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どうせなら口付けで殺して



 くらり、クラリ。

 ティキはどうしようもない眩暈に襲われていた。
 目の前の現実に、脳の処理が追いつかない。
 頭がどうにかなりそうだった。

 茫然と、視界に入るその光景を見つめる。



「っ大丈夫ですか!?しっかり…!」



 今日もいつも通りの筈だったのだ。
 いつも通りイノセンスの破壊に駆り出されて、居合わせたエクソシスト待ちのファインダーには適当に倒れて貰って。
 あとはイノセンスを破壊してしまえば、本日も平和に終わる筈だった。

 なのに、なのに何故−。

 壊す寸前に飛び込んできた人影。
 エクソシストだと認識するのに時間は必要なかった。
 見覚えのないシルエットに、一族との雑談の中でぼんやりと聞き流した、最近エクソシストが一人増えたという話が頭をよぎる。

 通常なら一瞬で始末できたものを、思い留まった理由。
 ティキの動きと思考回路を奪ったのは、視界にちらついた髪色だった。
 青みのかかった、深い漆黒。

 重なる記憶。



『つくづく思っけどよ、ミヤビの髪って綺麗な色だよなあ』

『え、ほんと?』

『ああ、確かに。オマエもそう思うだろティキ』

『おー。こりゃ、オレが見てきた黒髪の中でも一番だな』

『っありがと、嬉しい。みんながそう言ってくれるなら伸ばしてみようかな』



 照れたように、はにかむ笑顔が脳裏にこびりついた。
 下町の人間とよく絡んでいた時期、最も近くにいた女性。
 いつだって穏やかに楽しそうに微笑んで、彼女を慕う人間は沢山いた。

 アレン・ウォーカーとの戦闘で傷を負ってからは、彼らとは会っていなかった。
 忘れていたわけではない。
 寧ろ、…−。

 現実感の薄れる世界で、不意に、瀕死状態のファインダーへと向けられていた彼女の顔があがった。



「−…、っ」



 絡まる視線。
 記憶と同じ面影に、疑惑は確信へと変わる。

 ナンデ オマエガ ココニイル。

 困惑に渦巻く意識の中で、ミヤビの瞳が見開かれた。
 唇が動くのが、スローモーションで脳に届く。



「…−ティキ…?」

「!」



 息が詰まった。
 今の姿は、ノア本来の姿だ。
 彼女達といた時とは似ても似つかない。
 分かるはずが、ない。

 しかし、あの時と変わらぬ声で、あの頃と同じ響きで、ミヤビは確かに自分の名を口にしたのだ。



「…ティキ」



 二度目は、言い切った。
 彼女は確信していた。
 愛しさと悲しみを交えたその声に、縋り付きたくなるのを堪える。



「…確かにオレはティキだけど、キミとは初対面じゃない?」

「っ嘘!私が貴方を間違えるわけないでしょ!っなんでティキが…!」



 涙を携えて声を張り上げるミヤビを瞳に映すなり、そっと息を吐いた。

 ―なんで?それは、



「−それは、こっちのセリフだろ…ミヤビ」

「っ…!」



 パタリ、と彼女の瞳から頬を伝った涙が地面に落ちるのを見届けると、ティキは無言で微笑んだ。
 静かに静かに、音もなく近寄る。
 何かに懸命に耐えるように眉を寄せたミヤビは、ファインダーの身体をそっと地面に寝かせて立ち上がった。



「なあ、何でお前がこんなとこにいるわけ?」



 イーズ達と一緒に、幸せにやってるハズだろ?

 争いを好まないお前が何で。
 血なんて一番似合わねェお前が何で。
 こんな場所に、そんな格好で、そんなモン持って、このタイミングで。



「何でだろうな、ホント…」



 いつか仲間と褒めた、漆黒の髪に手を伸ばす。
 くしゃり。

 触れると同時にミヤビの強張りが綻び、ふわりと笑みが零れた。
 触り心地も撫で心地も、彼女の笑顔も、何一つ変わりはなかった。

 まるで無抵抗なミヤビに複雑そうに笑いかけると、ティキはその華奢な身体に腕を回す。
 抱き締めたことなど、一度もなかった。

 戦いたくはない。
 傷付けたくない。
 失いたくない。

 しかし、ここで見逃したとしても、いつかはまた戦うべき時が来るだろう。
 下手をすればAKUMAや他のノアの手に掛かって命を落とすかもしれない。
 イノセンスだけを壊しても、一度関わった以上、きっと彼女が無事に過ごせる保証などないのだ。
 何より、もうミヤビを敵地になど返したくなかった。

 他の奴に触れられるくらいなら。
 他の奴に壊されるくらいなら、いっそのこと…−。

 まわす腕に力がこもる。



「…ティ」

「オレに壊されろよ、ミヤビ」



 耳元で低く低く囁かれた言葉は色々な感情が入り混じっていて、ただただ泣きたくなった。
 顔を上げたミヤビは控え目にティキの頬に手をのばすと、涙を浮かべたまま、花のように微笑む。



「−いいよ」



 その愛しさに溢れた音が鼓膜を揺らすと同時に、首に回された彼女の両腕に引き寄せられた。
 唇に触れた不意打ちの温度に、少しだけ驚く。

−普通、オレの役割だと思うんだけどね。

 吹っ切れたように口元を緩めて、さらに強く抱き寄せた。







どうせなら口付けで殺して


(ごめんなさい、本当は世界なんてどうでもよかったの。貴方がいなくなった時点で、私の幸せは何処かへ消えてた)

(初めは、ただ幸せでいてほしかった。けどもう、誰にも触らせる気はない。手放す必要はなくなった)


世界を捨てた、くしゃくしゃポイ。





(お題提供元:この世は夢よ、ただ狂へ!様)

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