そんなぶっ飛んだ愛はいりません
◇
少し軋む錆臭い扉を押し開けると、待ちかまえていたかのように力強い風が押し寄せた。
飛びつくように肌を掠めて吹き抜けるそれに髪を巻き上げられ、反射的に視界を細める。
手を離れた扉が背後でバタンと大きく鳴いた。
青空とコンクリートのコントラストが成す空間。
いくら広くとも、そのシンプルな構図に紛れ込む異物を探すのは容易い。
「…入谷!」
「あ、雅ー」
その存在を確認すると同時にゆったりと動いた頭に、ため息を零した。
花を飛ばしているような笑顔がパッと輝く。
いつも通りの違和感に軽く眉を寄せながら距離を縮めた。
「いたいた。もー、あっちこっち動きまわらないでよ。探すのも大変なんだから」
「ごめんごめん。で、なに?」
「先生が呼んでたよ」
「…、」
瞬間、ふいと視線をフェンスへと戻した彼に苦く笑う。
その隣に腰を落ち着けると、冷たいコンクリートの温度がヒヤリと肌を伝った。
少し身震いしたのち、笑みの消えた横顔をのぞき込む。
「明らかに興味が外れたね」
「…僕に会いにきてくれたんじゃないんだなーと思って」
−ああ、戻った。
遠くを見つめる、どこか世界を蔑んだような瞳。
やはり“表用”の人格よりもしっくりくる。
消えた違和感に満足を覚えた反面、対応に困ったように前髪を揺らした。
「いやそんな拗ね方されても」
「天邪狐には逃げられるし他のヤツは相変わらずうざすぎるしもううんざりだ」
「また逃げられたの」
「ほんと不思議だよね。ただ仲良くしたいだけなのに」
「…いや、ただ単に入谷の迫り方というか…愛情表現が過激なだけじゃない?」
彼に異常なまでに執着されている隣のクラスの男子生徒を想いながら、素直な感想を述べてみる。
あれは端から見ても尋常じゃない。
休み時間の度に乗り込んでは絡み、彼の周りを固める友人にガンを飛ばしまくる。
流石に女の子や動物に何かを仕掛けようとした際には仲裁に入ったが、なんとも迷惑な話だ。
といってもお目当ての彼は元々面倒事を避けて生き抜くのに長けている人物らしく、日々上手に入谷の目をかいくぐって逃走している。
感心したいところだが、それにより八つ当たりで狙われる天邪狐のクラスメートからすればたまったものではないだろう。
基本的に身体能力の高い者の集まりであるためそこまで心配する必要はないが、こうして入谷と一緒にいることが多いせいか保護者のような気持ちが芽生えているらしい。
申し訳なさが抜けず色々彼らに手を貸しているうちに、結構仲良くなってしまっているのが現状だ。
しかし当の本人にとってはその常識を外れた愛情表現が普通なのであって、今更変えられるものでもない。
そう?普通だと思うけど。
なんて心底不思議そうに首を傾げる姿に、頭を抱えたくなった。
「じゃあ聞くけどさ、どこらへんが過激なわけ?」
「…一つ質問してみようかな」
沈黙を承諾ととって、一拍置いてから息を吐き出す。
自意識過剰とかではないが、隣のこの男にそこそこ気に入られていることは自覚していた。
「−私に好きな人がいるって言ったらどうする?」
言い終わった瞬間に、間髪入れずに跳ね返る答え。
「そいつを殺すかな」
「うん、敢えて言うならそういうところ。あと近づかないで?」
満面笑顔で言い放って迫り来る彼に、全力で笑みを返した。
そんなぶっ飛んだ愛はいりません
(まあアンタを好きな子以外は確実に敬遠するだろうね。既に私には関係ないけども)
(いや、やっぱ殺すだけじゃ足りないかも)
フェンス鳴く、チャイム鳴る。
(お題配布元:伽藍様)
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