最近のくらくらにご注意ください
◇
ガチャ。
扉の開閉音に、雅の意識は急激に上昇した。
重水の貯まったような頭を傾けて見渡せば、見慣れた部屋が視界に映る。
手足の浮遊感と共に、今の状況を思い出した。
ヴィアベルと外に出ていたが、途中で体調が悪くなったのを見ぬかれて強制帰還させられたのだ。
「ほら、着いたぜ。ったく…熱あるのに無理するんじゃねぇよ」
「ありがとうございます…」
しっかり横抱きされている体勢だが、不思議なことにあまり自重を感じない。
感覚からするに、彼の魔法で体重の大半は浮かしているらしい。
「…魔法って便利ですね」
でもこれなら寧ろヴィアベルさんが触る必要もなかったのでは?
自分のいた現代とは違い、魔法が普通に普及している世界だ。
ぷかぷかと人が浮いていても誰も気にしないだろうに、ご丁寧に俗に言うお姫様抱っこの形をとって運んできてくれた。
もちろん純粋に嬉しいが、基本的に合理的な判断をする彼のことを考えると首を傾げる選択ではある。
ぼんやりとした思考で疑問を口にすると、何かを思い出すように軽く唇の端を上げたヴィアベルが前髪を揺らした。
「ああ。以前動けなくなったヤツを魔法だけで運ぼうとしたら、物運ぶみたいだって怒られたからな」
「じゃあその時はどうしたんですか?」
「背負った」
「優しいですね。ふふ…今回もおんぶの方が、横抱きよりは注目度下がったかもですよ」
「…その体勢じゃ顔が見れねぇだろ。状況が違うんだ、悪化するかもしれない病人相手にそんな不確定なことできるかよ」
「…、…」
イケメンが過ぎる。
相変わらずサラリと混ぜられる殺し文句にリアクションを返したいところだが、残念ながら今ばかりはその体力がなかった。
貴方は私の神様です。感謝。
雅が心の中でそっと拝み倒している間に、彼女をベッドに寝かしたヴィアベルはテキパキと周りの環境を整えていく。
体温計に薬に濡れタオルなど必要そうなものが揃えられていくのを暫く眺めていたが、身体の安静が確保できたことで今度は心が不安定になってきた。
体調不良時独特の心細さに、堪らず問いかける。
「…あの、もう行っちゃいますか…?」
思った以上に頼りない声が出たことに驚いたが、今更取り消しはできない。
ぴたりと手を止めたヴィアベルはたっぷり3回分の瞬きののち、手早く備え付きの木製椅子を引っ張ってきて腰を下ろした。
「ったく、仕方ねぇな。寝付くまではいてやるよ」
お前は放っておくと何しでかすか分かんねぇしな。
ハッと鼻で笑うような仕草を交えるも、コップに水を注いでくれながらであるため優しさが全く隠せていない。
いつもより力を緩めた眼差しと視線が交わって、反射的に口元まで掛け布団を引き寄せた。
こういう面倒見のよいところが、彼があらゆる所で周りに慕われる理由のひとつなのだろう。
知れば知るほどに想いが大きくなってしまって、寧ろ息苦しいくらいだ。
「…ヴィアベルさん、」
「どうした」
「興奮して眠れないです」
「…理解できるように頼むぜ」
「好きな人の神対応が眩しすぎて動悸がひどいので逆に寝付けそうにないです」
「おい、なんで難解度が上がった?」
説明すればするほどヴィアベルの表情が死んでいく。
やはりこちらの愛情表現は中々伝わりにくいらしい。
熱に唸りながら、何とか分かりやすい直球な言葉を選択して並び立てていった。
「つまり、ヴィアベルさんといるとドキドキしすぎるので…緊張してしまって。このままでは私の意思では中々寝られません」
「ーへぇ…、何となく分かってきたぜ」
働かない思考回路から捻り出しただけあって、今回はなんと伝わったらしい。
自分の気持ちが理解してもらえたのは嬉しいのだが、ニヤリと彼の唇が歪んだのを認識するなり何故か第六感が危険を察知した。
あれ、なんだかヴィアベルさんの色気が増したような?
ぽへっと見惚れているうちに、空気が大きく動く。
「要するに、だ」
気が付けば、少し余裕があったはずの距離がもはやゼロに近かった。
枕元でギシリとベッドが軋む。
「ー、お前の意識がぶっ飛ぶくらい刺激的なことをすればいいんだろ?」
俺としても寝付くのを待つよりそっちの方が手っ取り早い。
髪が肌を掠めるくらいの近距離で、冷たい指先に前髪をかきあげられて思わず呼吸が止まった。
何がどうしてこうなった。
「…明らかに熱上がってんじゃねぇか。こりゃ本格的に早く寝かせないとやばそうだな」
「っヴィアベルさん…っ風邪うつります…!」
「おいおい、こちとら魔王軍の残党と日々戦ってんだぜ?そんな柔な鍛え方はしてねぇよ」
片眼を細めて笑うと、次の瞬間には熱の籠もった視線で射貫かれる。
「で?何したら限界突破できそうなのか言ってみろ」
そのままするりと頬を掠る指に、いよいよ脳が沸騰してきた。
毎日のように拝み倒すくらいに想いを寄せている相手に、こうも至近距離で攻められては堪ったものではない。
このままでも充分気を失えそうな威力である。
既に朧気な理性をフル活動して、全力で結論をたたき出した。
「て、手を握っていただければ…!」
「チョロすぎんだろ」
最新のクラクラにご注意ください
(とりあえずその垂れ流しの色気を封印してください)
(本気でこれだけで意識飛ばしやがった…意味分かんねぇ)
指先が冷えて、あつい。
2024.3.15
(お題提供元:花洩様)
※原作では魔法なしでエーレをおぶっていると思います。会話の流れを作るための模造設定ですのでご了承ください。
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