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―ヒーロー登場?・・・まさか―



 猛スピードで着替えを済ませ学校を出た雅は、晴天の下、のろりのろりとマイペースに歩みを進めていた。
 平日のこんな時間帯に一人で出歩くことは珍しく、新鮮な気持ちで家に向かって歩く。

 催促も文句もないなんて素晴らしい。

 手の痛みも忘れウキウキする反面、二人とも今頃ちゃんと真面目に授業を受けているのだろうかという心配も横切る。
 勢いで出てきたが、帰ったら帰ったで言葉攻めされそうだ。



「…ま、食事でご機嫌とろ」



 二人の好物を考え始める当たり、自分も何だかんだで兄を慕っているのか。

 いやいや、まさか。

 雅がブンブンとかぶりを振りながら角を曲がろうとした瞬間、



―ドンッ



「…った」

「いってぇなあ」



 死角により、人にぶつかってしまったらしい。

 お互い歩きだった為にそこまで衝撃はなく、雅は鼻を打っただけであったが、視線が相手の胸辺りであることから体格の差は明らかだった。
 相手にも非がないわけではないが、とりあえず頭を振っていたのだから自分の非は否定できない。
 鼻を抑えつつも、慌てて顔を上げて謝った。



「すいません。お怪我はなかったですか?」

「あ?いてぇに決まって…何だ、可愛いじゃん」



 男はガラの悪そうな面でいちゃもんをつけようとするが、雅の顔を見ると態度を一変させる。
 値踏みするような視線に思わず顔を歪めた。

 肩に掛けた鞄を掛け直すと、気付かれない程度に呼吸を整える。
 一人なら、全力で走れば何とかなるだろう。
 相手は大学生くらいだ。
 見た限りスポーツをやっている感じもなく、自分は現役。
 振りきる自信はあった。

 しかし、隙を伺うその時間が自分の首を絞める事になってしまったらしい。



「何立ち止まってんだよ」

「そのデカイ図体で止まられたら邪魔だっての」

「おいおい、暑いんだから立ち止まんなって〜」

「!」



 後ろから、新たに三人がゾロゾロと姿を現す。



「うっせぇな、邪魔してんのはそっちだろーが。今良いとこなんだから邪魔すんなって」



 あからさまに顔を顰める男に対し、雅を視界に入れた三人は興味深そうに声を上げ始めた。



「なになに?えっらい可愛い子いんじゃん」

「制服ってことは学生だろ?学校はどうしたんだよお嬢ちゃん」

「何ならお兄さん達が遊んであげよーか?……?」



 楽しそうに雅に近づくが、その中の一人がふと首を傾げる。
 何か考えるようなそぶりで雅の顔を見つめると、あっと叫んだ。



「思い出した!君、いつも雲雀と骸に挟まれて歩いてる子じゃん!」

「はあ?あいつらの女か何かか?」

「そーいや見たことある気がすんなあ」



 何だか勝手に盛り上がっていく会話に、一人グッタリしてくる。

 此処等の人間ならそりゃ見たことあるだろう。
 登下校、買い物…外に出る時は常に隣にいるのだから。
 行く所が一緒だからとか嫌いな食材を買われたくないだとかで、結局は挟まれて外出することになるのだ。
 そのお陰でどれだけ目立っているか。

 ふっと遠い目をして思考を飛ばしていると、不意に肩を抱かれ我に返る。



「何にせよ丁度いいぜ。あいつらには散々借りがあんだ」

「君が雲雀と骸の何なのか知らないけどちょっとお兄さん達に付き合って貰うよー」

「おいおい、そりゃちょっとマズイじゃねぇの?」



 あの馬鹿兄貴達は一体何をやらかしてるんだ!

 心の中で突っ込むが、ケラケラ笑う輩に囲まれているこの状況は非常によろしくない。
 あまり大事にしたくない思いで、気持ち、少し離れる。



「…すいません、帰ってやることあるので」

「あ?んなつれないこと言うなって。別に悪いようにはしねーよ」



 肩を抱いている男に話し掛ければ、あろうことか負傷している左手首を掴んできた。
 忘れていた痛みが急激に蘇る。

 痛覚が刺激され酷い鈍痛が走った。



「っ…!」



 声にならないうめき声を漏らすと同時に、あまりの刺激に思わず目を瞑る。
 しかし、それ以降、その男が何かをすることはなかった。



―ガッ


うっ



―バキッ


があっ




「…え?」




 暗く閉じた世界の中、酷く近くで鈍い音がした。
 一拍遅れて叫び声が混じり、次の瞬間には手首への圧迫感と肩に乗っていた手が消える。

 変わりに両隣に感じる温度と、聞き慣れた声。



「…君達、誰に許可をとって僕の妹にちょっかい出してるんだい?」

「クフフ…僕の妹に手を出した罪は重いですよ」

「…二人共、何で」



 目を開ければ、当たり前のようにそこにいる兄達。
 自分を庇うように少し前で構える二人に対し驚きの声を上げる雅だったが、前を睨み付けたまま発せられた彼等の言葉に撃沈する。



