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もう帰してはあげられない。君は僕の真実を知りすぎてしまったから


 パチパチと燃えさかる炎の山を瞳に映しながら、金は視線を流した。



「…いいのか?」

「んー、何がー?」



 夕焼けのような赤を反射する銀髪が、金の声に反応して揺れる。
 振り返った楽しげな笑みの背後では、踊り狂う火の中で灰と化した建物がガラリと音を立てた。
 赤と黒に呑み込まれていくひとつの里。

 つい先ほどまで英雄として身を置いていた場所を子供のような無邪気さで手に掛ける銀に、無表情のまま問い掛ける。



「…お気に入りの女がいただろう。甘味屋の」



 長い付き合いだ。
 行きつけになっていた甘味屋の看板娘に、銀が目をつけていたのに気付かないわけもない。
 初対面でいきなりお茶をお見舞いしてくるような鈍くささはあるが、それとは対象的に、自分にも劣らぬ勘の良さがあった。



「−ああ、大丈夫。彼女には客のお遣いでこの里から離れてもらってるから。どんなに急いでも普通の女の子の足ではあと小一時間以上はかかるよ」

「どうするつもりだ?」

「やだなあ、連れてくに決まってるじゃない」

「帰っていきなり里が燃えていました、で納得するのか」

「んー…まあ行く宛もないだろうし、山賊にでも襲われたってことにしといたら………、…」



 顎に指先を添えながら並び立てられる言葉が、不意に途切れた。

 ザリ。

 微かな、幽かな空気の振動。
 それを待っていたかのように、銀は唇の両端を吊り上げる。
 ゆったりと顔をそちらに向けると、“少し前からそこにいたであろう”少女が佇んでいた。
 蒼白な肌色が暗い木々の中ぼんやりと浮かび上がる。



「…ありゃりゃ、参ったなー。これはまた“予定より随分早かったんだね”雅ちゃん?」


 
 たった一言、何気ないその台詞。
 雅は天性の勘の良さで、総てを悟った。

−里中の誰もが知らないであろう事実を利用されたのだ。

 密やかな特技だったが、披露する機会もなく、二十年間生きてきた。
 自分の足が運び屋並のモノであることを見抜いた上でのお遣いだった、だなんて。
 それも、勘ぐられないように注文には他の客まで使って。

 後悔と絶望に染まる雅の瞳には、出逢った時と変わらぬ笑顔が映り込む。







もう帰してはあげられない。君は僕の真実を知りすぎてしまったから

(実際に見ちゃったら、もう気付かない“ふり”はできないでしょ?)
(ずっと、このままでいれるだなんて思っていたわけではないけれど)

ああ、頬を伝う−。





(お題配布元:夢見月様)


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