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ああ、まるでドラマのワンシーン





 そろり。

 視界もほぼゼロの薄暗い部屋の中、自分の鼓動だけがやたら響いている気がする。
 足音を忍ばせたまま移動していた雅の耳に、あろうことか目的地から声が届いた。



「ーサンタさん?」

「ッ!っっ」



 全身で飛び上がりそうになったその瞬間、隣の温度が動く。
 素早く肩と後頭部を抱き寄せられた加減でポフリとその胸元に顔を埋める形になり、声を上げるという大失態は免れた。
 そのまま息を止めていると、幼子の途切れ途切れの言葉が曖昧に消えていく。

 ふわりと空気が動いて、囁きが耳元を擽った。



「…−うん、もう大丈夫。フフ、寝言だったみたいだね」

「はぁ…すいません、ありがとうございました幸村さん」

「どういたしまして」



 柔らかい拘束がそっと外されチラリと見上げると、通常運転の綺麗な微笑とかち合う。
 新人の自分に対し、やはり経験を積んだ先輩は肝の据わり具合が別格だ。
 デビューは誰と組むことになるかは当日まで分からないため不安だったが、比較的関わりが多く仲良くしている彼で安心した。

 声を潜めながら、相手の意向を確認し合う。



「じゃあ、このまま枕元まで行こうか。プレゼントは間違いないね?」

「はい、三度確認したので大丈夫です」



 幸村が頷いたのを見届けてから、素早くベッドまでたどり着いて指定の場所に箱を置いた。
 朗らかに眠る子どもの顔が朝になってどんな風に色づくのだろうと、想像するだけで胸がほっこりする。
 完了の合図を送ると、通路を確保してくれていた幸村に続いて外に出た。

 ざくり。
 雪を踏んだ瞬間に、一気に肩の力が抜ける。



「はー緊張しました。できたら朝の反応まで見てみたいです」

「お疲れさま。今年もみんな大分楽しみにしてくれていたようだし、きっと喜んでくれるよ。柳達の事前調査は外れたことがないしね」

「ですね。にしてもいつも柳さんと乾さんははどうやって調べているんでしょうか」

「それは…企業秘密ってやつじゃないかな」



 不意に人差し指を口元に当ててゆるりと首を傾げる姿に、一瞬で思考が吹っ飛んだ。

 あ、あざとい…!

 元々この幸村精一という人物は、儚さ際立つ色白美人だ。
 しかし仕事に関しては一切妥協を許さないため、普段の物腰の柔らかさとのギャップにやられる女性も多いのだとか。
 それに加えてこういったお茶目な部分も垣間見えるため、彼とコンビを組むことになった自分に嫉妬の視線が集まったのも頷ける話だった。
 明日から暫くは同僚たちから質問攻めになるに違いない。

 いきなり現実に連れ戻されて少し遠い目をしていると、気持ちワントーンあがった音で名前を呼ばれる。
 振り返ると、トナカイを慣れた手付きで撫でる幸村が美しく双眼を細めていた。



「初仕事も無事に完了したことだし、あとの余った時間は俺が貰おうかな」

「…は!もちろん私に付き合えることなら何でも。あ、でもすぐ戻らなくても大丈夫ですか?真田さんとかに怒られちゃうんじゃ…」



 その美貌に思わず惚けるものの、伊達に少しだけ長い時間を共にしたわけではない。
 いち早く我に返ると、彼の次に厳しさ際立つ先輩を引き合いに出してみるが、清らかな笑顔でかわされた。



「ああ、真田なら大丈夫だよ。終了時間までに戻れば何をしていたかなんて分からないしね。雅も頑張ってくれたから、思った以上に早く終わったんだ」

「そんな、幸村さんのおかげですよ。あれ、でも初めに仰っていた時間ぴったりみたいですけど?」

「俺の中での終了時間を伝えたからね」

「おおう。これが噂の魔王様マジック」

何か言ったかい?

いいえ滅相もございません



 最近どこかで耳にした意味深な単語を意味も分からず呟いてみたが、何故か深く考えてはいけない気がして即座に敬礼する。
 そしてこれからは彼の前では使わない方がいいのだろう。
 自慢ではないが、この己の感覚と引き際の良さで人生を切り抜けてきた自覚はある。

 その兵隊のような姿がウケたのか。
 フフッと淑やかに笑った幸村に再度視線を奪われるが、次の瞬間にはガラリと彼を纏う空気が変化した。



「…じゃあ雅、改めて」



 ふんわりした中性的な雰囲気が消え去り、色気の種類が切り替わる。



「今からもう少し、俺に付き合って貰いたいんだけど」



 いいよね。

 優しさだけではない、やや力と熱のこもった瞳に射貫かれて、差し出された手に反射的に温度を重ねた。








ああ、まるでドラマのワンシーン


(あれ、この流れで私に選択肢ってあったっけ)
(昔から、これと決めたものだけはどんなことをしてでも手放さない主義なんだ)


雪の跡、イルミネーションの静けさ。


2023/07/30