リア充、いや自分が爆発しろ。
◇
ざわざわとした人混みの中、雅はちらりと隣を歩くヴィアベルを見上げた。
「…ヴィアベルさん」
「どうした」
「あの、何処行くんですか?」
「さあ…どこだろうな」
一瞬だけこちらに視線を寄越して、口の端を上げたかと思うといつものように軽い口調で返答される。
これだけならいつものやり取りと変わらないが、違う点はしっかり腕を掴まれているところか。
普段はこちらに意識は向けながらもスタスタ目的地へ向かう人だし、人目に触れる場所で触れられることも数えるほどしかなかったはずだ。
その振る舞いや外見から誤解されることも多いが、恋人からの贔屓目なしにも冷静で理性的な人間である。
ストーカーレベルで彼を敬愛している自分だからこそ感じ取れる感覚だが、これは言動関係なく少々機嫌を損ねている時の声色だ。
思い当たる節はひとつしか、ない。
『ー、俺の連れに何か用か?』
たった一瞬、彼と離れている間に酔った男に絡まれたのが数分前。
対応に難儀していたが、死角から現れたヴィアベルが問答無用で杖を男の首に突き付けて登場してくれたため、事はあっさりと収まった。
この世界に来る前に読みあさっていた少女漫画のようなシチュエーションにトゥンクしていたが、やはり彼の言いつけを破った結果のアレが不機嫌の原因だろうか。
男が去った後に秒速で謝った上、「いや、俺も1人にして悪かったな」なんて大人な対応をしてくれたものだから、すっかり終わったものだと思ってしまっていた。
掴まれている腕に視線を移すと、少し頭を傾ける。
「…、」
彼からのスキンシップは正直涎レベルで嬉しいのだが、どうせなら恋人繋ぎでもしたいなぁと全く反省の色を見せない思考が脳裏を過った。
ーいかんいかん、それよりもちゃんと原因をはっきりさせて今後は同じ事をしないように学習しなくちゃね。
すぐに煩悩を追い出して、自然な流れで聞き出せるように脳をフル回転する。
昔から、相手を刺激しないように自分の求める会話に持って行くのは得意だった。
どういう話題からどういう返しがくるかを逆算して、シミュレーションする。
「…えっと、こっちって当初の目的とは違う方向ですよね?」
「お前道覚えるのマジで早いな」
「ふふん、ちょっとした特技なので」
「まあ、こっちとしても迷子になられるより助かるが…1人で自由に動けすぎるのも考えもんか」
「安心してください、いつでもどこでもヴィアベルさんのこと追いかけられますから」
「そういうとこだよ」
だからさっきみたいな事になるんだろうが。
いつも通りぶれない突っ込みをくれながらも微かに眉を顰める姿に、ああやっぱりそこをちょっと怒っているのかと反省する。
確かに今回のことは、すぐに戻ってくるから動くなと言われていたのに、数十秒で恋しくなって追いかけてしまった結果だった。
その背中を探しているうちに酔っ払いに目をつけられてベタベタ触られることになってしまったのだ。
助けを求めようにも周りも同じような人間ばかりで、1本道が変わるだけで随分と通りの雰囲気が変わってしまうものだと後悔したが後の祭り。
彼が気づいて戻ってきてくれなかったらと思うと今更ながら鳥肌物である。
シュンとした雅を一瞥して、ばつが悪そうに片手で後頭部を掻いたヴィアベルがため息混じりに口を動かした。
「ったく…あそこらへんは酒屋しかねぇんだ。主に情報交換や憂さ晴らしで使う奴らが集まるから、女が歩くだけでも目立つんだよ」
「ああ、なるほど」
「今日情報をもらう約束があったから寄る必要があった。せっかく一緒にいるときに席外して悪かったな」
「いえ、毎日忙しいのにこうして時間をとってくれて嬉しいです。お仕事だったのに簡単な言いつけも守れずお世話かけました…」
待たされた場所は婦人や若い女性向けの店が並ぶ通りだったため、確かにあのまま待っていたら間違ってもあんな輩に絡まれることはなかっただろう。
しかもあの短い間でしっかり情報交換は終わらせていたらしく、本当に余計な手間をとらせただけだ。
たった数分の待てもできないなんて、さすがに呆れられただろうか。
思わず地面に目線を落とすと、気持ち速かった足取りが徐々に緩んだ。
「いや、落ち込ませたいわけじゃなくてだな…ああもう面倒くせぇ!わざわざ大事な奴をそんな場所に連れていくわけねぇだろって話だよ」
「っヴィアベルさん…!」
「いちいちこんなハズいこと言ってられるか。おい、さりげなく手を繋ぐんじゃねぇ。つーかどうやって抜け出した?」
結構がっつり腕掴んでたはずだが。
一変して理解不能の視線を投げかけられるが、手を振りほどかれる様子もない。
何だかんだで甘やかされているのを実感して、頬がどうしようもなく緩んだ。
もしかしてこれ、本当にこのまま恋人繋ぎできるんじゃ?
