手加減なんてしません
◇
ぼんやりと遠くに視線を投射していると、ふわりと肩に温度が降りてきた。
この場所に来れる人物は、限られている。
その中でこんな行動をとるのは恐らく一人だ。
雅が顔を向けることもなくその名前を呟くと、静かな笑みが空気を通して伝わる。
音もなく、気配のみが隣へと動いた。
「風邪をひきますよ」
「あれ、今日は用事なかったんでしたっけ」
「たまにはこういう日もあります。放っておくと寒空の下で考え事をする子がいますから」
「なるほどー」
先程掛けられた羽織りにすっぽりくるまりながら目線を変えれば、柔らかい瞳とぶつかる。
「それで、本日のお悩みは?」
「今日は風さんの本気について考えてました」
「答えは出ましたか」
「本人に聞くのが一番確実で手っ取り早いという結論に至りました」
「お答えしましょう」
相変わらずの流れるような音のやり取り。
微笑みを絶やさない彼を少しでも悩ませたくて、昨晩から全力で煮詰めた質問を振りかけた。
「−もし私を賭けて決闘、なんてことになったら風さんはどうするのかなーって」
「雅さんを賭けて、ですか」
きょとん、と漆黒の髪を揺らした姿に、心の中でガッツポーズをきめる。
もう一押し!
「うん。それが明らかに風さんより弱い人でも全力で戦う?」
「…そうですね、」
少し考えるように視線を流したのち、うーんと唸る。
大成功だ。
どんな返答がこようと、今日はこれだけで十分満たされた。
好きな人が自分を想って思考を巡らせてくれるなんて素晴らしい。
次に雅と瞳を交えた風は、いつもと変わらぬ笑みを浮かべた。
「−もちろん、」
手加減なんてしません。
(貴方に関することであれば、どんなことにも手は抜けませんから)
(うわーなんかこれって遠回しのプロポーズみたい)
嬉し誤算、さん。
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