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君のそういうところが嫌いだ、大嫌いだ、大嫌いなんだよ







 ざり。

 砂利が擦れる音に、雅は静かに顔を挙げた。



「…、入谷?」

「さすがだね、やっぱり分かるんだ」



 振り向きもせずに言い当てた彼女に、入谷は人のよさそうな苦笑をこぼしながら歩みを進める。
 隣に並んだところで、雅は河原の水へ晒していた手を引き上げて緩慢な動作で腰をあげた。



「耳と勘だけはいいからね」



 ふわりと黒髪を舞わせて笑むと、入谷に向けて指先を弾く。
 日の光に反射しながら顔面に飛び散る水滴に短く声を上げて思わず一歩後退した。



「…君は見掛けによらず悪戯っ子だよね」



 袖で頬の水滴を拭いながら溜め息混じりに肩を落とす入谷に構わず、再びしゃがみ込んだ雅は指先で水面に波紋を描く。
 涼しげに前髪を揺らして、唇の端を引き上げた。



「そこはお茶目って言って」

「天邪狐に対しては扱い違うみたいだけど」

「同じだよ?ただ、空の場合はなんか仕掛ける前に全部かわしちゃうからね」

「ああ、確かに…」



 里一番の問題児を脳裏に描いて納得する。
 頭もキレて身のこなしも軽い彼ならば、彼女の些細な悪戯を回避することなど容易いだろう。
 スパイとして村に身をおく自分が、密かに仲間にしようと目をつけている男−天邪狐空。

 今頃はまた掃除をサボって和尚を唸らせているに違いない。
 今日はどんな楽しいことをしているんだろう。
 
 思考が表情にでたのか、空気が僅かに揺れる。
 隣を見れば、やはり雅が微笑んでいた。



「空なら森の奥。薬草取りに行ってる」

「…いいや。ここで待つよ」



 考えを読まれたのが面白くなかったらしく、ふいと視線を外した入谷はそのまま彼女の隣に腰を降ろす。
 


−雅のそれは、入谷から見てもずば抜けていた。
 
 天性のものなのか培ってきたものなのかは分からないが、“感じ取る”ことに関してのスペシャリスト。
 その対象は様々だ。
 誰かの足音だったり、感情だったり、自然の動きだったり、出来事だったり…、




−他人の本性だったり。




「ねぇ、入谷」

「なに?」



 横で水遊びをする少女に、里の人間に見せる穏やかな笑顔を向けた。
 完成度の高さは自負している。
 今までこの嘘を正面から見破ってきたのは、唯一自分が認める空だけだ。

 そう、正面から、見破ったのは。



「…空、早く帰ってくるといいね」



 一拍置いていつものように淡く瞳を細めた雅に、柄にもなく頭が真っ白になる。

 ああ、やっぱりか。
 
 彼女も、自分のこの笑顔の裏に気付いている人間だろう。
 しかし彼女は問い詰めない。
 疑問をぶつけてこない。
 気付いたことを伝えようとしない。

 言葉にした時点で、何かが壊れるのを悟っているかのように。



「−やっぱり一緒に天邪狐探しに行こうよ、雅」



 このまま二人でいればあっさり本性を出してしまいそうだ。
 かと言って、わざわざ彼女の傍から離れるつもりも毛頭ない。
 面倒見のいい雅は子供たちの人気の的だ。
 むやむや他の奴らに譲ってなどやるものか。



「ね?」



 無邪気に首を傾けて手をさしのべれば、雅の瞳がパチリと瞬く。
 次の瞬間にはクスリといつも通りの優しい笑みが返ってきた。



「まあ、じっとしててもしょうがないしね」



 いつでも誰にでも平等な声。
 周りに振りまかれるのと同じ表情が向けられるのに耐えられず、とった白い手首を強く握った。








君のそういうところが嫌いだ、大嫌いだ、大嫌いなんだよ


(僕以外に向けられる笑顔なら、いっそのこと壊してしまおうか)
(知るのが怖くて。きっと私は何もできない)


ぱしゃりバシャバシャ、上がる飛沫に身を委ね。







(お題提供元:伽藍様)


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