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聞こえなかった、なんてナシだから



 カサリ。

 手元で紙が音をたてる。

 泉が何気なく視線を上げると、真剣な表情で自分と同じ動作をこなす雅がいた。
 三種類のプリントの山からそれぞれ一枚ずつとってホチキスで留める、単純作業。
 自分が日直の時に限って、何故こんな仕事がまわってくるのだろうか。
 今日は部活はないため何も問題はないものの、何となく納得がいかない。

 唯一救われた事と言えば、相方がそこら辺のサボり魔や適当な輩じゃなかったことだ。
 先程から黙々と手を動かす雅を視界の端にいれながら、こっそり息を吐く。

 カチ。

 ふと、乾いた音がした。
 音の発信元は、雅のホチキスらしかった。
 中身が切れたのだろう。
 虚しく痕だけがついた紙を目にした泉は、30分ぶりに雅に話し掛けた。



「あと少しだし、あとは俺がやっから」



 まさか話し掛けられるとは思っていなかったのか、驚いたように顔を上げた雅は、ゆっくり瞬きをする。



「そっか…じゃあお願いするね」



 控え目に笑って、その後少し困ったように眉毛を下げた。
 恐らく、何もしないということが落ち着かないのだろう。
 作業を再開しながら、雅が席を立って黒板へと向かう姿を視界に捉える。

 全く、よく動くもんだ。

 クラスメートになってからというもの、彼女が授業以外でじっと座っているところなんて見たことがない。
 花の水やりだったり、プリント配りだったり、いつも何かしらやる事を見付けては動いていた。
 そんな雅はクラスでも働き者で有名だ。

 そして、もう一つ。



「っきゃ…ッ」



 ガタン。

 ほら、またやった。

 小さい悲鳴と響いた音に視線を向ければ、黒板消しをしようとしていたのだろう。
 周りに白い粉を纏って、頭の天辺から髪を真っ白に染めあげた雅がいた。
 何がどうなってそんな事態になったのかは見当もつかないが、かなりの惨事だ。


―彼女は働き者であると同時に、結構なおっちょこちょいだった。



「っごほ…」



 元々小柄なその身体が更に縮こまる。



「…、」



 泉は一旦手をとめ席を立つと、咳き込む雅の元へと歩いた。

 カツリ。



「!…ッ」



 完全にしゃがみ込んでしまっている彼女の前で止まると、その肩がぴくりと動く。
 じっと床を見つめたままの雅の髪から、真っ赤な耳が覗いた。
 被ったチョークの粉で周りが白い為に、余計に目立つ。

 泉は確信した。
 その瞳に、じわりじわりと涙が溜っていることを。

 クラスメートで何人気付いているのかは知らないが、彼女は、涙腺が弱かった。
 今回のように失敗した時、嬉しい時、感動した時。
 理由は様々だが、些細なことでその瞳はよく潤った。
 授業中に教師が話した子供ののろけ話にまで涙を溜め込んでいたのには、流石に驚いたが。

 といってもその時間は極端に短く気が付けば涙は引いているため、もしかするとあまり知られていないかもしれない。
 自分もしゃがみ込んで、泉は雅に視線を合わせた。



「大丈夫か?」

「…」



 沈黙が降りる。

 雅は視界に入る上履きから視線が外せずにいた。
 折角憧れの泉と二人きりなんてシチュエーションに恵まれたにも関わらず、結局ろくに喋れず仕舞い。
 沈黙に耐えられず気を紛らわそうと黒板消しをすれば、黒板消しを頭上に落とすなんて恰好悪い失敗をしてしまい、精神的に限界だった。

