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だって、貴方と同じ世界を視てみたかったの





 カサ。 

 書類の残りの束を確認した雅は手を止め、ゆるりと前髪を揺らした。



「奥村君、残り少ないし私やっとくけど」



 隣に視線を向けると、作業を続けながらの穏やかな笑みが返ってくる。



「最後までやるよ。飴凪さんこそいいの?」

「何が?」

「もうすぐ図書閉まる時間だけど、今日は用事ないのかなと思って」

「よく知ってるね。安心してくれたまえ、今日は昼休みに済ましてきたから大丈夫なのだよゆっきー」

「その呼び方はちょっと、」



 苦笑を零す姿に微笑んだ。

 正直、いつもこの時間帯に図書に足を運んでいることを知られていたのには驚いたけれど、悪い気はしない。
 視界に入る窓からはオレンジが差し込み、夕日色が鮮やかに空気に溶け込む。

 ちらりと時計に視線を投げた雅は、その針の示す数字に瞳を細めた。



「…そろそろ時間じゃない?」



 いつも彼が姿を消す時間。
 学園内でも寮内でもないどこかに、足を踏み入れる時間。
 毎日のように差し迫る時に、気が狂いそうになる。

 そんな心境とは裏腹に、ニッと歯を見せて時刻を指し示した。



「ほら」

「ああ、もうこんな時間か。まあそこまで急ぎではないし、この量なら二人でやればすぐ…、」

「毎日忙しそうだねぇ雪男君。何かやることでもあるの?」



 彼の台詞を途中で打ち切ると、頬杖をついて、わざとらしく唇を吊り上げる。
 これで本当のことを話してくれれば、どれだけ楽になれるだろう。

 懇願するような雅の瞳に映る雪男は、一拍置いてから淡々と言葉を紡ぎ出した。



「−、色々あるよ。勉強もだし、食事の買い出しとかもしたいしね」

「…ふーん。そういや料理はお兄さん担当だっけ」

「そうそう、兄さん料理上手だから。よかったら今度何か食べに来る?」

「雪ちゃんファンに殺されそうだから遠慮しとく」

「何それ。…そして相変わらずいつになっても呼び方が統一されない」

「あたしのポリシーです」



 まるで何事もなかったかのように。

 日常会話のノリで話を進める姿に、机の下でギュッとスカートを握り締める。
 分かり切っていた応えだ。
 恐らく、“一般人”には誰に対してでも今と同じ答えを口にするのだろう。


−初めて見た時から確信していた。
 彼はきっと、自分には知り得ない世界を視ている。
 彼の兄もそうだ。

 こうして同じ空間で同じ時を過ごすくせに、重ならないテリトリーがあることがどうしようもなく悔しくて、憎い。



「…ね、ちょっとこっち向いて」

「?なにか、」



 ひょい。

 雪男が言い切る前に、雅は素直に自分の方を向いた彼からソレを奪った。



「え、飴凪さん…?」

「うーわ、相当目悪いねこれ」



 視界を覆うと同時にグニャリと歪む世界。
 レンズ越しの彼が呆れたように息を吐いた。



「何やってるの、目悪くなるよ」

「悪くなってもいいの」

「…ダメだよ、親に貰った身体なんだから大事にしないと」



 少し変わった声色に、耳を傾ける。
 ピントの狂った世界では、目の前の顔がどんな表情で彩られているのかさえ分からなかった。
 自分の今の感情すら、はっきりしない。

 かき回されて、ぐるぐるグルグルまわって、回って、廻って。



「…気持ち悪い」

「ほら、身体に悪いだろ。没収」

「あー…」



 一瞬で戻るくっきりはっきりの構造。
 色とりどりの平凡な景色に、少しだけ驚いたような彼の顔。

 こんな世界、捨ててもいいの。

 どこからともなく零れ落ちた一粒を、低めの体温が攫った。



「…、ごみ、入ったみたい」

「みたいだね」



 離れる、涙を拭ってくれた指先を追いかけると、柔らかい視線と絡む。
 どこか切なく、酷く優しい。



「…ー、」



 気がついた時には、いつもの女子受けしそうな笑顔が目の前にあった。



「残り少し、終わったらジュースでも奢るから」

「―マジでか。頑張れあたし」







だって、貴方と同じ世界を視てみたかったの


(本当は全部気がついていて、私が知りたがっているものも知っているんでしょう?)
(君には何も知らずに安全な場所にいてほしい)


ぱりん、割れてしまえ。










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