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太陽に恋するなんて、ああまたヘンテコ猫に笑われる





 雅は大変困っていた。

 等身大の鏡にハンガー。
 座るのも窮屈な、クリーム色のカーテンの引かれた個室。
 そのカーテンを開ければ、年齢層もバラバラな人々が各々好みの衣服をいそいそと物色していることだろう。
 
 そんなデパートの一角の試着室で、服を両手に立ち尽くしているのである。

 はて、何故自分はこんな所にいるのだろう。

 現実逃避をする彼女の耳に、この状態の元凶であるクラスメートの声が届いた。



「飴凪ー着れたかー?」

「…平古場君」

「あい?きつかった?」

「いや、まだ着てないんだけど」

「さっさと着ろってー。気に入らないんばぁ?」

「そーいうわけじゃないんだけどね…」



 軽く明後日の方向を見れば必然的に鏡にかちあたり、今の自分の姿を直視することになる。

 肩までの黒髪は寝癖を直すのも面倒で、適当に束ねただけ。
 どうせ近所のデパートだからと服装はジーパンにTシャツという何ともシンプルな成りだった。
 まさかこんな格好でクラスメートに出会うことになろうとは。
 しかも相手はよりによって密かに憧れている平古場ときた。

 Tシャツにプリントされた間抜け顔の猫が、惨めな自分を嘲笑っているかのように映り、肩を落とす。

 そのまま視線を落とすと、両手に持つ衣服達が目に入った。

 白の襟に凝ったラインの入った黒いノースリーブと、デニムの膝上丈のスカート。
 スカートの右側には大きくスリットが入っており、その下には白黒ストラップ柄の生地が覗いている。
 勿論、これは雅が選んだものではなかった。

 Tシャツのセールコーナーを物色している時にばったり出会った彼に、押し付けられた物だ。
 その時の唖然とした顔が忘れられない。
 雅が我に返るより早く、次の瞬間には腕を引っ張られ、神業スピードで手にとった服と一緒に試着室に放り込まれたのだった。

 余程惨めに見えたのだろうか。

 しかし、と手元の服を広げて目線まで掲げてみる。
 流石に、センスがいい。
 しかし自分に似合うかどうかと問われれば、何とも言えない。

 寝癖が抜けきっていない前髪に手櫛を通し、溜め息を一つ。

 まあこうしていても何も変わらない。

 自分が閉じ籠る限り、彼は試着室の前で待ち続けるのだろう。
 とりあえず着てみようと結論を出した雅は、思い立ったら即行動。
 今までの静止が嘘のような素早い動きで更衣を終えた。



「うっわー…」



 鏡を見て感嘆の息を漏らす。

 髪がばっさばさの自分がモデルであることはこの際置いておいて、改めて見ると素晴らしいとしか言いようがない。
 この組み合わせを試着室に来るまでの道のりで選出。
 彼がテニスの才能に恵まれているのは承知の上だが、将来はこちら関係も充分有望なんじゃないだろうか。

