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俺の絶望に歪んだ顔が好きだと言った、お前の快楽に歪んだ声が好きな俺



 キルアはじっとソレらと睨めっこをしていた。

 穴が空くんじゃないかというほど見つめる、二枚のトランプ。
 片方には愉快そうに自分を嘲笑うピエロが描かれていることだろう。
 難しい顔をして悩む彼に、弾むような声が掛かる。



「キールア、そんなに悩んだって一緒だって。運命に委ねてさっさと負けよーよ」



 トランプが横にずれ、愉しげに満面の笑みを浮かべるミヤビの顔が現れた。
 そんな言葉に、負けず嫌いの彼が従える筈もなく。



「うるせーよ。よっし、今度こそ俺の勝ちだぜ!」



 ニッと笑って彼女の手からカードを引き抜いた。
 しかし、そんなキルアを待っていたのは、此方を馬鹿にしたように気持悪い笑顔を向ける道化師。
 プルプル震えるトランプの向こうで、ミヤビが勝ち誇ったように口の端をつり上げる。



「わたしの勝ちだね」

「まだ終わってないだろ。ほら!」



 ムッとしながら目にも止まらぬ速さで二枚のトランプをシャッフルし、ミヤビの前に突き出した。
 しかし、彼女は迷うことなく一枚選ぶ。
 キルアの手元に残ったのは、さっき見たばかりの憎たらしい微笑みを浮かべる男のカードだった。

 うがーっとカードをほおり投げると、ニコニコしているミヤビに詰め寄る。



「お前ぜってーズルしてるだろ?」

「まさか。実力だよ。それよりも…」



 更に笑みを深くしたミヤビが身を乗り出すことで、二人の距離がますます縮まった。
 そんな彼女に悔しそうな顔を見せたのち、キルアは開き直ったようにあぐらをかく。



「ハイハイ、ルール通り何でも答えてやるよ。でももうネタ尽きたんじゃね?」



 ゲーム前に二人で決めたルールが、勝者は敗者に何でも一つ質問できるというものだった。
 二人とも暇を持て余している為、やり始めてから数時間たっているが、全てミヤビの圧勝。
 もうネタも尽きる頃だろう。
 そんなキルアの問いに、ミヤビも少し唸る。



「んー確かにねえ。わたしばっか質問してるし」

「しょーがねーだろ、お前強すぎ」

「キルアが弱いだけだよ」



 ケラケラ声を上げるミヤビに、キルアは不意打ちで口付けた。
 言われっぱなしというのも立場がない。
 殺し屋一家の一員である彼が一般人のミヤビの唇を不意打ちで奪うことなど、赤子の手を捻るようなものだ。

 短いそれに丸くなった瞳を見て満足そうに笑うが、それも束の間。
 あっと言う間に見開かれていた彼女の目は細められ、悪戯っぽい表情に変わる。



「よし、じゃあ質問ね」

「キスに関しては反応なしかよ」

「いきなりなのはいつものことでしょ?」



 言葉に詰まるキルアに向かって、ミヤビはそのまま続けた。



「では質問です。キルアが絶望するのはどんなとき?」

「はあ?」



 意味が分からないとでも言うように眉をしかめる姿に、予想通りだと笑う。



「じゃあ質問変えるよ。もしわたしが他の人の所に行ったら、絶望する?」



 その質問には一度きょとんとして、それから直ぐに自信たっぷりの笑みで返した。



「バーカ。そんなことさせるかよ」



 そう返ってくることは彼女には想定済みだったらしい。
 なんら動じることもなく、クスクス笑ってキルアの両手を握る。



「うん、わたしもそれは無理だな」

「だろ?」



 いつものことだ。
 不意打ちは自分の得意分野だったのに、ミヤビのそれには敵わない。 
 毎度ながら威力絶大な彼女の言動に照れつつも、悔しいからとキルアは冷静を装った。

 そんな彼の心境を知ってか知らずか―きっと前者だろう―ミヤビは尚続ける。



「んーじゃあさ…」



 少しの空白に、キルアは僅かに反らしていた視線を戻した。
 ミヤビの三日月型に歪む口元から目が離せない。









「―わたしが死んだら、絶望する?」




 一瞬だけ頭が真っ白になって、でも次の瞬間には勝手に答えを出していた。



「するぜ。気が狂うくらいに」



 彼女を失うなんて、考えられない。
 無意識に握り返した手に力が入り、彼女の白い手が益々白さを増していた。
 慌てて離すと紫がかった赤色がくっきり残り、謝ろうと顔を上げる。

 ピタリ。

 謝ろうと、口を開きかけて、そのまま停止。








よかった




 無邪気過ぎるミヤビの笑顔に、躰が冷えた。
 文字通り邪気のないそれは、だからこそその狂いを悟らせる。

 ああ、久しぶりに、きた。

 キルアは頭の端っこで冷静に傍観した。
 彼女の“そういう部分”を目の辺りにするのは別に初めてではない。
 そんなところも含めて、惹かれた。



「だったら」



 やはり自分も狂っているからだろうか。
 この異常な雰囲気に、無邪気さに、ゾクゾクする。
 固まるキルアを漆黒の瞳に映して、花のような笑顔で、彼女は笑った。






「いつかキルアの目の前で、









 この喉、切り裂いてあげる





 己の首に手を当てて言い切るミヤビに、思わず手を伸ばす。



「ミヤビ、お前、は―…」



 その手が届く前に、身体に加わる衝撃。
 突如思い切り抱きついてきたミヤビを受け止めきれず、そのまま倒れこんだ。
 何も考える暇も与えず、耳を擽る声。

 いつもの明るさに、少しの甘ったるさを加えたそれは麻薬のように。



「好きだよ、キルア。わたしは、…―」



 躰を侵蝕する声と言葉に、笑って頭を撫でてやる。

 感じる体温を、抱き締めた。






俺の絶望に歪んだ顔が好きだと言った、お前の快楽に歪んだ声が好きな俺



(狂ってるのは分かってる。それも含めて愛してくれているんでしょ?)
(お前が俺の総てだから、それは叶えてやれないけど)



床に堕ちる道化師の笑いは。





(配布元:ことばあそび様)


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