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これは不安か、緊張か、期待か。全てをひっくるめた鼓動を聴く



 カランカラン。

 来客を知らせるベルの響きに顔をあげたミヤビの笑顔は、次の瞬間には凍り付いた。
 その深い漆黒を確認するなり、テーブルを拭いていたフキンを放り出して足を踏み入れたばかりの人影に駆け寄る。



「−っイルミさん…!」

「や。どうしたの、そんな血相変えて」



 髪、乱れてるけど。

 何とも自然な動作で髪を撫でつけてくる知人に、頭を抱えたくなった。
 嫌でも目を引く端正な容姿の彼だ。
 そんな異性に触れられてときめきを隠せなかった自分への呆れが半分。
 残りの半分は、明らかに場違いな空間に足を運んできた彼への非難だった。

 ひやりとした温度の指先が耳の後ろを掠めて思わず肩を竦めるが、すぐに立て直して詰め寄る。



「どうしたもこうしたもないですよ。何でこんなとこにいるんですか…!」



 泣く子も黙る、暗殺一家。
 そんな大層な家の長男が、こんな一般市民の集う喫茶店に何を思って立ち入るというのか。

 まさかこんな人目のある所で仕事はしないとは思うが、彼の思考は全く持って読めない。
 何の力もない一般人の自分が殺し屋の考えを汲み取ろうなどということ自体が愚かだとも思うが、今はそんなことを言っている場合ではない。
 恐怖と焦燥感で全力疾走中の心臓を押さえつけて、本能的に反らしたくなる瞳へと焦点を合わせ続けた。

 こういている今も、もしかしたら死神の鎌を突きつけられているのかもしれない。
 平穏の中でぬくぬくと生きてきた身だ。
 殺気というものも感じ取れる自信はない。
 気がついたらこの世とさようならな展開も有り得そうで、正直気が気ではない。

 そんなミヤビの心境を知ってか知らずか、イルミは素知らぬ素振りでポンポンと彼女の頭に手を置いた。



「そろそろ答え出たかなと思って。返事聞きにきたんだけど…、その様子じゃまだかな」



 高めの位置から降ってくる台詞に、ギクリと頬を強ばらせる。
 内容は確認するまでもなく、数日前にさらりと伝えられたお誘いについてだろう。
 相手が一般人であればイエスだろうがノーだろうがその場で返事をできたものだが、いかせん、殺し屋では話は別だ。
 判断や言い方を誤れば、命すら落としかねない。

 葛藤の末、時間の猶予をもらう形に落ち着いていたものの、タイムリミットらしい。
 まさかバイト先まで押し掛けられるとは思っていなかったミヤビは、自分の考えの甘さを呪った。
 どうしたものかと唇を結んで開いてする内に、不意に、何か冷たいものが背中を這い上がる。

 悪寒にも似たそれに反射的に後退しかけるも、白い温度に阻止された。
 肩に回された指先には毛ほども力など込められておらず、下手をすれば衣服の生地に触れられているだけだ。

 なのに、動けない。
 見えない糸に空気と縫い合わされているような感覚に、眩暈すらした。

 ああ、これが所謂殺気というものだろうか。

 感じ取れないかもなどという考えは杞憂だったらしい。
 怖いものみたさな人間の本能に涙を堪えつつ再度視線を上げて、やっぱり後悔した。



「オレも気は長い方じゃないから、早くしないとキミの周りの人間に影響出るかもね」

「!っ…それは、脅しですか」

「うん。割と何でもするよ?それこそ、キミが頷くまで」



 どこまでも続きそうな漆黒からは、真意は読み取れない。
 しかし、彼が冗談や単なる鎌掛けで発している言葉でないことは理解できた。

 ここは公共の場だ。
 巻き込んではいけない人が溢れており、あちらからすれば完全に人質対象。
 出入り口から動かない自分達に、そろそろ周りの視線が集まりだした。

 何よりも、初めて投じられた異質的な空気にミヤビ自身の精神が限界だった。
 カラカラの喉から水分不足の音を押し出す。



「…分かりました。お誘い、受けさせていただきます」



 瞬間、ピンと張っていた糸が切られたかのように、自由を奪っていた何かが消え失せた。
 勢い余って前のめりにバランスを崩したミヤビの身体が、次の瞬間には浮遊感に襲われる。

 眼前に現れた流れるような黒髪の艶やかさに嫉妬を覚えるが、それよりも重要な突っ込みどころが存在した。



「っあの…!?」

「何?来てくれるんだろ、家」

「いえ、確かにそう言いましたが…!」

「…ああ、違う抱え方がいい?」



 そ れ も 違 う 。

 いきなり横抱きにされた事実に困惑している頭でも分かる。
 今の彼の言動は、素だ。
 やはり一般世間から離れているためか、常識というより認識自体が異なっているらしい。

 いつの間にやら扉を潜り抜け、景色が流れ初めていることにはもう驚きの感情すら沸いてこなかった。
 案外、自分も適応力が高いのだろうか。

 そんな新たな発見を見いだしながら、これっきりになるであろうバイト先の店長への謝罪と、イルミと出会うキッカケとなってしまったゾルディック家の次男への恨みを溜息に溶かした。







これは不安か、緊張か、期待か。全てをひっくるめた鼓動を聴く


(とりあえずミルキーさんとやらには文句言いたい。良き同士だと思ってたのに…)
(これは…母さんあたりも好きそうかな)


あい、まい、みー。







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