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神に見放されたと叫ぶ私の前の天使の微笑み【前篇】






 街並みは人と活気に溢れていた。
 甘味屋や果物屋、洋服店、雑貨店など様々な店が立ち並ぶ商店街。
 そんな中、人と人の間をすり抜け、雅は走っていた。



「うわわまた遅くなっちゃった!拗ねられる…!」



 走りながら首に掛けた懐中時計に視線を落としたのがまずかったらしい。
 不意に影った視界に考える時間は与えられず、次の瞬間には軽い衝撃に見舞われる。

―ドン。

 それは軽いといっても、華奢な雅のバランスを崩すには十分のものだった。



「ッ…」

「おっと、」



 ふわり。



「―…、?」



 思わず目を瞑るものの、途端に掴まれた腕と引き寄せられる頭。
 抱き寄せられたのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。



「怪我はなかったかい?」

「あ、すいませ…」



 上から降ってきた優しげな声に雅は顔を上げるが、その言葉は途中で途切れる。
 あまりに綺麗に微笑む青年に、思わず魅入った。

 固まる雅に心配そうに眉をしかめた彼を見て、慌てて離れる。



「ホント大丈夫なんで!ぶつかっちゃってごめんなさい、そちらこそ怪我はなかったですか?」



 ブンブン両手を振りながら距離を置いた雅に少しキョトンとすると、青年はクスリと笑った。



「俺も大丈夫だよ。悪かったね、あまりに珍しいものが揃っていたものだから気を取られてしまって」



 全く理不尽なくらい綺麗な人だと見惚れながらも、その言葉に少し首を傾げる。
 此処等にあるものは日用品などありふれた物ばかりで、特に珍しい物などはない。
 確かに下町だが、そんなに他と変わるものだろうか。



「上の町から来られた方ですか?それとも違う国からの観光とか」



 それなら此処等の物が珍しかったりもするかもしれない。
 興味津々といった様子で瞳を輝かせる雅に、青年は少し困ったように笑った。



「うーん、そうだね。そんなところかな」



 曖昧な答えに目を瞬かせるものの、それ以上の追求はしない。
 何か事情があるのかもしれないと区切りをつけて一人頷く雅に、青年は微かに瞳を細める。
 しかしそれは一瞬のことで、すぐにまた柔らかい笑みを浮かべて雅に問掛けた。



「そういえば、何か急いでたんじゃないのかい?」

「ああ!やば…っ」



 青年の言葉にハッとなると同時に、雅の指輪が光る。



「…あー、」


 
 遅かったと額に手を当てて、渋々指輪の装飾部分に触れた。

―ジジ…。

 雅の白い指が離れると、機械的な音と共に装飾部分から小さな立体映像が浮かび上がる。
 端正な顔をした少年が、少し不機嫌そうに雅を見つめていた。



『ねぇ、遅いんだけど。どこで油売ってるわけ?』

「…ごめんリョーマ」

『雅が来ないから先輩達に捕まって、今から修行』

「……申し訳ない」



 淡々と述べられる台詞にうなだれていると、呆れたような溜め息が耳に入る。



『まあ、無事ならいい。とりあえず今日はもう無理そうだから、明日ちゃんと責任とってよね』

「ありがと、分かってる」



 相変わらずの不器用な優しさに嬉しそうに微笑むと、リョーマも微かに笑った。



『じゃ、また何かあったら連絡して』



―ウ゛ン…。

 静かな唸りを上げて立体映像が消え去ると、雅は穏やかな表情のままそっと息を吐く。
 とりあえず一段落だ。

 装飾に指を滑らせ指輪の光を消したところで、物珍しそうな視線に気付く。



「これも珍しいですか?」



 ふふ、と笑って指輪を填める手を少し掲げると、青年は素直に頷いた。



「ここは通信技術が発達しているね。俺のところではまだ通信機は匣型だし機能も平面映像と音声のみだよ」

「そうなんですか。あ、時間が空いたのでよろしければこの辺りをご案内しましょうか?」

「それは助かるよ。お願いしようかな」



 完全に此処等の人間ではないと踏んだ雅の申し出に友好的に口元を弛めた青年は、思い出したように口を開く。



「そうそう、名乗ってなかったよね。俺は幸村精市」

「あ、飴凪雅です。宜しくお願いします」

「こちらこそ」



 慌ててペコリと頭を下げる雅に対し、幸村も笑顔とお辞儀を返した。






―続