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「#幼馴染」のBL小説を読む
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己の理性の限界を知る。


 ピンポーン。

 空間をしめたチャイムに、三ツ谷は腰を上げた。
 がちゃりと軽い音を立てて扉を開けば、予想通りの人物が顔を覗かせる。
 キラキラした笑顔が視界いっぱいに広がった。



「こんにちは三ツ谷君」



 いつも通り笑みを返そうとして、ふと違和感に動きを止める。



「…ん?」

「え?もしかして時間間違えた?」

「いや、合ってる。迎えに行けなくて悪かったな」

「全然。忙しいのにごめんね」

「…いや、それも問題ねぇから。雅、ここに来るまで特に何事もなかったか?」

「?うん。ちゃんと迷わず来れたよ」



 いくら方向音痴の私でもさすがに此処はもう間違わないよー。

 唇を片手で覆って可笑しそうに前髪を揺らす雅を中に招き入れた。
 来るまでにいくつか買い込んできたのか。
 片手のビニール袋の中身を確認していたが、すぐにその華奢な肩が跳ね上がる。



「あ!」

「なに、何か忘れた?」

「うん…来て早々にごめんね、ちょっともう一回出てくるね」



 くるりと艶のある黒髪が翻ったあたりで、すかさずその手を掴んだ。



「待った。オレが行くから、何が必要か教えてくれ」

「え?えーっと、そんな大した物でもないし」

「いいから。疲れただろ、茶ァいれる」

「うん?うん」



 丸い黒目がゆっくり瞬く。
 基本的に見守るタイプの三ツ谷が彼女の言動に割って入ることはないため、やや戸惑いが見られた。

 それでも素直に部屋の奥に足を向ける後ろ姿を眺める。



ー本日、見た瞬間からの思考停止。
 もとい衝撃。

 いつもとは何もかもが違う雅の装いに、柄にもなく内心は焦っていた。
 普段ゆったりした服装を好んでいたはずの彼女は、何故か今日に限って襟付きノースリーブにスキニーとタイトな姿。
 これといって露出が多いわけではないが、今まで隠されていた女性らしいスタイルと真っ白な腕が眩しい。

 軽くメイクまでしているのか、淡いチークと潤う口元で色気まで感じる。
 大概ひとつに纏めている黒髪も完全におろしていて、妙な大人っぽさがあった。
 この状態で外になんて出たら、言おうなしに視線を集めてしまいそうだ。

 これが学生時代から雅と想い合っていた間柄ならではの贔屓目なのか、一般的な視点なのかは判断がつかない。
 ただ、出会い頭に安否を確認してしまうくらいには、魅力増しの彼女を心配していた。
 手が離せず迎えに行けなかったことを心底後悔している。
 何事もなくてよかったと安堵する反面、今後この路線に切り換えていくのだろうかと不安も過った。

 そんな三ツ谷の葛藤にも気付かず、用意したお茶を満足そうに啜る雅がやや身を乗り出す。



「三ツ谷君、何か気付かない?」

「何かって?」

「ほら、今日の私何か違う感じしないかな」



 そわそわと落ち着きなくこちらを窺う様子は、どことなく妹たちを思いださせた。
 やはり何かしらを意識して変えてきたらしい。

 微笑ましさも相まって、両眼をゆったり細めながら頷く。



「舐めんなよ、中学ん時からの付き合いだぞ。まあそんだけ変わりゃ誰でも分かるだろーけど。服装と髪型が違うんだろ、メイクもしてるよな。イメチェン?」

「それ!やっぱり気付いてくれてたんだね。でも何も感想がないって事はあんまり似合ってない、とか?」

「…、いや、すげぇ似合ってる。でも急にどうしたんだよ?」

「ふふ、嬉しい。柚葉ちゃんにアドバイスもらったんだ」

「なるほど、柚葉か」



 楽しげに歯を見せる雅の言葉で、腑に落ちた。

 昔からよく連んでいた八戒の、姉の柚葉。
 彼女も雅を妹のように可愛がっていたのは知っているし、よく勿体ないと隣でぼやいていたのも聞いている。
 いつか絶対プロデュースしてみせる!との意気込みが今になって叶ったのだろう。

 かちゃりとカップを置く音がして、雅が席を立った。
 ごちそうさまとシンクへ食器を片付けた帰り、三ツ谷の座る横で立ち止まる。



「…これで三ツ谷君がドキドキしてくれるって聞いたんだけど、」



 この格好、少しはドキドキした?



「…、」



 照れくさそうにはにかむ姿に、思わずその腕を引っ張った。



「ってわ!?あの、」



 三ツ谷は幼い頃から妹たちの世話をしてきた賜物か、常に大人びていて冷静で、異性への強引な動作はほぼ皆無。
 そんな彼とずっと過ごしてきたのだ。

 余程予想外だったのか、あまりに簡単に飛んできた彼女の身体をしっかり抱き止めて、驚きに見開く瞳を覗き込む。
 かなり意地悪い表情の己が映り込んで、心の中で苦笑いした。



「ー、これが応え」

「ん!?」



 至近距離で囁くなり、素早く酸素を奪う。
 ここまでなら今までと同じだが、今回ばかりはそれでは終われなかった。
 優しく唇をなぞって、舌で割り込む。



「っむ、…!」



 明らかに違うそれに勘づいたのか、頼りなく腕辺りにのばされた指先が必死に半袖の裾を掴んだ。

 深い口付けが、時間感覚を狂わせる。
 腕の中の重みが増したことで、徐々に脳が冷えてきた。
 力が完全に抜けてしまったらしい雅の姿勢を崩さないように、慎重に唇を離す。

 ぐったりとした彼女の前髪をかき上げながら、三ツ谷は眉を下げた。



「ー…悪ィ、雅が嫌がったらすぐやめるつもりだったんだけどな」



 薄らと瞼を押し上げた潤む双眼に、今更ながら罪悪感がこみ上げる。



「自分の理性買いかぶってた」



 ごめんな?

 さすがに、少し距離を置いて頭を冷やした方がいいだろう。
 この際、先ほど雅が忘れたらしいものを調達してこようと再度内容を聞こうとするが、ゆるゆると胸元あたりの生地を摘まれて固まった。



「三ツ谷君」

「ん。何でも言え」



 やりすぎた自覚は、ある。
 文句だろうが怒りだろうが何でも受け止めると、そういう心構えで頷いたのだが。
 彼女の言葉は予想の斜め上を行った。



「あの…も、もう一回」



 真っ赤な顔に上目遣いでねだられれば、渦巻く感情。
 彼女らしかぬ熱っぽい視線に、今度こそ完全に動揺した。



「…、オレ、何か試されてんの?







己の理性の限界を知る。


(いや、他のことに関してならかなり自信あんだけど正直これは無理。やってくれたな柚葉)
(優しさと安定感に不安になるなんて贅沢かな。しかしさすが柚葉ちゃんチョイス・・・)


忘れ去られた、アイススプーン。




2021/08/13


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