先ほどの願望を実現しようと指先に意識を向けるが、そこでハタリと思い当たる。
「…あれ、じゃあ私がヴィアベルさんを求めて勝手に動いたことに怒っているんじゃないんですね?」
「ああ。その性格を知ってんのに1人にした俺に非があったからな。いっそのこと今みたいにしっかり掴まえて一緒に連れて行くべきだったぜ」
「え、そんな褒められたら照れちゃうじゃないですか」
「断じて褒めてねぇよ」
そのまま歩行が再開したところで、囁くような声が周りの雑踏に紛れて鼓膜を揺らした。
ー、ところで雅。
貴重な名前呼びに反応して反射的に見上げれば、少しだけ唇の端を引き上げた彼独特の笑みにかち合う。
ああその笑い方大好きです。ラブ。
「お前は俺が嫉妬もしねぇ男だと思ってんのか?」
「え?うーん。ヴィアベルさんは情より合理性を優先するタイプなので、ヤキモチとか焼いても態度に出なさそうで何とも…」
「まあ、それはそうかもな」
「敢えて言うなら、感情的になって相手にどうこう言うよりは自分の行動で何かしら対策してきそうっていうか…、って勝手にこんな考察は失礼か」
「…いいや?思った以上に正確な分析で驚いたぜ」
「そうでしょう、伊達にヴィアベルさんばかり見て過ごしていませんからね!ところでやっぱり目的地変わりました?」
「行き先は変わらねぇな。野暮用が増えたから寄り道するだけだ」
「そうなんですね」
そんな何気ない会話を楽しんでいると、さりげなく周囲に視線を配ったヴィアベルが不意に身体の向きを変えた。
「こっちに曲がるぞ」
「はい。って、めちゃくちゃ路地裏ですね。秘密の近道だったりします?」
明らかに大通りから外れた裏道に意外そうに瞬くが、微かに笑う気配が空気を伝う。
「まあ、そんなとこだ」
「こういう道ってちょっとワクワクしますよね」
「…お前はもう少し他人を疑うべきだな」
「え?何か、ー…ん?!」
僅かに落ちた声のトーンに目敏い雅が気づかないわけもなく、即座に聞き返そうとするがそれも叶わなかった。
体勢が一変し、あまりに唐突に奪われた酸素に目を見開く。
あの大魔法使いゼーリエに、2級魔法使いの中で一番の武闘派と言わしめた身体能力を存分に発揮したらしい。
目にも止まらぬ速さで動きを封じられ、正直何がどうなったのかも理解が追いつかなかった。
片手はいつの間にか手首を掴まれ、背後は冷たい壁で、更に後頭部を固定されてしまえば最早抗う術はない。
角度を変えて何度も繰り返されるそれに、崩れ落ちないようにと残った片手でしがみつくだけで精一杯だった。
彼とは恋人らしいスキンシップがないとは言わないが、基本的には雅からいって受け入れられるといったパターンが多いため、ここまで完全に受け身になることはあまりない。
更に外でだなんて、明日は嵐でもくるのだろうか。
ふわふわしてきた頭でぼんやりとそんな意味のないことを考えるが、唇に全集中していた意識が急激に手元に移った。
唇が解放されると同時に手首の圧迫感が消失し、するり。と指の間に温度が滑り込む。
「ひゃぁ…?!」
所謂恋人繋ぎの形で寧ろ羨望が叶ったとも言えるが、なんせ今は慣れないシチュエーションと行為で身体中の機能という機能がフル活動していた。
感度が上がりきった五感では、そんなささやかな行動ですら刺激が大きすぎる。
とっっっても嬉しいけども…いやなんで今?!
あからさまにびくりと肩をはね上げた雅の耳元に、やたら艶のある音が滑り込んだ。
「なんだよ、えらく敏感じゃねぇか」
「っみ、耳元で喋らないで…!」
いきなり色気全開の恋人に堪らず敬語も忘れて抗議するが、完全に逆効果だったらしい。
どことなく嬉しそうな色を交えた笑いが耳朶を掠めた。
「へえ…耳も弱いんだな」
「!〜っ、」
あれ、ちょっと待って私の心臓ここで死ぬ?
いよいよ足腰の力も入らなくなってきたところで一層のこと意識ごと飛ばしてしまいたかったが、それすらさせてもらえないらしい。
支えられていた後頭部を力強く引き寄せられたかと思えば、次の瞬間にはこめかみに温度が落ちた。
「お前は頭が回るからな、さっきまでの見事な分析と統合して…俺の言いたいことは分かったか?」
「全力で善処させていただきます」
リア充、いや自分が爆発しろ。
(いきなり甘々全開で甘やかさないでほしいです魂が昇天しちゃうから)
(他の奴に触られるのも不快だなんて、らしくもねぇこと言えるかよ)
路地裏デート、おひとつ。
2024.5.5
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