これから大変だろうけど、まあ頑張ってよ
◇
「いらっしゃいませー…、」
コンビニのバイト中、自動ドアをくぐった人物に、雅は小さく息を飲んだ。
ここ最近、無意識に視界に入り込んでくる、赤い髪。
家がこの付近なのか、よく見かける常連だ。
恐らく年下だろう彼は、常に余裕のようなものを持て余していて、どうにも緊張する類に当てはまった。
数分後、いつも通りの品々をレジテーブル上に散らばせた彼に軽く礼をして、商品を機械に通していく。
なるべく顔は見ないように、失態のないように。
それにしても相変わらず、細々とした買い物だ。
「…十一点で、六百四十円になります」
何とか声を震わせずに言えたことに、ほぅっと息を吐く。
年下相手に、何をここまでビビっているのだろうか。
しかし、中々お金が出されない。
その微妙な間に不思議を感じて、思わず顔を上げた。
瞬間絡んだ視線に、一瞬で頭が空白になる。
端正な顔、飄々とした表情の中に、年相応の子どもっぽさが覗いた。
「おねーさん、ひとつチェックし忘れてるけど、オマケ?」
「っえ!?あ、すいませんありがとうございます」
「何だ、違ったんだ。言わなきゃよかった」
「あはは、助かりました」
指摘されたミスを直して、苦笑い。
袋詰めを終えた時点で気付いた。
いつの間にやら、自然体で笑えている。
同時に、警戒体勢を解きすぎたらしい。
「六十円のお釣りで−、…あれ?え?」
お釣りを手渡そうとしたのだが、何がどうなったのか、手首が捕まっていた。
肝心の小銭はもう片方の手でちゃっかり受け取って、ポケットに放り込んでいる。
何と、要領のよい…。
言動一つ一つをとっても、色んな意味で頭がよく回りそうだ。
学校でも、さぞかし優秀なのだろう。
まるで他人事のように、ぼんやりと分析に徹する脳内。
彼からじんわり移る冷たい温度に、手首を掴む指先を凝視する。
「ところでさ、」
するする耳に滑り込む音には、どこか楽しげな色が滲んでいた。
「今日は寝坊でもしたの?髪ボサボサ。今だって何の抵抗もないとか…アンタ、本当に隙だらけだよね。万引きとかされても気付かないんじゃない?」
一見、爽やかさしか感じ取れない笑顔なのに、届く言葉は何とも容赦ない。
−いきなり何だ、何がしたいんだ。
女子に対して失礼な。
炭酸飲みたいな。
君は母親か。
確かに今日は時間が足りなくていつもより手抜きだけども。
あ、消しゴム補充しなきゃだっけ。
つまりは何が言いたいの。
今日の夕食何だろう。
頭の中で色んな言葉がぐるぐる回っては、シャボン玉のように弾けて消える。
何を言うでもなく、口をもにもにさせていると、何事もなかったかのようにスルリと離れる体温。
入れ替わりに、何故か額がじんじんと熱を持った。
デコピンを入れられたことに気付いたのと、
既に自動ドア付近の彼が振り向いたのと、
その不敵な笑みに何かが変わったのは、ほぼ同時。
「これから大変だろうけど、まあ頑張ってよ」
(年下に心配されるなんて…!しかも何だこの扱い)
(色々鈍そうだし。まあ、だからって手を抜くつもりはサラサラないけどね)
ばーん!宣告布告、擬き。
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