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ああなんてじれったい、言葉に出来ない程の喜び






 トントントン。

 手元で人参が刻まれていくのを見つめながら、雅は包丁とまな板が奏でる一定のリズムを聞いていた。
 不意に、自分とは違う手が視界に入り込んで包丁を持つ手を止める。
 ガッシリした大きな、しかし綺麗な手だ。



「…、指まで切る気か?」

「え?」



 隣から聞こえた落ち着いた声に我にかえれば、あと一歩で自分の指に当たりそうな包丁。
 さあっと血の気がひくのを感じながら、苦笑いを浮かべた。



「ありがとう、百目鬼くん」

「おう」



 離れた手が名残惜しくて目で追うと、ジャガイモの皮剥きを再開した百目鬼と目が合う。
 慌てて視線を落として、切った材料を鍋にほおり込んだ。
 火をつけながら、思考を巡らせる。
 何故、自分は百目鬼の家の台所で彼と共に料理なんてしているのだろうか。


―時間は数時間前に遡る。





「飴凪、今から暇か?」



 授業が終った帰り時、その日の彼とのファーストコンタクトがそれだった。
 恋人にそんなことを聞かれれば嬉しいに決まっているが、内気な部類に入るであろう雅は黙って頷くことしかできない。
 文字通り真っ白になった頭でコクコクと首を縦に振れば、「付き合え」の一言と共に持っていた鞄を奪われ、気が付けばこの状態だ。

 百目鬼とは、一ヶ月程前に彼氏彼女の関係になったばかりだった。
 しかしクラスも違い、互いに部活動も忙しかったために、今までデートらしいものもなかったのだ。
 その為今の現状は雅にとっては夢のような状態だったが、それ故に頭が見事においてきぼりを喰らっていた。
 百目鬼の家に上がるということだけでもパンクしそうなのに、その上隣で料理。
 集中できるわけがない。

 そもそも何故、自分がイエスの返事を貰えたのかも分からなかった。
 何でも出来て女子の憧れの的である百目鬼に比べ、自分は特に目立つ存在でもない。
 彼女となった今でも、口下手すぎて会話どころかろくに挨拶も出来ないのだ。
 自分のマイナス面がぐるぐる回る。


―不意に、ポン、と肩に手が乗った。



「―飴凪…」

「?」



 急激に意識を引き戻され、ぼうっとする雅だったが、再来した至近距離にますます頭の働きが悪くなる。
 そんな雅を真剣な目で見つめた百目鬼は、少し屈んで彼女に視線を合わせ、









「鍋、焦げてる」



 明らかに異常な煙を吹き出している鍋を示した。



「え、や、わ…!」



 認識した瞬間に感じた異質な臭いにガスを止め、続けて反射的に蓋に手を伸ばす。
 中身を確認しようとしたのだが、普通に考えれば分かること。
 焦げるまで熱しられた鍋が適度な温度であるわけもなく。



「ッ、ぁ…」

「!」



 触れると同時に身体が反応する。
 人間の反射の賜だ。
 手を退いたということは、危険を察知したということ。

 痛みの走った指先に顔をしかめる雅の手を、百目鬼がすかさず掴んだ。
 目を丸くする彼女に構わず、そのまま空いた方の手を伸ばして水道を捻る。



「冷やすぞ」

「でも鍋が…」

「阿呆、こっちのが先だ」



 力強く手を誘導され、赤みを帯びた指が冷たい流水に晒された。








「…」



 雅は丁寧に処置された指に視線を落としながら、気まずそうに黒目をさ迷わせた。

 あれから数十分。
 処置を済ませた百目鬼は雅を居間に残し、一人台所に戻ってしまった。
 満足に料理の手伝いもできないなんて、自分は一体何をしに来たんだと唇を噛み締める。
 うつ向く雅の耳が、足音と襖の開く音を捉えた。

 顔を上げなくとも、鼻を擽る匂いで彼が料理を運んできたのが分かる。



「食うぞ」



 いつもの淡々とした声に視線を上げれば、机に料理を並べる百目鬼の姿が見れた。
 急いでそれを手伝うと、隣合って座る。
 準備が整うと、雅は、手を合わせて箸を動かし始める百目鬼を瞳に映しながら静かに微笑んだ。
 
 百目鬼との出会いが頭をよぎる。



『それ、食わねえなら貰うぞ』



 塩と砂糖を間違えた、誰にも渡せないようなカップケーキ。
 自分の間抜けさが嫌になって棄てようとしたのを止めたのが百目鬼だった。
 不味いからと食べるのを阻止しようとするのにも構わずその場で食べ始める彼に、雅は正直戸惑った。



『あの、変な味でしょ?無理しなくていいから…』

『うまくはないな』

『ッだから』

『でも食いもんだ』



 そう言いきって目の前で全て平らげてしまった百目鬼に、訳も分からず泣きそうになったのは今でも覚えている。



―またもや考え込んでしまっていたらしい。
 気が付けば百目鬼が眉を寄せて自分の顔を覗きこんでいた。



「お前、体調悪いのか?」

「え!?いや全然だよ!ぼーっとしちゃっただけ」

「そうか。じゃあ、食え」

「あ、うん」



 ずいと差し出された茶碗を受け取ると、申し訳なさそうに笑う。
 これ以上心配を掛けさせるわけにはいかないと自分も箸を進めた。
 焦がしてしまった料理までしっかり加工、手直ししてくれたらしい。

 それに感動しながらも、雅はずっと感じていた疑問を口にした。



「…百目鬼くん」

「なんだ」

「え、と…何で今日家に呼んでくれたのかな?」

「誕生日って聞いたからな」

「…え?」



 あまりにあっさりと返ってきた答えに、思わず箸を取り落としそうになる。
 そんな雅の様子に、百目鬼は微かに首を傾げた。



「違うのか?」

「いや、合ってるよ!今日なんだけど…」



 失礼な話だが、百目鬼がそういう行事に対して何か行動を起こすタイプだとは認識していなかった。
 嬉しさと申し訳なさで一杯になり、雅は顔を背ける。
 しかしその後、不意に手に握らされた何かに、視線を戻さずにはいられなかった。

 手に握っていたのは小さな御守りだった。
 丸い袋状タイプで、ツルツルした白い生地。
 絞り口につく二つの鈴が可愛らしい。

 驚きに満ちた目で百目鬼を見れば、いつもの無表情があった。



「飴凪、」



 口を開く前に先を越される。



「お前がどう思ってるかは分からねえが、」



 その静かな低音に、ただ耳を澄ませた。
 動けなくて、ひたすら自分の鼓動だけを感じて。
 なんとなく、涙腺が何か準備をし始めているのが分かる。


 微かに、笑った気配が、した。



「お前は俺には必要な存在だ」

「…、……ッ」



 ポン、と頭に乗った手が温かすぎて、準備周到だった涙腺が働く。
 一気に滲む世界。
 きっとレアな表情を浮かべてくれているに違いないのに。

 止まらない涙に、御守りを握り締めた。





ああなんてじれったい、言葉に出来ない程の喜び


(何を考えているかくらい、分かってる)
(“有難う”も“好き”も、きっと何回言っても言い足りない)


止まった時間、進まない箸。






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