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余所見なんてさせませんよ


 カンカン。

 自宅の玄関で履き慣れないパンプスのヒールを鳴らすと、雅は外に出るべく扉に手をかけた。
 しかし、回すより先にノブが回転する。
 がちゃりという開閉音と共に顔を出した隣人に驚くも、直ぐに笑みを返した。

 時間をかけてセットした黒髪を微かに揺らして、ゆるりと唇の両端を引き上げる。



「こんにちは、安室さん。この時間は珍しいね。何か用だった?」

「こんにちは。いえ、バイトが急遽休みになったので、お暇があればお茶でもどうかと思いまして。…どこかにお出かけですか?」



 いつもとは明らかに異なる身だしなみに、そう問いかけられるのは必然だろう。
 今までレポートやら勉強やらに追われて、お洒落とはほど遠い生活を送ってきた身だ。
 いつもは軽く束ねているだけの黒髪も本日は苦労してアップに纏めている。

 それもこれも、友人の頼みごとに便乗してのことだった。
 流石に引き受けた以上は最善を尽くさなければ失礼にあたる。
 彼とのお茶は魅力的だが、残念ながら今回は先約が優先だ。

 申し訳なさそうに眉を下げて、バックを持ち直す。



「今から合コン行ってきます」



 口にしてから、ふと彼の反応が気になった。
 以前の“宣言”から、よりこういった彼からのお誘いが増えたような気がする。
 自惚れかもしれないが、確かにそこには何かしらの好意はあった。

 しかし、安室は容姿端麗であり人当たりも良いため女性にモテる。
 そんな彼からアピールされても、本心でどこか疑っているのは自分でも理解していた。

 …これは彼の気持ちを確認するチャンスかもしれない。

 窺うような雅に対し、安室はきょとりと首を傾げた。



「合コン、ですか」

「うん、数合わせで頼まれちゃって」

「へえ…じゃあお茶は今度にしましょうか。夕食の差し入れも時間をずらしますね。楽しんできて下さい」

「え…?ん、まあ…そうしていただけると」



 思わず拍子抜けした自分を叱咤して冷静を装うが、あまりにさらりと返ってきた爽やかな笑顔に不信感を隠しきれない。

 仮にも異性に会ってくると面向かって公表しているのだ。
 普段から好意的な態度を示されている側としては、こんなにあっさり見送り体勢を取られると何とも言えない寂しさがこみ上げる。
 大人な彼に引き留めろとまでは言わないが、本当に好いてくれているのであれば、せめて少しくらいは焦ってくれてもいいのではないだろうか。

 それとも何か、押してだめなら引いてみろタイプですか。



「…安室さん、なんか余裕だね」

「−ええ、」



 拗ねたように吐き出した言葉に対する、肯定。
 謙虚な彼のことだから、てっきり「そんなことありませんよ」なんて苦笑が返ってくることを予想していた。

−シミュレーションとリアルの不一致により、反応が遅れてしまった。

 これまた予測に反する不敵な笑みを認識したその瞬間、甘めの香りが空気に拡散する。
 それが己の髪と安室の香水との混合物だと気付いた時には、滅多に活躍しないお気に入りの髪留めは、彼の手の中だった。
 一気に解けた漆黒が、匂いをまき散らしながら視界にちらつく。

 しかし、そんなものは雅の意識の片隅に捉えただけだった。
 一瞬で壁に追いやられた、今の状況の方が明らかに問題だ。



「あ、の…髪あげるの結構時間かかったんだけど」

「普段と違う雅さんを見るのは僕だけで十分なので」

「う…と、そろそろ出ないと時間が…」

「よろしければお送りしましょうか?」

「…いえ、」



 え、なにこれいつもよりグイグイくる。
 
 いつの間にやら見慣れた好青年スマイルになっているが、何故か体勢は変わらない。
 これはつまりやはり彼の気持ちは期待していいのかと一瞬考えるも、そんな余裕も続くわけがなかった。

 こめかみに寄せられた唇に呆気にとられたのも束の間。
 そのまま落とされた囁きに、何かが爆発した。








余所見なんてさせませんよ


(それこそ手段なんて選びませんから)
(…安室さんより格好いい人なんていないよ)


ファイナルアンサー?

2018.05.21


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