全身全霊をかけて作られましたシンデレラ ◇ とある平民の一軒家。 目の前の青年の笑みに、雅は顔が引きつるのを感じた。 眩しいほどの白い衣装に気品漂う佇まいの彼の正体は、本人から明かされるまでもなく理解する。 どうりで、平民と名乗る割にはやたら品があったわけだ。 今までどおり日常的に隣で見たり、またはただ遠くから眺めるだけならば、そのご尊顔も大層な目の保養であるだろうに。 意図を含んだ上で自分に向けられてしまえば、そんな麗しい笑顔もただの凶器と化す。 ーさて。 「そろそろ思考はまとまったかな。じゃあそろそろ履いてみようか、雅さん?」 音もなく美しい仕草で差し出されたのは、観賞用かと疑うようなパンプス。 透明感溢れる硝子独特のそれを一瞥してから、再びその穏やかな双眼と視線を交える。 「…幸村さん、とりあえずひとつだけ質問があるんですけど」 「なんだい?」 「普通、こういうシチュエーションで王子本人が直々にいらっしゃることはないと思うのですが。しかも護衛もなしに?」 そこらへんは頭大丈夫ですか。 真顔で投げかけられた言葉に一瞬きょとんとした幸村は、次の瞬間には可笑しそうに表情を崩した。 通常運転のふんわりとした笑顔でも、企みを含む時の整いすぎた笑みでもない。 「フフ、もっと色々質問をされることを予想していたんだけど…今この場で、たったひとつの疑問がそれでいいんだ?相変わらず斬新な視点だね」 少しあどけなさを感じる笑い方に、己の胸の高鳴りを聴く。 いや可愛いかよ。 思わず更に表情をなくす雅に対し、幸村は嬉しくて堪らないといった様子で首を傾げた。 「そういえば、呼び方も接し方もそのままでいてくれているね」 「…“どんなことが起きても変わらない関係でいる“と口約束していますからね。まさかこんな爆弾抱えているとは思いませんでしたけど。もちろん、人目があれば考慮しますよ」 「うん、ありがとう。さっきの質問の答えだけど、君ならそう言うと思ったからこうして最低限の人数でこっそり来たんだ」 「いやそんな分かりやすくワクワクされても」 可愛いだけだが? この際しっかり目に焼き付けておこうとガン見するが、忘れてはいけない。 今朝お触れが回った、“王子の探し人“の証拠である硝子の靴。 それを片手に現れた幸村の姿をみた瞬間にまさかとは思ったが、一体いつから彼の掌の上だったのか。 「ー、君も強情だからね」 視線は交じるものの動く気配のない雅に少し困ったように笑った幸村は、急激に距離を詰めるなりその手をとった。 リアクションを返す間もなく、攫われた手がスルリと彼の肩へと誘導される。 同時に目の前で片膝をついてしまった姿には、さすがに動揺を隠せなかった。 「!?っ幸村さん、さすがにこれは…!お立ちになってくださいっ」 ある程度なら無礼承知で約束を守ろうと考えていたが、明らかに度を過ぎた行動だ。 平民の小娘相手に王子が膝をつくなど、あってはならない。 さすがに後ろに控えていた付き添いも、傍観はできなくなったらしい。 「ー精市、ある程度は目をつぶるとは言ったが…いくら俺しかいないとはいってもこれ以上は限度があるぞ」 両眼を閉じた優しそうな青年がやや眉を顰めて歩み寄ってくるが、当の本人は視線だけでそれを制した。 「真田ではなく君に頼んだのは、状況に応じて融通が利くと思ったからだよ」 「フッ、確かに弦一郎よりは融通は利くだろうな。お前が彼女を迎えたい気持ちも実際に会ってみてよく分かった。だが、やはり最低限の体裁はある」 「柳なら雅さんの魅力をすぐに分かってくれると思っていたよ」 「ああ。だから、不本意だろうがせめてその役割は俺に譲ってくれないか」 「…そこまで言うなら仕方がないね」 柳の適切な説得の甲斐もあり、なんとか納得してくれたらしい。 心底残念そうに視線を落とした直後にチラリと上目遣いで見られたときには、その威力によろめきそうになったが。 理性をフル活動することで凜とした佇まいを保つことはできた。 はあ、可愛いが過ぎる 鼻に集中している血液を何とか他に拡散させようと、昨日台所で見かけた人類の敵との戦闘を思い出した。 見た目にはクールな装いを保てていると信じたい。 そんなことをしているうちに、ゆったりと立ち上がった幸村と入れ替わりで柳がその場に収まるが、手は未だに幸村に握られたままだ。 「…あの、」 「支えくらいは俺が出しゃばっても問題ないだろう?」 「ああ、それくらいは問題ないな」 「すいませんちょっとそろそろ突っ込んでもよろしい?」 自分そっちのけで進められるやり取りに、やっと口を出すことができた。 不思議そうな二人分の視線を受けながら、目の前に差し出されている硝子の靴に意識を向ける。 さすがに求められている流れは理解した。 今朝のお触れと今の二人の会話からして、この融通が全く利かないであろう靴をピッタリ履けた者を城に迎え入れるということだろう。 第一王子である、幸村精市の妃として。 彼からの好意は自覚しているし、自分も同じくらい好きである自信もある。 ポンと出の平民が素直に祝福を受けられるわけもないため、何かしら屁理屈や運命的な演出が必要なことも分かる。 だが身に覚えがありすぎる記憶によって、物申したい欲は治まらなかった。 わざわざ柳に靴を履かせてもらうまでも、ない。 数日前の幸村の“お願い“が脳内で再生される。 『君に靴をプレゼントしたいから、足の型をとらせてほしいんだけど…いいよね?』 今思い出しても美しい。 柔らかく髪を揺らして小首を傾げる、彼お得意のもはや選択権のないお願い方法だ。 「…私の足型で作った硝子製の靴が、私に履けなくて誰に履けると」 全身全霊をかけて作られましたシンデレラ (運命の“う“の字もないな…!?) (ああ確かに。結果の為に惜しまない努力をしたのなら、それはもう必然だよね) (恐らく彼女が言いたいのはそういうことではないと思うが) 裾をあげて、踏み出して。 2023/12/11 |