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息をするならあなたとがいい。


 先ほどから執拗に感じる熱烈なアピールに、ヴィアベルは静かに息を吐き出して視線をそちらに流した。



「…、雅。言いたいことがあるならはっきり言え」



 待っていましたとばかりにキラキラ輝く双眼に、意味もなく身構える。
 まだ短い付き合いだが、彼女がこういう顔をしているときは大抵自分には理解しがたい要求が飛んでくるのがお決まりだ。
 異世界からやってきた分根本的な常識もずれているが、それを抜きにしても意図を汲むのが難しいことが多い。
 警戒されていることに気づいているのかいないのか、華奢な指を組んでおねだりポーズをした雅がずいと身を乗り出してくる。



「ヴィアベルさんのピアスをお裾分けしてください」

「意味が分からねぇな。理解できるように説明してくれ」

「こちらでは分かりませんが、私の世界では大切な人と同じものを身につけたりする習慣があります。だからヴィアベルさんの持ち物が欲しいです」



 ピアスが一番身につけやすそうなので。

 ふふふと頬を緩めながら付け足される説明よりも、ヴィアベルにとってはそれを達成した先にある結果の方が重要だった。
 目の先まで来た顔からやや角度をずらすと、その小ぶりな白い耳をのぞき見る。
 耳元にかかる黒髪を持ち上げた際に、指先が肌に掠ってしまったらしい。
 片眼を細めて擽ったそうに身動ぎする雅に少し笑いながら、真剣に問いかけた。



「渡したとして、お前がこれをつけんのか?」

「勿論ですよ」

「…、一応確認するが、付け方は知ってるよな」

「私の世界にもありましたから抜かりありません」

「分かった。却下だ」

「え…!?流れ的にくれるような感じじゃなかったですか?」



 思わせぶりな態度ひどい。ヴィアベルさんのいけず…。

 完全に当てが外れたのか、少しだけ睫毛を伏せて前髪を揺らす。
 自分と年齢が近いだけあって流石に癇癪をおこしたり駄々を捏ねるようなことはしないが、明らかに気を落とす姿に思わず笑った。
 静かに距離をとろうとする身体を、そのまま隣に座らせることで引き留める。



「拗ねるなよ、やったとしてつけられねぇだろ。穴ねぇし」

「それはもちろん、あけるんですよ」



 トントンと自らの耳朶に指をあてる雅の手首を無言で捕らえると、あからさまにため息をついた。



「それが却下だって言ってんだよ」

「穴をあけるのがダメだと?ヴィアベルさんはお父さんですか」

おい、誰がおっさんだ

言ってません



 そもそもこんなかっこいいおっさんがいて堪りますか。

 何故か今までで一番真剣な顔で諭されたが、恐らく遠回しな言い方では彼女には一生伝わらないだろう。
 会話にならず、永遠にこのやり取りをループする羽目になる。
 そんな未来が明確に視えすぎて、温度を解放すると同時に視線を外した。



「…ー、好きな女の身体に傷つくらせるようなこと、わざわざするわけねぇだろ」



 いくら何でも大袈裟な言い分かもしれない。
 雅の言動からしても、彼女の世界では耳に穴をあけるくらいなんてことはない、普通のことなのだろう。

 ただ、何となく自分が嫌だった。
 自分と同じものをつけたいが為だけに、大小関係なく血を流させる必要性を感じない。



「…、…」

「あー、…まぁなんだ、」



 しかし中々返ってこないリアクションに、やはりこれでは納得できないかとくしゃりと右サイドの己の髪を掴んだところで動きを止める。



「おい雅、こっち向け」

「え、」

「…、」

「…、」



 俯き加減の雅の顎に指先をかけてこちらを向かせるが、想像していた表情とはかけ離れていたため暫く無言になった。
 当の本人も不意打ちだった為か、反応しきれていないらしい。



「…いや、何て顔してんだお前」

「すいませんヴィアベルさんが男前すぎて惚けてしまって、やばい顔していますか」

「…まあ、泣き顔以外なら構わねぇよ」

「ちょっと待って下さいね、名言が過ぎる

話進めていいか



 百戦錬磨の戦士のような顔でキリリと謎のストップをかけられたが、こちらも普段ならやらないようなことを恥を忍んでやっているのだ。
 一刻も早く終わらせたい一心で、手早く雅の耳上の黒髪を一束掬い上げて捻る。
 何が起こっているのかと疑問符を飛ばしまくっている雅を視線で制しながら、彼女の顎に添えていた手を外して己の右サイドからピンを1本引き抜いた。

 そのまま捻り留めていた艶やかな黒髪に差し込んでやれば、ゆったりと大きな双眼が瞬く。



「これならどうだ?俺の持ちもんってなら充分だろ」



 満足げにニヤリと笑いかけると同時に、黒髪が舞った。



「っぐ…!」



 目で追えない速さの衝撃に後ろに倒れかけるが、何とか胸元へのそれを受け止めきる。
 仕事中と恋人とのプライベートタイムでは、さすがにリラックス度も心持ちも違う。
 彼女への宥め半分自分への嘲り半分の割合を込めて、密着する背中をポンポンと叩いた。



「おいおい、実はお前俺より強いんじゃねぇ?」



 冗談交じりに返事を促すが、押しつけられた頭がぐりぐりと更に押し込まれるのみで顔を挙げる様子はない。
 興奮しているのか、背中に回された細腕が異様に熱を持っていた。

 黒髪からちらつく真っ赤な耳に、無意識に口元が緩む。



「っ…ありがとうございます一生大事にします」

「そうかよ。単純なヤツ」







息をするならあなたとがいい。



(いつ元の世界に戻るかなんて分からない。ただ不安で、形だけでも今の貴方との繋がりが欲しかった)
(思考は分からなくても、顔見りゃどんな感情かはさすがに分かる)


つないで、切らないで。


お題提供元:花洩様
2024.3.13


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