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僕に溺れなさい



 頭上で揺れる銀色の世界。

 必死に手を伸ばして、外の色彩に触れようともがいた。
 呼吸もままならないまま、酸素だけを求めてざばりと顔を跳ね上げると、いつの間に現れたのか。
 見慣れた微笑みがこちらを捕らえている。

 水中で足掻く雅に対し優雅な仕草で腰を屈めた骸は、暫くの沈黙ののち、そのオッドアイを細めた。



「…クフフ、楽しそうですね」

「っごぼ、どこを見て…げっほ」



 まるで見当違いな台詞に抗議しようと口を開けるが、空気に混じり水が大量に乱入してきて言葉にならない。
 傍観を決め込む姿に怒りさえ覚えた。



「こんな時期に水遊びですか」

「がぶ…っ」

「僕をほっぽって優雅に水泳とは、よほど遊び足りなかったとみえる」

「っ…!…!」



 あとで覚えてろよ…!

 酸欠で頭が回らなくなり、再び銀色一色に引き戻される。
 意識を手放すその直前に、水温と変わらない温度が手首を掴んだ。







−髪から滴る水滴が鬱陶しくて軽く頭を左右すると、共鳴するように身体がぶるりと震える。



「っくしゅ」



 小さくくしゃみが響き、呆れたような音が空気を伝って降ってきた。



「−全く、何をやっているんですか」

どの口がモノを言ってるんだ



 本気で死ぬかと思ったわ。

 結局救出されたのはいいが、肌から芯に向けて冷えて冷えて仕方がない。
 冬の水に根こそぎ奪われた温度は、暫くは戻ってくれそうになかった。
 腰掛けているソファの方が温かく感じるくらいだ。

 大きめのタオルケットにすっぽりくるまって、目の前の白々しい笑顔を睨みあげる。



「すいません、まさか本気で溺れているとは思わなかったものですから」

「うん、完全に楽しんでたもんねこの鬼畜ナッポーが」



 大体、誰のせいで泳げない自分があんなアウェイに出向く羽目になったと思っているのか。
 にこやかに無理難題を押しつけてきた骸と、挑発にまんまとノッた過去の自分に舌打ちをかました。
 湯気のたつカップをテーブルに置いた彼が、そんな機嫌最悪の雅を前にどこか嬉しそうに唇の両端を上げる。

 隣に腰を落ち着けるなり、やれやれと髪を揺らした。



「あんな場所で溺れても何の得にもならないじゃないですか」

「溺れてプラスになるところが思いつかないけど」

「ひとつ、思い当たるでしょう?」



 それにしても寒そうですね。

 ひやりと背筋を流れた何か。
 端正な顔に乗る表情によからぬものを感じ、距離をとろうとジリジリと太腿をズラす。



「…なんとなく分かったから。あ、それ以上近寄らないで?」

「クハハ!」

ぎゃぁああ…!



 抵抗も虚しく、三秒後には苦しいくらいの抱擁に見舞われた。







僕に溺れなさい


(その方が見返りもありますよ)
(いやいらないから、とりあえず離してください)


ぶくぶく、あわわ。






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