あなたの熱に浮かされて溶かされて、なくなってしまいたい ◇ ガチャリ。 日付も変わり掛けの時間帯。 玄関の扉を閉めて鍵穴に鍵を差し込もうとしたところで、音もなく己とは別の手がそれを遮った。 こんな気配もなく現れる知り合いなんて、そう何人もいない。 「…こんばんは、リョーマ?」 ふわりと頬を緩めて振り向くと、想像に違わない双眼とかち合う。 「ッス」 短く素っ気ない返事をした彼の頭では、艶のある猫耳がピクリと動いた。 ユラユラ揺れる尻尾も健在だ。 周囲を警戒しながらもこちらから視線を外すことなく首を傾げる。 「ねぇ、一応聞くけどこんな時間にどこ行く気?」 「ちょっと眠れないからコンビニ覗いてこようかなって。リョーマこそ、こんな時間にどうしたの」 「…別に、暇だから来ただけだけど。31日が何の日か知ってる?」 やや訝しげにその大きめのつり目を細める姿に、前髪を揺らした。 普段から興味が偏るため多少世の中には疎いかもしれないが、そこまで常識がないと思われるのは心外だ。 「31日、ねぇ…もちろん分かる分かる」 最近の買い物で立ち寄るスーパーの飾り付けやテレビから聞こえる単語を思い返しても思い当たるのはひとつだが、それが何だと言うのか。 「私イベントごとってあんまり興味なくて。あ、でもハロウィンの夜とかだったら多分リョーマも自然体で出歩いても支障ないよね。ちょうど休みだし一緒に出掛ける?」 完成度の高すぎるコスプレだとかで注目を浴びそうではあるが、名案かもしれない。 人間界に紛れるために普段は意識して耳や尻尾を引っ込める必要があるらしいため、こちらから外出に誘うのは初めてだ。 至近距離にある最高の毛並みを誇る漆黒の耳を触りたくてウズウズするが、少しの間の後に聞こえた盛大な溜息に瞬いた。 最近とあるきっかけで縁があった彼は、本人の話に聞くところによると随分前から自分のことを知っていたらしい。 「…、雅さんって昔からほんと危機感ないよね。自分の体質分かってる?気紛れだったけど来て正解だった」 まあ、俺とかあの人達をすんなり受け入れてる時点で普通じゃないけど。 「危機感…」 その勝ち気な表情が少しだけ和らぐのを見届けたのち、そういえば鍵をかける途中だったなと手元に意識を戻した。 先刻から変わらず、その鍵穴は彼の手でしっかり塞がれている。 はて。こうして鍵もしっかり掛けて出掛けるつもりだったし、彼の言う危機感とは? と、そこまで考えてから結論に至った。 「あ、この時間に女性1人で出掛けるのを心配してくれてるのか。確かにね、コンビニは明るくなってからにするね」 「ふーん…まあ間違ってないしいいんじゃない、それで」 「何か含みのある言い方だね。ま、いっか。とりあえず上がって?」 「って、ちょっと…!?」 言うなり鍵穴を防ぐその手をとって玄関の扉をあけるが、珍しくビックリしたような声が聞こえて振り返る。 されるがままに手を引かれて足を踏み入れた越前が、唖然とした表情でこちらを見詰めていた。 「リョーマ?あ、もしかして上がる予定なかった?すぐに帰らなきゃいけないとか」 「…別に。一番乗りでよかったなって思っただけ」 目を逸らすなんて彼らしくない行動に少し心配になって顔を覗き込むが、同時にその場を満たした零時を示す鐘の音に思わず掛け時計を見やる。 それが、空気の変わり目だった。 「っ、」 次の瞬間、一瞬で捉えられた両眼に映る自分の表情が数秒前の彼の姿と重なる。 何がどうなったのか。 いつの間にか逆に掴み返された手と、その貫くような真っ直ぐな眼差しによって身動きがとれない。 少しでも動けば唇が触れそうなまでに詰められた距離のせいで、呼吸すらままならなかった。 秒針の音が支配する空気のなかで、流暢な英語が音楽のように彼の口から滑り出る。 trick or treat! 「え!?あの、リョ、」 「まあ、今更お菓子とかもらっても帰ってあげないけどね。躊躇なく招き入れるなんてやってくれるじゃん」 「ちょっと、状況が呑み込めな、」 身体中の血液が顔に集中しているのが分かった。 爆発でもするのかというくらいの心臓の脈打ちに目眩がするが、そんな状況を分かっているのかいないのか。 被せられた、熱を孕んだ音に声すらも奪われる。 ー、雅さん。 「今日が終わるまでは、俺だけと居てよ」 あなたの熱に浮かされて溶かされて、なくなってしまいたい (明らかに何かが変わっていく音がする) (見ててハラハラするんだよね。俺以外でも多分ホイホイ入れちゃうだろうから先手打たせてもらうよ) 細胞の再構築。 2022/08/14 ※10/31はあの世とこの世を隔てている門が開いて、霊が行き来できるようになったと信じられていた(悪霊も紛れる) ※夢主は霊感体質 |