、代わりに困ったように微笑んだ。

 そんな雅に不愉快だと言わんばかりに眉を顰めた男−ザンザスは、彼女の顎をひっ掴むと、その朧気な焦点を無理やり自分に合わせる。



「そのちんけな脳じゃ、昨日のやり取りも覚えてねぇか」



 優しさの欠片も感じられない触れ方に、傷が存在を主張した。
 冷たい指先が脳を刺激する。

 必死にピントを合わせると、静かに此方を貫く強い視線と交わった。



「オレの前で無様な死に様を晒すな」



 触れられる手に力がこもる。
 ざわりと木々が揺らめいた。

 重く空気に溶け込む言葉の意図を汲んだ雅の瞳に、強固な意志がちらつく。



「…はっ、それでいい」



 それに満足そうに唇を歪めたザンザスは、呆気なく雅の顎から指を外して背を向けた。

 直に、仲間に呼ばれたルッスーリアか隊長のスクアーロあたりが来るだろう。
 一生ついて行くと誓った背が暗闇に消えるのを見つめながら、いつものようにそっと笑みを零す。

 記憶に新しい、低音が脳内で反響した。







死んだら殺す


(そんな貴方だから、愛しました)
(誰がいなくなっていいと言った)


ひやり、欠片見つけ。



(お題提供元:この夜は夢よ、ただ狂へ!)
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