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キュン詰まりがひどい




「富岡さーん!」



 背後からの呼びかけに、富岡は視線もそのままに足を止めた。

 当然のことながら、声をかけてきた時点で誰であるかは理解している。
 声質はもちろん、自分相手にこんなに懐っこく寄ってくる相手が限られているからだ。
 昔の旧友や、弟子のようになってきている存在を思いながら、彼らとは似て非なる姿を浮かべる。

 相手が追いつくのを待ってから目線を下にずらすと、膝に手をついて息を整える雅が笑った。



「富岡さん、歩くのも速いですね」

「普通に歩いていただけだ」

「私、短距離走も長距離走も苦手なんです。マラソンもいつもドベでしたー」

「…そうか」



 ゆるゆるの笑みで投げられる言葉は、相変わらず耳慣れない。
 雅は、初対面の時からよく分からない会話をする少女だった。
 自分が鬼から救ったときも、見たこともない服装に身を包んでいた。

 言葉は通じるため大した問題としては捉えていないが、時々突きつけられる行動は、富岡にとってやや難題だ。
 今日はどんな動きをしてくるのか。



「さて。富岡さん、」

「…何だ」



 気持ち身構える富岡に向かって、雅は勢いよく両手を突き出した。



「トリックオアトリートー!」

「…?とりっく…?」



 思った通り、意味が分からなかった。
 日本語にすら聞こえない。

 真面目な顔で疑問符が飛びまくる様に、雅は唸った。



「やっぱりまだまだハロウィンは浸透していませんよねぇ。現代でもおばあちゃん達はピンときてなかったもんなあ」

「…」



 富岡の無言の訴えに気付き、ひとり世界に浸っていた雅は慌てて解説にはいる。



「ハロウィンっていうイベントがあって、この日は子ども達がお化けの格好をして、お菓子をもらいに回るんです」

「それは何の意味があるんだ」

「えっと、確かもともとは収穫を祝ったり、悪霊を追い払う意味の行事だったはずですけど」

「風習か」

「そうです風習!さすが富岡さん、話が早い。それで、その時の決まり文句が“Trick or treat“。日本語で言うなら“お菓子をくれなきゃイタズラするぞ“、なんです」



 一連の説明が無事に終わって、満足そうに額を拭う雅に対し、富岡はやはり悩んだ。
 経緯は分かったが、意図が分からない。

 黙り込む彼に向かって、雅は再度手のひらを差し出した。



「さあ、説明はしましたよ富岡さん。改めて、トリックオアトリート!」

「…すまないが、今は手持ちがない。これからは前もって言っておいてくれたら準備はしておく」

そうやって真剣に返してくれるところ最高です!でもお菓子は今必要なんですよ。ないならイタズラです」



 してやったりと輝く表情を浮かべる彼女からすれば、当然、お菓子をもらうことが目的ではない。
 大正時代のこの世界でハロウィンなんて認知されていないことも承知の上だ。
 富岡を慕う身として、彼にちょっかいをかける理由が欲しかっただけ。

 ふふっと楽しげに歯をちらつかせて小首を傾げる姿に、表情も崩さずに対応する。



「…別に構わないが、俺にそれをしたところで何の意味があるのかが分からない」

「あ、気にしないでください。富岡さんに構ってもらうことに意味があるので



 どさくさに紛れて手や髪でも触ってやろうと富岡の周りをうろつくが、暫く無言で立ち尽くしていた彼が不意に動いた。
 ちょこちょこ動きまくる雅の方を見ることもなく、事もなげにその後頭部に手を当てて動きを止める。
 ぽすんと軟らかい音がして、目まぐるしかった視界が止まって。

 頭部の一部に感じる温度にきょとんとした目で見上げれば、相も変わらず視線は交わらない。


こっちを見ずにこんな自然に私の動き止めるとか!何それかっこいいしかも触り方超優しい…!


 ひとり悶えて体温を上げていると、後頭部にあった感触が離れた。
 名残惜しさに反射的にその手を掴もうとするが、反射神経で叶うはずもない。
 虚しく自分のまあるい後頭部にたどり着くが、同時に、離れたはずの温度が頭頂部に乗った。

 ぽん。

 一度だけ刺激を置いてすぐ消えた感触は、確かに雅の心臓を叩き起こす。



「っ富岡さん…!」



 頭ぽんぽんされたあぁあもうこれだけで今日は生きられるご飯いらない!


 心の叫びは今のところ必死に押しとどめているが、いつ飛び出してしまうか分からない。
 放し飼いにしてしまえば、それこそこの関係は終わってしまう、気がする。
 富岡は案外、態度を変えないかも知れないが、自分が羞恥心で居たたまれない。

 思考回路が目まぐるしい。

 ふわふわしながらも涙目で富岡に意識を戻すと、そんな雅の姿に何を勘違いしたのか。
 一瞬だけ確実に雅に焦点を合わせて、わずかに目元を緩めると、また視線を外した。



「…−そんなに甘味が食べたいのならあの茶菓子屋に行くか」



 雅の頭の中が富岡で溢れていた時、彼も無言ながら必死に脳をフル回転していたらしい。
 律儀でくそ真面目で無器用な彼がたどり着いたであろう、最善の応え。

 彼の見る先をたどった先、自分の行きつけの屋根を見つけて、ますます胸の高鳴りを聴いた。






キュン詰まりがひどい


(だめ、これ以上好きな人、この先絶対見つけられない)
(余計なことを考えている余裕はない。ただ、笑っていて欲しいとは、思う)


けせら、せら。




お題提供元:花洩様

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