 一人感動する雅に、平古場の待ちくたびれたような声が掛った。



「飴凪〜。やー、時間掛りすぎ」

「あ!ご、ごめん」

「お、完了?」

「ん、でもこれ…」

「どれ」



 しゃっ。

 雅が言い終わる前に、カーテンが開けられる。
 独特の音が鼓膜を通過したのを自覚した瞬間には、世界は一変し、色とりどりの布と鮮やかな金髪に視界が染まった。

 何も心の準備をしていなかった雅は反射でカーテンをひっつかみ、再び世界を閉じようとした。



「!何するばーよ!手離せ飴凪」

「ちょ、まだ心の準備が…!」

「はあ?そんなの必要ないやっしー。わんの目に狂いはなかった」

「は…」



 にっと笑う平古場に呑まれそうになるのを堪え、手に力を込める。



「センスは認める!でも私じゃ駄目だよ!他の、もっと可愛い子に…」

「何でよ?」

「何でって…私じゃ髪ぼさぼさだしセンスもないし」



 視線を合わせる事が出来ずに、目を伏せた。
 すぐそこに立つセンスの良いジーパンをじっと眺めていると、不意に握るカーテンに微かな振動を感じた。

 不思議に思って視線を上げれば、肩を震わせる平古場と目が合う。



「確かに、やーのセンスは独特さあ」

「…やっぱり」



 ずん、と頭に見えない何かが乗った気がして頭をうなだれる。

 そんな雅を見ると、平古場は楽しそうに唇の両端をつり上げた。







―飴凪雅という人間を初めて知ったのは一年前だった。

 きっかけは、教室移動で自分が座った席にあった落書き。

 見る気もなく適当に開いていた教科書からふと垣間見えた、歪な模様が気になった。
 教師の紡ぐ呪文のような声を聞き流しながら、教科書をどかし―、



「ブッ…!」



 次の瞬間、平古場は必死に息を止める事となった。
 笑いを堪える為だ。

 学校の机独特の色と模様の上に描かれた、その物体。

 熊なのか鬼なのか、みようによっては蛇にも見えるソレに、腹を抱えてころげ回りたい衝動を抑える。
 これを描いた奴がどんな人間だとか、どういう心境だったのかとか、勿論そんなことは知らない。
 ただ一つハッキリしていたのは、自分がえらくこのセンスを気に入った事だった。

 暫くまじまじとその絵を見つめていた平古場だったが、突如シャーペンを握ったかと思うと、机に突っ伏すようにしてそこに何かを書き込む。



「…よし」



 十秒もしないうちに顔を上げて満足そうに笑い、頬杖をついて窓の外に目をやった。





―次の日、同じく机に座った平古場は真っ先に昨日と同じ場所を確認した。



「ック…」



 意識せずとも笑いがこみあげる。
 意味不明の絵の横に自分が昨日書いた、『宇宙人か?』の文字。
 その下に、ご丁寧にも返事が書かれていた。

 少し斜めに流れるような整った字で、一言。

 『猫!』



「そりゃないんどー」



 返事の答えと絵とを見比べてケラケラ笑いながら、その下に続く文字を視線でなぞる。



『こっちにもそっちの絵を見る権利があると思う』


「上等さあ」



 淡々と書かれた飾り気のない言葉に軽く唇を湿らせペンをクルリと一回転させると、平古場は教師の声をシャットアウトした。




 それからは何回か机上でやり取りが行われ、平古場は日に日に絵の主が気になり始めた。

 移動教室で同じ机に座るということは、100%同じクラスではない。
 しかし探ろうにも、相手も意識して気を遣っているのか中々尻尾は掴めなかった。
 とうとう、もう自然に分かるまで待ってみようかと考え始めたその日。
 答えはあっけなく彼の前に姿を現した。

 廊下を歩いていた時に、目の前の女生徒が手帳を落としたのだ。



「おい―」



 拾って、何気なく視線を落とした先に見えたものに、平古場は固まる。

 オレンジの手帳に描かれた、ヘンテコな落書き。
 描いてあるものは違うが、このセンスは見間違える筈がない。

 軽く目を見開くと、踊る心を押さえ付けてその肩を叩いた。



「やーだよ、やー。ストップ」



 フワリと、癖っ毛の黒髪が揺れる。
 驚きに満ちた、大きな瞳と目があった。



「え?」

「落し物さぁ。これ、やーのあんに?」



 目の前に手帳を掲げれば一瞬呆けて固まり、次の瞬間には大きく動きを見せる。
 大人しそうな唇からは、ハッキリとしたソプラノが飛び出した。



「ええ!?わー、ちょ、…わああもうごめん有難うさよならーッ」

「は?あ、おい!」



 平古場の手にある手帳を見るなり顔を真っ赤に染めあげて、彼の手からそれを奪い去る。
 平古場が気付いた時には、手帳も女生徒もその場から消えていた。







 一年前の出会いを思い出し、平古場はやはり愉しげな笑みを浮かべる。

 恐らく、雅は自分が机上文通の相手だとは気付いていないのだろう。
 勿論、彼女と同じクラスになった時に自分が心中でガッツポーズを決めたことなんて、更に知る筈もない。

 たまにはデパートにも来てみるもんさー。

 目の前で云々唸っている雅を眺めながら、今日の自分の気まぐれぶりに感謝した。



「飴凪、やーはもっと自信持て」

「ッー…そんなこと言われても」

「心配すんなって、わんの言葉を信じろ」



 満面の笑顔でそう言うなり、平古場はスルリと雅の髪へ手を滑らせ、束ね役のゴムを拐う。
 瞬間、音もなく癖のある黒髪が広がった。



「わ、ちょっと」



 慌てて髪を押さえ付ける雅の手を掴んで、平古場は目を細める。



「ほぉら、やーはこっちのが似合うんさぁ」



 キラキラ輝く金髪と笑顔に、雅は思わず視線を外した。










太陽に恋するなんて、ああまたヘンテコ猫に笑われる





(…あんなに絵上手い人、そんなにゴロゴロいないよバカ)

(やーを光らせられんのは、わんだけやっしー)




シャー芯折れた、んん。