×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



課題です、“like”を“love”に換えてみせなさい






「…ちょっと」



 佳主馬はキーボード上を滑らせていた指を停止させると、呆れたようにため息を溢した。



「さっきから重いんだけど」



 背中にのし掛かる重みに声を向ければ、微かな振動が服を通して伝わる。
 ついで、軽やかな笑い声が鼓膜を揺らした。



「えー…あたしとカズの仲なのに」

「どんな仲だよ!とりあえず離れなって」

「いや」



 明らかに楽しんでいる相手の声色に体温が上がってくるのを感じた佳主馬は、画面に向けていた視線を背後の少女へと移す。
 彼女がいる空間では、どちらにしろゲームに集中などできやしない。
 
 複雑な気持ちで振り返れば、瞬間口に詰め込まれた冷たさにギョッとした。
 同時に味覚を刺激する甘さに一瞬呆ける。
 それが今まで少女の口にしていたアイスだと分かるのに、そう時間はかからなかった。

 一気に上がる心拍数を隠すようにしてアイスを口からひっぺがす。



「ちょ、っ何…!」

「イライラには糖分糖分」

「そういう問題じゃないっ」



 口を手で覆うようにして庇うが、背中合わせだった筈の体勢がいつの間にか向かい合う形となっており、その至近距離に思わず顔を背けた。
 そんな佳主馬の顔をじっと覗き込んだのち、雅はゆったりと微笑む。



「ドキドキした?」

「…」

「あはは、相変わらずカズはかわいーね」

「嬉しくない」



 頭を撫でてくる手を掴んで不機嫌そうに呟けば、困ったような笑みが返ってきた。



「誉め言葉なんだけどな」

「男が可愛いなんて言われて喜ぶと思う?」

「愛故の言葉だよ」



 ぴたり。

 軽いノリで言われた言葉に、佳主馬の動きが停止する。
 反響する単語。
 グルグル沸き上がる感情に、ただただ苛立った。

 急に黙りこんだ彼の様子に気付いた雅が呼び掛けようとするが、掴まれたままの手に軽く力が加わったことで反応が遅れる。



「…、知ってる癖に」

「え?」



 微かに落とされた声に表情を窺おうとするが、うつ向いた佳主馬と視線が合うことはなかった。
 自分の手を掴む彼の手が震えてきたのを見てとると、雅は空いている方の手でその肩に触れる。



「カズ?」

「っ」



−ガッ。

 触れられた瞬間、反射的にそちらの手の自由も奪った。
 佳主馬の手にしていたアイスが支えを失い、べしゃりと床に叩きつけられる。
 雅がそれに目を奪われていると、佳主馬の顔が勢いよく挙がった。



「僕の気持ちに気付いてる癖に何でそういうこと軽々しく言えるんだよ!子供だと思って馬鹿にしてんの!?」



 ぐちゃぐちゃに掻き回された脳に、驚く雅の顔が情報として届く。

 違う、こんな顔をさせたいわけじゃない。







―苦しくて怖くて何も信じられなくなった頃。
 総てを投げ出したくなった時、雅に出会った。



『君、意地っ張りだね』



 初めて会った時、彼女はそう言って泣きそうな顔で笑った。
 初対面なのに何故かそんな気がしなくて。
 反面、何でそんなことを言われなきゃいけないんだと酷く腹立った。

 意味分かんないんだけど、なんてそっけなく返したのにも構わず、雅はやっぱり笑った。



『私も意地っ張りなの。だから、協力しない?』

『…協力?』



 首を傾げると、頷いた雅は当たり前のように両手をとってきた。
 真っ直ぐ向けられる視線に、思考が奪われる。



『あたしが“君の為に”泣くから、“あたしの為に”泣いてよ』



 こっちが泣きたくなるくらい儚い声に、我慢していた何かが音を立てて外れた。
 溜めていたものが一気に溢れて、涙になった。
 声になった。

 初めて、人前で大泣きした。

 ああ結構限界だったのかな、なんてぼんやりした意識の中で思って。



『っ…あはは、やっぱり人の為なら泣ける、よね』



 涙で顔を濡らしながらケラケラ笑う彼女は酷く大人っぽく。
 ガキながら、年上のこの人への想いを自覚した。







―あの時は分からなかったけれど、のちに知った。
 雅が苦しんでいた理由。
 それは今の佳主馬と同じものだった。

 誰かを想う人を、想っていた。

 そしてだからこそ、きっと彼女も佳主馬の気持ちには気付いている。
 互いにそれを承知で、関わってきた。



「…ごめん、カズ」



 軽く睫毛を伏せて背中を丸める雅に、我にかえる。
 時間を置いたことで少し落ち着いた心臓に安堵しながら、口を開いた。



「もう雅が思ってるほど子供じゃない。好きな奴に気持ち伝えるくらいの意志は持ってる」

「うん」

「だから、中途半端な気持ちでさっきみたいなこと言わないで。別に返事は分かりきってるし、気遣わなくていいから」

「ん」



 細い肩から色素の薄い癖毛がパラリと落ちるのを何となく見つめて、雅の手を解放する。
 気まずさに視線をずらせば、床に横たわったままのアイスがゆっくりと溶けた自身を広げている最中だった。

 片付けようと腰をあげるが、それは叶わなかった。

―ぱしっ



「!」

「かず」

「…何?」



 白い手に掴まれた両手が熱い。
 先程とは逆の立場に再び暴れ始めた心臓と一緒に、次の言葉を待った。



「―18才、」



 耳に馴染む雅のソプラノが、空気に溶ける。
 僅かに聞き取れる程度の声が、やたらはっきりと脳に刻まれた。



「それまでに気持ちの整理、つけるから」



 反射的に見つめ返せば、スローモーションで睫毛を上げる瞳とかち合う。
 揺れる前髪がちらついた。



「その時まだカズが同じ気持ちでいてくれたなら、本気で考えるよ」



 あの時と同じ真っ直ぐな視線から、目が離せない。
 働かない頭で、必死に理解を進めた。

 3歳年上の彼女は現在16歳だ。
 18歳ということは、待つ期間は、



「…二年」



 確認するように、叩き出した答えを復唱すれば、雅がふっと口元を緩めた。



「長い?」



 からかうようなその笑みに対し、佳主馬は手を振り払って勢いのままに立ち上がる。



「っなめんな!何年でも待ってやるよ!」



 少年にしては高い、声変わりしていない音でそれだけ言い残すと、雅に背を向けた。
 
 バタン。

 部屋の扉が閉まる音が静かに反響する。
 暫くぼんやり扉を見つめていた雅は、不意に重力への抵抗を放棄した。
 背中からポフリと床に身を任せると、おかしそうにクスクスと笑う。



「…好きだよ、佳主馬」



 紡いだ音は空間に浸透し、誰に届くでもなく形を消した。







課題です、“like”を“love”に換えてみせなさい


(恐らくクリアに一番近い君だから)
(今更他の奴に譲る気なんてない)



赤い糸、たぐりよせ。







26/33

*prev next#
目次