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こうして今日も、過ぎていく



 パチン。

 耳に馴染む子気味のいい音に、ぼんやりと意識が覚醒する。
 はて、ここは何処だろう。

 微睡む思考の中で、ミヤビはうっすらと瞼を上げた。
 途端に眼球に入り込む光に眩しそうに目を細めると、その気配が伝わったのか、落ち着いた声が鼓膜を揺らす。



「よう。目、覚めたみてーだな」

「…シカマル?」

「他に誰がいんだよ」



 呆れたような笑みを浮かべる友人にニヘリと笑顔を返し、思い切り伸びをしてから身を起こした。
 寝かされていたのは縁側だったらしい。
 いつも通り将棋台に向かう彼の隣へと移動する。

 見慣れた景色に満足そうに頷いたミヤビは無造作に、置かれていた湯飲みに手をのばした。



「それ俺の。お前のそっち」

「細かいことは気にしない!」



 視線だけ動かして主張された申し出を一蹴して、お茶を飲み干す。
 こんなやり取りは昔からだ。
 今更、照れなんてものはない。

 喉が潤うと、ほぅっと息をついてから首を捻った。
 今更だが、記憶がイマイチはっきりしない。

 どこをどう見てもここはシカマルの家だ。
 勿論彼と同棲しているわけもなく、此処にいる理由が何かあるはずだった。
 未だ眠りかけの脳を必死にフル回転して、起きる前の記憶を辿ろうとする。

 ひとり悩むミヤビを見かね、シカマルが溜め息混じりに助け舟を出した。



「…前から言ってるけどよ、どこでも寝る癖どうにかしろよ」

「ああ!」

「ったく、人ん家の前で力尽きやがって」

「そうだったそうだった、今日はシカマルに会いに来たんだよ!」

いや、そりゃあ見りゃ分かる



 俺の言いたいことはそこじゃないと訴えかけるが、輝くミヤビの笑顔を前に早々に諦める。
 彼女に正確に意図を汲んでもらうには相当な時間を必要とするだろう。
 数時間前、家前に倒れていた姿を思い出し、軽い頭痛を覚えた。


−昔から、ミヤビは人の倍以上の睡眠を必要とする子供だった。

 退屈な時間は受け付けないらしく、一人にするとすぐ活動がオフになる。
 処構わず睡眠スイッチが入るため、その後の面倒をみるのは必然的にシカマルの役割となっていた。 
 今も、それは変わらない。

 痛みを和らげようと額に手を当てながらチラリとミヤビの方を見れば、嬉しそうな視線とぶつかった。



「…何だよ?」



 お茶のお代わりか、話し相手か。
 何か要求があるのかと見つめ返すが、返ってきたのは相変わらずのユルい笑みだった。



「シカマルさ、やっぱり今日が何の日か忘れてるでしょ」

「はあ?」



 膝を軸にニコニコと頬杖をつくミヤビは、シカマルの面食らった表情に益々口元を緩めた。
 やたら機嫌のいい彼女が気味悪く、珍しく任務や将棋以外で懸命に思考を巡らすが、思い当たる節はない。
 ミヤビに視線を戻しても、答えを話したくて堪らないといった様子でウズウズはするものの、結局黙りを決め込むらしい。



「ふっふ、夕食を楽しみにしとくがいいよ」

「?…あぁ、今日は泊まってくのかよ?」



 夕食まで居座った場合、ミヤビは大抵そのまま泊まっていく。
 シカマルの両親が彼女を気に入っているため、それは暗黙の了解であり、一種の行事とも言えた。
 そのためサラリと聞いた問い掛けだったのだが、一瞬きょとりとしたミヤビは満面笑顔で首を傾げる。



「だってシカマルご飯作るのめんどくさいでしょ?作る人いなかったらきっと夕食食べないからってヨシノさんに頼まれてるんだー」

「………待て待てちょっとストップ



 思わず納得しそうになるが、瞬時に違和感に気付いて止めた。

 作る人がいなかったら?

 普通に母親が作るのではないかと考えて、そこで気付く。
 そういえば、今日は帰ってきてから二人の姿を見ていない。
 父は仕事で母は買い物だろうと気にも留めていなかったが、今の展開的にひとつの仮説が浮かび上がった。
 再び重くなった頭を解すべくコメカミを抑える。

 そんなシカマルの様子に、ミヤビはケラケラと声をあげた。



「やだなぁ、今日から3日間二人とも家空けるって話だったでしょ?もしかして聞いてなかった?」

「…はあ…聞いてねぇ」

「あはは!二人とも意外にうっかりさんだねー」

「…」



 多分、違う。

 以前、母が「ミヤビちゃんみたいな娘が欲しかったわ」なんて言っていたことが頭をよぎり、がっくりと肩を落とした。
 あの母親ならやりそうだ。
 父親も、普通に乗りそうだ。

 片手で顔を覆って盛大な溜め息をついたのち、両手を後ろについて天井を仰ぐ。



「あーめんどくせー…」

「大丈夫だって、シカマルの好物もちゃんと心得てるから!」

「いや、そっちじゃなくて」

「ん?」

「…何でもねぇ」



 いつものふにゃりとした表情に、やれやれと笑って視線を外した。

−俺の気持ちはとっくに決まってんだけどよ、



「…、」



 一度頭をリセットするべきか。

 将棋の続きでもと体勢を立て直すと、軽い衝撃と共に背中に温度と重みが伝わる。
 反射的に隣に目をやれば、ついさっきまでそこにあった姿がなかった。
 いつの間にか背中側に移動したミヤビがもたれ掛かってきたらしい。
 あまりの気配のなさと俊敏さに、自分より忍者の素質があるのではないかと疑ってしまう。

 しかし彼女が忍者になるだなんて言えば、周りは何をしてでも止めるだろう。
 気が付けば寝ている忍者だなんて危なっかしい事この上ない。

 彼女には平和に過ごしてほしい。
 隣で笑ってくれていれば、それでいい。



「夕食、はりきらなきゃなので暫し寝ますっ。背中貸して」

「もう借りてんだろ」

「シカマルが一番安心すんの。お腹空く前に起こしてね!」

「…おう」



 返事の代わりに耳に届いた寝息に、静かに笑む。
 触れた指先は同じ温度で、どちらが熱いか分からなかった。







こうして今日も、過ぎていく


(これからも、誕生日を思い出させるのは私の仕事でいいんだよね?)
(焦ってもろくな事にならねぇしな、気長に待つとすっか)


眠リ姫所望ス、王子ノ。







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