何事もなかったかのように笑う彼はズルすぎる。
◇
うーん困った。
絶体絶命のピンチに、スマホを握りしめた雅は唸っていた。
午後八時の時間帯、ボーリング場の裏側の駐輪場には自分を含めて計六人。
男女三人ずつで、数あわせにと友人に頼まれた合コンの帰りだ。
普通に解散する予定だったのに、駐輪場側に移動した瞬間に男性陣のご意向が変わったらしい。
はたまた、初めからそのつもりだったのか。
「なーいいじゃん、このあとカラオケ」
「もちろんオレらが驕るからさ」
ずいずい近寄ってくる派手めの男から弱冠身体を引くように、苦笑いを返す。
初対面からのやや常識に欠ける言動に、こちら側は既に完全に萎えていた。
察するに、友人達と唯一繋がっていた人物が彼らより弱い立場なのか。
明らかに他二人とタイプの違う男が、先程からオロオロと様子を窺っている。
「あの…困っているみたいだしあんまり無理は言わない方が…」
「あん?オマエは黙っとけって」
「ごめん…」
この状況にさすがに責任を感じているのか、勇気を出して一言添えてくれたが撃沈。
日頃の関係性が垣間見えるが、退散せずにこのまま残ってくれているあたり、彼の人柄が伺える。
友人達も完全に萎縮してしまっているため、代表して口を開いた。
「すいません。今日はもう、ちょっと…。家族に遅くなることも言っていないし」
「え、なに門限とかあんの?そんなの適当に連絡いれればいいじゃん〜」
「そうそ、その持ってるスマホでさ。何ならオレがしてやろうか?」
「っあ!?ちょっと、」
「っ雅・・・!」
言うなりガッと肩に腕を回してスマホを攫った相手に、身を案じて叫んでくれた友人共々、本格的に血の気がひいてくる。
これは思った以上に話が通じないタイプだ。
雅がスマホを取り戻そうと反射的に手を伸ばした瞬間に、画面が光った。
「うお!?」
「あ!」
いきなり振動したそれに驚いた男が取り落としそうになったところを、慌ててキャッチする。
表示された名前に、考えるより先に電話を取った。
「っもしもし、三ツ谷君!?」
今日は“幹部の集まり“があるのだと言っていた彼に、数あわせで合コンに顔を出すことは伝えている。
聞かれて店も教えていたため、もしかしたら今の状況を伝えたら駆けつけてくれるかもしれない。
藁にも縋る想いでスマホを耳に押し付けていると、いつも通りの落ち着いた声が鼓膜を揺らした。
『ーなに、そんな切迫詰まってんの?』
少し笑いを含んだような声は確かに耳元から聞こえるが、何故かスマホを通していない側の耳でもキャッチした気がして首を傾げる。
「?三ツ谷君、今どこに…、」
ふと顔を上げれば、その場の全員が唖然と同じ方向を見ていることに気が付いた。
「ー、もう着いてる」
雅がその姿を認識する前に、短い悲鳴と共に肩から男の腕が消える。
急になくなった圧迫感の代わりに、馴染みのある温度と匂いがふわりと背後から寄り添った。
「ー…、どう見ても初めましての距離じゃねぇよな?気に入った女子にアピールすんのはいいけど、怖がらせんのは違ェだろ」
少し怒気を滲ませて、そのまま雅と友人たちを隠すように間に割って入った姿に安堵の息が溢れる。
「ああ!?なんだオマエいきなり割って入ってきやがって…!」
「お、おい、コイツさっき三ツ谷って」
「三ツ谷って…東京卍會幹部の…!」
「はあ!?なんでそんなヤツが出てくんだよ!?」
「知るかよ!とりあえず問題起こすのはマズい!ずらかるぞ!」
怒涛の勢いで去って行く後ろ姿をぼんやり見詰めていると、ふぅと軽く息を吐いた三ツ谷が振り返った。
「悪ぃ、もうちょっと早く来れたらよかったな。全員ケガないか?」
後ろの友人達を振り返ると全力で首を縦に振ったため、その旨を伝える。
ついでに彼のスケジュールも思い出して、申し訳なさが募った。
「おかげさまで何事もなかったよ。今日は集まりがあるって言っていたのにありがとう。こっちに来て大丈夫だった?」
「ああ、問題ねぇよ。途中で抜けさせもらったけど、皆快く見送ってくれたし」
「…幹部の集まりってそんな感じでいいんだ…」
三ツ谷を通してちらちら会わせてもらった面々を思い浮かべて、口元を崩す。
不良だとか喧嘩だとかは苦手だが、三ツ谷を含めてそんなものを感じさせない、気さくで人情深い人物ばかりだ。
穏やかに雅を見詰めていた三ツ谷だったが、気に掛けるように彼女の友人達に目を向けた。
「そういや誰かアイツらと連絡先とか交換したか?」
「あ、いえ!聞かれはしたけど、全員曖昧にして逃げていたので…」
「それならよかったよ。大丈夫だとは思うけど、万が一何かあったら言ってくれ。雅を通してでもいいから、早めにな」
「っはい!ありがとうございます…!」
「いやそんな畏まんなくても」
感激したようにガバリと腰を折る二人に気まずそうに頬を掻いて、付け足すように続ける。
「あ、そうそう。もう知ってるかもしんねーけど、雅はオレの彼女だからさ。できれば今後はこういう場に誘うのは勘弁な。他の男がいる集まりとか、気になって何も手ェつかなくなるから」
さり気なく肩を抱き寄せて言われた台詞に無意識的に見上げれば、悪戯っぽく細められる垂れ目とかち合った。
もちろんです!今日は本当にごめんね!お幸せに!
興奮したようにキャアキャア騒ぎながら友人達がいなくなると、そのままやんわり抱き締められる。
中学の時よりも伸びた彼の髪が頬に当たって擽ったい。
爆上がりする己の体温に気付かないふりをしながら、そろそろとその背中に手を回した。
「…三ツ谷君、今日は気が気じゃなかったの?」
「当たり前だろ。ドラケンはともかく、マイキーとかペーやんにまで指摘されたんだぞ」
「あー、ドラケン君はそういうの鋭そうだよねぇ」
「全員のことをよく見てるからな」
「それは三ツ谷君もでしょ。来てくれて本当にありがとう。今後はもっとちゃんと考えて行動する」
「ん。でも雅の行動を制限したいわけじゃねぇから」
そこは間違えないようにな。
軽く後頭部を撫でられて心地よさに目を閉じていると、密着していた身体に空気が入り込む。
離れる温度が名残惜しくて服を掴めば、少しの間の後に首筋に触れた感触に飛び上がった。
慣れない刺激に頭が真っ白になる。
「ふぁ!?えっ、ちょ、えぇ…!?」
髪から垣間見えるそこに唇が寄せられたのだと理解した頃には、したり顔の三ツ谷に手を引かれて歩き出していた。
「家まで送るよ。ほらヘルメット、いつもの特等席な」
何事もなかったかのように笑う彼はズルすぎる。
(そういうことするから余計に好きが募るんですけど!)
(自分が思っている以上に、多分オレは執着してる)
ふらり、夜ドライブ。
2021/09/11
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