※まだ付き合っておりません。
◇
「…できた」
雅が完成した物を前に口元を緩めた瞬間、ガラリと教室の扉が開いた。
誰であるかは何となく察して、緊張と嬉しさ半分に振り返る。
今日この時間帯に来られるのは、部や委員会の掛け持ちもなく、手芸部の部員兼部長である彼だけのはずだ。
「三ツ谷君」
「おー、飴凪…いや、早すぎねぇ?オレも速攻来たんだけど」
そっちのクラス一体何時にホームルーム終わったんだよ。
苦笑いをしながらナチュラルに隣にくる三ツ谷に、荒ぶる内心を抑えながらさりげなく場所を空けた。
「うちのクラス、担任が今日お腹の調子悪かったみたいで一瞬で終わった」
「最高じゃん。こっちは相変わらずの長丁場。校長の話並」
「あー、あの先生話長いよね」
「ま、キャラだからしょうがねぇけどな。早く課題仕上げたいのに…、お。もしかして完成した?」
目敏くテーブル上のそれに目を留めてくれた彼に、ニシシと歯を見せる。
「うん、おかげさまで。ついさっき完成したところだよ」
「へぇ、やっぱ凄ぇな。配色もデザイン性もマジ尊敬する。…ただ、」
「うん?」
三ツ谷は、母子家庭で幼い頃から家事全般をこなしてきたために手先が器用だ。
その上デザイナー志望であるため、絵も上手いしセンスもずば抜けている。
そんな彼に褒められるのが純粋に誇らしくてニコニコと聞いていたが、その鋭くおしゃれに整えられた眉がぐっと寄せられたことに身構えた。
なにか、失敗があっただろうか。
慌てて自分の作品に視線を移すが、見る限り完璧であるはずだ。
しかし他の誰でもない、三ツ谷が何かを指摘しようとしている。
戸惑いがちに固まる雅の手を、低めの温度が攫った。
「毎回、なんでこんなに怪我しまくんの?器用なのか不器用なのかどっちだよ」
「あー…」
絆創膏だらけの指先を一緒に眺めて、彼の言わんとしていることを察する。
一応考えた通りのことはできるしイメージに沿った物は完成するのだが、なんせ過程でのミスが多いのだ。
やたら針で指をつつくし、至る所で擦り傷をつくる。
器用貧乏ってやつですかね。
それは違ェだろ。
そんな軽口を交わしながら、自分の応急処置が間に合わなかった部分の手当をし始めている彼をガン見した。
「…飴凪、見すぎ」
ふはっ、と力を抜いて笑う姿にキュンキュンが止まらないのはどうか許して欲しい。
短い銀髪に、片耳ピアスに、剃りの入った眉。
見るからに不良の彼が、手芸部で後輩達に慕われる部長で、絆創膏を持ち歩いているのである。
このギャップにやられない女子っている!?
「…いつも思うけど、用意いいよね。手際も良いし」
「オレは使わねェけどな。妹も含めて、身近に必要な奴がやたら多いからさ」
チラリと上目遣いで見られて、一気に血液が集まった鼻を反射的に抑えた。
「っ…」
可愛いカッコイイ最高もう嫁にきてほしい。
そんな思考で埋め尽くされていたから、勝手に唇が動いていたことにも気が付かなかった。
「三ツ谷君、結婚しよう」
音になって耳に届いてそれが自分の声だと認識した頃には、彼の返事もついてきていた。
「ん?いいけど」
そう、いいけど。
脳内で復唱している間に、追い処置を終えたらしい。
「ほら、終わったぜ。女なんだからできるだけ怪我には気を付けろよ」
「…」
ああ、自分の貼った絆創膏が惨めなくらい美しい仕上がりだ。
解放された左手を意味もなくグッパーしながら、お礼を述べる。
否、述べようとした。
しかし、先程の会話が今更経路を成して繋がるものだから理解が追いつかず、息が止まる。
「…、…ん」
「なに、どっか痛むか?もう一回見せて、」
「っぇええぇ!?」
「うお!」
ガタンッ
唐突に椅子を倒しながら立ち上がった雅に、普段は冷静な三ツ谷も珍しく目を見開いて仰け反った。
なんだ落ち着けよと宥められながら、思わずその手を掴み返す。
「三ツ谷君、さっき何て?」
「は?だから、女なんだから怪我には気を付けろって」
「違うその前」
「その前…?」
「私のプロポーズ受けてくれた!?」
「…ああ、あれか。受けるも何も、別に断る理由ねぇし」
「もうちょっと真剣に考えて!?」
あまりにあっけらかんと返ってきた返事に、なぜか雅が突っ込む形になった。
いや結果自体はめちゃくちゃ嬉しいけど、優しさなのか同情なのか、もはや冗談レベルでスルーされかけているのか。
寧ろ他の子から言われても今のノリでオッケー出してしまう感じですか。
混乱しすぎて軽く涙目にまでなってきた雅に何を思ったのか、三ツ谷の自由な側の手がポンと頭にのせられた。
「ちゃんと真剣だよ。飴凪にはルナとマナも懐いてるし、おふくろとも仲良いし、何も問題ないじゃん。そもそもこんな怪我が多い奴、放っておけねぇからな」
「っ改めて三ツ谷家の皆さまにはご挨拶にうかがいます…!」
「はは、畏まりすぎ。あ、でもひとつ条件がある」
「!何でも言って」
彼と結婚できるというなら、何でもできる自信がある。
身を乗り出す勢いの雅に、彼独特の垂れ目が悪戯っぽく細められた。
「そん時になったら、ちゃんとオレから申し込むから。それまで、もうフライングはナシな」
「っ…!!」
さすがに男として面目立たねぇだろ?
少し困ったように首を傾げられれば、またも煩い心臓。
頭にのせられた手もそのままに、何度も何度も頷いた。
※まだ付き合っておりません。
(まあまずは、正式に付き合うところからか)
(…ごもっともです)
既に公式、ご両人。
2021/07/15
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