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好きだと言ったら、あなたは泣くでしょうか



 オレンジが鮮やかに空気に溶け込む時間帯。
 学校からの帰り道、真っ直ぐ伸びる二つ分の影に視線を張り付けながら、雅はそっと息を吐いた。

 音もない静かなものだったが、生憎、現在隣にいる人物は人の空気に敏感だ。
 気遣うような表情と、明るい声が夕日色を揺さぶる。



「雅ーため池吐くと幸せ逃げるって!」

「ため池か〜そんなの吐くなんて私は一体何者なんだろうねぇ」

「ほら、塵も積もれば谷になるって言うし」

「うん、谷とか真っ逆様だね。そもそも会話もなりたたないんだけども」

「あと、シソのカバは回れって、」

なんのこっちゃ。ちょっと落ち着いて人の話聞こうか烏頭目君」



 一生懸命慰めてくれようとしているのは分かるのだが、相変わらずの知識のズレに突っ込まずにはいられない。
 本日はいつも一緒に訂正処理をする蝶左がいないため、会話を成り立たせながらというのは少々難易度が高かった。
 かといって間違いを受け流すことができる性格でもない。

 再び漏れ出そうになる溜め息を喉の奥へと押しやると、隣でクリーム色の髪が緩やかに揺れた。



「なー元気出せって。蝶左と帰れなかったのはオレも残念だけどさー、良い貝じゃしょうがねーし」

「委員会ね。…別に、それくらいで落ち込まないよ」



 残念なのは確かだけどね。

 睫毛も伏せ気味に笑むと、よほど自信があったのか、烏頭目の瞳が意外そうに瞬いた。



「え、違うのか?」

「そこまで依存はしてないって。確かに頼りにはしてるけど」

「そっか。蝶左も雅のこと頼りにしてるってさー」

「本人が言ってたの?」

「んー多分そんなニューヨークだった」

「ニュアンス。…、そっか」



 悪い気はしないかな。

 弛む頬もそのままに呟くと、汚れのない声が横で弾む。



「そうそう。あとさ、お祭りとかも近いだろー?」

「ああ、学園祭?みなもちゃんも楽しみにしてるみたいだね」

「そうなんだよ。そんで、みなもを案内してやるって約束したんだ」

「喜んだでしょ」

「おう!すっげー楽しみにしてる」



 二カッと歯をみせる烏頭目に、雅もほんわり瞳を細めた。

 近所の子だと言っていただろうか。
 烏頭目によく懐いている女の子が脳裏に浮かぶ。

 あまり物は言わないが、大人びた不思議な雰囲気を纏った子だ。
 彩りのある、何もかもを見透かすような瞳が印象的だった。
 彼の後ろからひょっこりと顔を覗かせた幼いその姿は、まだ記憶に新しい。

 世界を浸す赤めいた空に、ゆっくりと瞼を降ろした。



「−それでさ、雅は蝶左の相手よろしくな」

「…え?」



 不意に脳に落ちた言葉の羅列に、瞬間的に視界がひらける。
 首を捻ると、先ほどと変わらぬ笑顔が網膜に焼き付いた。



「…、なんで」



 自分がどんな表情を晒しているのかは分からないが、烏頭目が困ったように頬をかきはじめたのをみる限り、酷い顔をしているのだろうか。



「えっと、黒羽は際刃とまわるだろ?」

「それでも一緒にまわればいいじゃない。二人も別行動しないと思うよ。あんたから目を離しとくほうが怖い」

「そんなことないって!空とかこじゅとか、ねーちゃんとかとも一緒になるかもしれないし!みなももいるしっ」

「…いや流石にみなもちゃんに頼っちゃだめでしょ」



 次々と挙がる同級生の名前に、胸の中が未知数なモノで満たされる。
 最終的には最年少であるみなもまでもが大丈夫要因に加算されたことには呆れるしかない。

 しかし、彼なりの精一杯の気遣いであることは理解していた。
 最近、活気がなかったことも自覚はしている。
 必然的に、そのことで普段一番近くにいる烏頭目が色々考えてくれていたのも、感じ取っていた。

−ここのところ中々共にいられない蝶左との時間を、懸命に作ってくれようとしているのだろう。



 長めの前髪から覗く切れ目が、脳裏をちらついた。



『−オマエの気持ちはもう分かってるワケ。そんな柔じゃねぇし、気にすんなよ。それよかあんまオレの近くにいると烏頭目は勘違いすんぞ』



 ぽむぽむと頭部に触れた感触が、脳内再生される声と共に甦る。

 諭すような、優しく突き放すようなそれ。
 聡すぎる彼の優しさが痛かった。
 結局、“ごめん”も“ありがとう”も言えないまま、時間だけが過ぎていく。

 目の前の彼は、今の状況が蝶左によって意図的に創られたものだなんて、きっと考えもしない。



「…、イベント事は賑やかなのが一番だと思うよ」

「っそれはオレもそうだけど、」



 どんどん落ちていく視線。
 それでも尚、何とかその話で進めようとする健気さに、様々な感情を通り越して口元が和らぐ。
 他人に対してこれだけ懸命になれる彼だからこそ放っておけないし、隣にありたいと願う。

 敢えて言うのであれば、己のことに対してもう少し敏感になってほしいといったところか。
 向けられる感情は兎も角、人に向けている感情くらいは把握してほしい。



「…あたしは、烏頭目とも回りたいから。当日は蝶左も含めてみんなで動こ?」

「!、〜っ雅ー」

「はいはい」



 たまらず飛び付いてくる温度に滑らかに唇の両端を引き上げた。
 彼の頭に乗せた指先には、柔らかな毛先が触れる。

 相変わらずの高体温ですこと。

 蝶左とは真逆の皮膚温に思わず喉を震わせると、不思議そうな視線が投げかけられた。



「なに笑ってるんだよー。なんかおもしろいもんでもあった?」

「うん、烏頭目」

「え、オレおもしろい?…よく分かんねーけど、雅が笑ってんならいーや」



 やっぱ笑顔のが似合うもんなー。

 身体を離すなり頭の後ろで手を組んで一歩先を行く背中を、眩しそうに見つめる。

 自分の気持ち。
 彼“ら”の気持ち。
 総てを一番よく把握しているのはきっと、雅だろう。

 それを自覚しているからこそ今の状況が、辛かった。



「…ね、烏頭目」

「ん?」



 呼べばいつでも駆けつけてくれるであろう。
 一直線に向けられるいつも通りの顔に、唇の外側へ出たいと切望する音を呑み込んだ。
 蝶左と同じく優しすぎる烏頭目には、きっと、この言葉は耐え難い。

 人の気持ちに敏感な彼のことだ。
 細かいことは解らなくても、ずっと一緒にいる蝶左の心境は感じ取っていることだろう。
 彼にとっては、蝶左も自分も同じくらいに大切だろうから。

 苦しめたくない一心で、今日も必死に日常を手探る。



「−、…明日も晴れたらいいね」

「おう、明日も一緒に帰ろーな」



 差し出される手のひらには少し迷った末、左手に持つ鞄を引っ掛けてやった。
 やはり思惑とは異なったのか軽く拗ねる烏頭目に、ケラケラと声を挙げる。

 背の後ろに回した両手の指を、頑なに絡ませた。







好きだと言ったら、あなたは泣くでしょうか


(わたしは泣きたい、よ)
(オレはただ幸せになってほしい、笑顔が見たいだけ、なのに)


夕日がひとつ、ふたつ、揺らめいた。





お題提供元:+ENPTY+様)


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