 恥ずかしい。
 穴があったら入りたい。

 いつものように熱が集まる目元、歪む視界に、頭が真っ白になった。
 何か、返事を返さなければ。
 ぐるぐる回る思考にいよいよ頭がパンクしそうになる。

 しかし、



「―…え?」



 不意に、ポン、と頭に何かが乗った。
 思わず顔を上げれば、こちらを窺う大きな瞳と目が合う。



「っ」



 羞恥心により三秒と持たず再びうつ向くが、泉がそれを咎めることはなかった。
 相変わらずの落ち着いた声が鼓膜を擽る。



「大人しくしとけよ、粉払うから」



 そう言うなり、頭に乗った彼の手が静かに頭上を動き始めた。
 パフパフと、粉を追い出すように払われる。
 
 意外にも、照れる、とかそういう感情はなかった。
 大きくて少しゴツゴツした感触に、ああやっぱり男の子なんだと思う。

 そして、なによりも―



「…、何で泣いてんの?」



 珍しく、少し焦ったような泉の声が響いた。

 パタリぱたりと落ちた滴に、手が止まる。
 そこまでの動揺は見せなかったものの、泉は正直かなり焦っていた。
 今まで涙を溜めるところまでは見てきたが、それが溢れることはなかった。



「目に入った?」



 少し覗き込むようにして言うと、ぎゅうっと瞑った瞳からまたハラハラと水が伝う。
 思わず手が伸び掛けて、しかしすぐに引っ込めた。

 性に合わない。

 どうしたもんかと頬をかくと、微かに雅の唇が動いた。



「違うの…」



 視線を戻せば、普段目の合わない雅がしっかり此方を見ていて、柄にもなく心臓が跳ねる。
 しかしやはり、水滴のついた睫毛は伏せがちになった。

 いつだって無意識に耳が拾う声が、鼓膜を揺らす。



「泉くんの手が優しくて、びっくりしただけ…だから」



―…は?


 思わぬ答えに、今まで以上に雅を凝視した。

 その視線に耐えられなくなったのだろう。
 とうとう顔を背けた雅をよそに、泉の思考はめまぐるしく働いた。

 今までの自分の言動と彼女の反応を思い返す。

 さりげなく手助けしたり、結構なアピールをしてきたはずだけど。

 元々人付き合いが苦手な雅は中々自分から話し掛けてはこないし、自分だってそんなにお喋りな部類ではない。
 話し掛けたとしても大体焦ったように返事をして何処かへいってしまうから、会話なんて成り立たないのだ。
 好意に対しては完全に鈍いタイプの奴だと思っていたが、人の動作には敏感らしい。

 そんなことに気付けるなら俺の気持ちにも気付けよ。

 溜め息を抑えることはできなかった。



「!っ」



 その溜め息に何を勘違いしたのか、再び雅の瞳に涙が滲む。
 気の弱い部活仲間を思い出して、それでもそんな彼女を好きになったのは自分だ。

 泉は一度止まった手を再開させた。
 白が落ちる度に、少し跳ねた髪から本来の漆黒が顔を出す。
 そのまま数十秒、時計の秒針の音だけが教室内を占めた。

 スルリ。
 不意に、泉の手が雅の頭から離れる。
 作業が終ったらしい。

 雅が反応する前に、泉が口を開いた。







「なぁ、いい加減気付けって」







 やっと乾いてきた瞳をゆっくり瞬かせた雅は泉の顔を見ようと心がけるが、口元までが限界だった。

 気付けって…何を?

 困惑する雅の耳を、いつもより少し低い声が通過する。







「俺が意識して優しくしてんのは、飴凪だけなんだけど」







 そのまま固まる雅に微かに口の端をあげると、泉は立ち上がって背を向けた。

 これで少しは伝わっただろ。

 肩越しに振り返り、とどめの宣誓布告。



―これからは覚悟しとけよ。



 驚きに見開かれた瞳としっかり目があって。

 赤い頬と潤む黒目に、また笑った。









聞こえなかった、なんてナシだから



(嫌われてんのかと思ってたけど、結構脈ありかも)
(そのうち干からびちゃうかも、しれない)


ピンク、涙






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