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そんな砂糖菓子よりも甘い声で囁かれたら脳が蕩けてしまいますが





 そろり。
 とある洋館の門を覗き込んだ雅は、少し悩んだ後に踵を返した。
 否、返そうとした。



「ーあれ、折角来たのにどこに行くんだい?」

「!?」



 一体どこからどう現れたのか、いきなり肩に触れた温度に喉が鳴る。
 ひゅっと渇く音を呑み込んで振り返ると、麗しく微笑む中性的な姿に胸をなで下ろした。
 相変わらずの神出鬼没に驚くが、目的の人物であるため瞳を細める。



「こんにちは、幸村さん」

「こんにちは。雅は俺に会いに来てくれたんだよね、何か忘れ物かな」

「あ、はい。いえ?」



 いつも通りの美しい笑みを浮かべてはいるが、今日はなんだか何かが違うような。

 曖昧な違和感に首を傾げるが、正直そのご尊顔を見詰めていると大抵のことはどうでもよくなる。
 いつものようにひとつ頷いて、後にぼそりと続いた「まあ来なくても会える予定だったから一緒か」という彼の言葉の意味は深く考えることを放棄した。

 軽やかに前髪を揺らした雅は、手に持っていた籠を幸村の前に掲げてみせる。



「いつもの差し入れ持ってきました。気配がないから先ほどはお留守かと思って」

「ああ、ありがとう。気を遣わせてすまなかったね、ちょうど家周りの見回りをしていたものだから」

「パトロールですか?ふふ、警察みたいですね」

「そうだね。今日は特に、見回りに強化が必要な日でね」



 ふわりと表情を緩める幸村に思わず見惚れるが、今日は何か特別な日だっただろうか。
 ここにくるまでの道のりを思いだして、納得した。



「ああ、ハロウィンだからですか。やっぱりこういう日って、幸村さんたちにも何かしら影響が出たり?」



−“魔女“と呼ばれる類いの彼は、比較的人間界に紛れ込むのは容易い方だろう。

 他の知人のように尻尾やら耳やら異形なものはないし、満月で姿が変わるわけでも、日光など日常生活に支障が出るような苦手があるわけでもない。
 あえて挙げるとするならば、その整った容姿が言おう無しに人目を惹くことだろうか。
 どのみち、幸村印の薬や漢方はここらでは知らない人間はいないくらいの名物だ。
 その手伝いとして、こうして趣味で育てているハーブや薬草が役立てていることは雅の密やかな自慢である。

 ただ、今日という日が例えば体調なんかに影響があるのであれば早めに切り上げるなり助太刀するなり、対応を考えなければならない。
 興味と気遣い半々といった彼女の表情にひとつ笑みを含んだ幸村は、しなやかな動作で差し出されている緑を持ち上げた。



「いや、俺達に直接影響が出るわけではないよ。ただー、そうだね。見回りに関しては、ハロウィンだから、という単語だけをとるならほぼ正解かな」

「え、意味深」

「雅はもう少し自分の体質と立場を自覚した方がいいかもしれないね」

「…何だかそれ、よく言われる気がします。一応、神社通いしたりお守り持ち歩いたりしているんですけど」



 やや困ったように眉を下げて苦笑いする彼女は、所謂霊媒体質だ。
 幸村からしてみれば、自分や仲間達がこれだけ関われている時点でその神社の恩恵やお守りとやらの効果は怪しい。

 ただ、寧ろこうして近くにいることで雅に好意を持って人知れず守っている者は多いため、ある意味最強のお守りを持っているのだろう。
 相変わらずの質の良い差し入れに満足げに頷くと、籠を受けとるついでにその手をとって門の奥へと誘導した。



「じゃあ、お裾分けのお礼に特製のお守りでも作ろうか」

「え、幸村印だなんて物凄く効きそうですね。嬉しいです」

「うん、効果はあるだろうね。…効き過ぎるのも危ないから少し加減しないといけないかな」

「そんなにですか!?」



ーそれぞれ腕は確かだから、除けすぎて守りが薄くなっても困るな。

 100%意図は伝わっていないが、感情豊かで素直な反応に毎回笑ってしまう。



「ところで雅、今日の荷物はこれだけかい?」

「?はい、今日は幸村さんに会う以外の予定はないので」

「…役得だね。でも、欲を言うならもう少し警戒心も持ってもらった方がいいかな」

「?わっ、ぷ」



 雅が聞き返すより先に、急に立ち止まった幸村の身体と顔がご対面した。
 安全を第一にしている彼にしてはかなり珍しい行為に面食らうが、謝ろうと顔を挙げて固まる。

 いつの間に両手をあけていたのか。
 自然な形で己の両肩を捉える温度に動きは封じられていた。
 逆光で顔に落ちる陰すら美しい。

 美しいのだがー、



「君のことだから今日はそれなりの準備があると思っていたけど」



 弱冠声のトーンが違う気がするのは、気のせいか。



「あの、幸村さん?準備って、」



 恐る恐る上目遣いで覗うと、いつもより艶やかな視線と交わる。
 愉しげにゆるりと歪む唇を見詰めた。



「ーフフ、選ばせてあげる。決まり文句はどちらから言おうか?」

「っっっ…!」






そんな砂糖菓子よりも甘い声で囁かれたら脳が蕩けてしまいますが

(この人、顔だけで人を何とでもできるぞ…!)
(この関係も楽しいんだけどね。そろそろ意識もしてもらう頃合いかな)

頬張れキャンディ。


2022/10/04