「弁当に箸が入ってなかったから文句を言いに言ったら帰ったって聞いてね。何勝手な事してるの?」

「同じく。大体、行動が軽率過ぎます。間抜けな顔でとろとろ歩いてるからこんな輩に絡まれるんですよ」

「…はい」



 相変わらず酷い言われようだが、今回は自分が悪い。
 頭をうな垂れ、鈍痛が残る左手首を抑える。

 先程の急な痛みに少し弛んだ涙腺を閉め直すが、瞳に溜った水分はどうしようもなかった。
 渇くまで待つしかない。



「…雅?」



 返ってこない反論と消え入りそうな返事に疑問を持った二人が、後ろに視線を向けた。

 素直過ぎる。

 張り合いのなさに物足りなさを感じながら振り向けば、左手首を抑え、涙を浮かべる妹の姿があった。



「「!」」



 思わず目を見開く。
 うつ向き気味で視線は二人から反らすように左下に向いており、二人に見られていることには気付いていない。

 しかし、はっきり確認した。

 さっきは、雅が四人の男に囲まれてるのを見て。
 手を掴まれるのを見て。
 頭に血が昇って考えるより先に行動した為に見落としていた。

 赤く腫れた手首と、潤んだ瞳。

 周りに心配を掛けるのが嫌いな雅は、どんな時だって笑っていた。
 そんな彼女の涙なんて、何年ぶりに見ただろう。
 愛犬を失った時以来ではないか。
 その笑顔を守りたい一心で、危険を遠ざけ、大事に守ってきたのに。

 華奢な手が乱暴に掴まれた時の映像がフラッシュバックし、二人の頭の中でぷつり、と何かが切れた。



「ちょっかいを掛けるだけでは飽き足らず怪我までさせるとは」

「え?!ちょ、二人とも待ってよ、これは違」

泣かせていいのは僕だけだよ。好き勝手やってくれたね」

何かそれ違う!じゃなくて…!」



 兄達のただならぬ殺気にぎょっとして顔を上げれば、あらぬ疑いを掛けられている男達。
 どうやら彼等にやられた怪我だと思っているらしい。
 流石にそれはとんだ濡衣だと誤解を解こうとするが、彼女の声は最早全く二人の耳に入っていなかった。



「覚悟はいいですね?」

「咬み殺す」

「ちょっと…!」

ぎゃあぁああ



 その場に響き渡る悲鳴に反射的に目を瞑る。
 しかしこのままでは本気で危険だ。
 刑務所には無縁で人生過ごしたい。

 思い切り息を吸い込むと、肺に取り込んだ酸素を糧にあらん限りの声で叫んだ。



「ストーップ!!」



 悲鳴に混じり、雅の声が響き渡る。

 妹の聞いた事もないくらいの音量の声に、二人の動きも止まった。
 ずんずんと近づき、その手から気を失った男を解放させると、溜め息を一つ溢す。



「ちょっとは聞く耳持ってよ二人とも。これは体育で捻ったんだよ。この人達のせいじゃない」



 雅が男達を庇うのが気に入らないのか、恭弥はムスッとし、骸に至っては笑顔を張り付けたまま足元に転がる男に最後の蹴りを入れる始末。



「って言ってる傍から…!」



 慌ててその横たわる体を跨ぎ、男と骸の間に入る。
 それを見ると、骸はスッと目を細めた。
 気に入りませんね、と呟いて雅の右手を掴む。



「では、誰にやられたんですか?」



 いきなりの問いに、雅は少し考えた。

 この二人は、昔から何かと男子を毛嫌いする。
 一時期は男嫌いなんじゃないかと疑ったこともある程に、目の敵にするのだ。
 そんな彼等に真実を言ったらクラスメートがいいカモになってしまう。
 妹が怪我をさせられた、とでも理由をつけて教室に乗り込んでくる姿を想像して、青くなった。

 考えた結果、嘘ではない程度の、当たり障りのない言葉を選ぶ。



「バスケでパスを受け損ねただけだよ。…ッい!?」



 不機嫌そうに言い切れば、左手首に再び軽い鈍痛。
 振り向くと、左手を取って腫れの程度を確認する恭弥の姿があった。
 触れただけで反応した雅の様子に眉を顰める。



「そう。で、誰にやられたんだい?」

「…だからパスを」

「運動神経だけは良い雅がそんなヘマするとは思えないけど」

「大方、誰かが誤って飛ばしたボールに間抜けにも当たったんじゃないですか?」



 何だかどさくさに紛れて酷い事を言われているような気がするが、あながち外れてもいない。
 ムッとなるその表情に、二人は確信した。

 相変わらず分かりやすい。



「すぐそこですからもう一人でも帰れますね」

「帰ったら鍵閉めて待ってなよ」



 くるり、と背を向ける兄達に、嫌な予感が横切る。



「え、ちょっと何処行くの?!」

「少しばかり用事を思い出しました」

「君みたいに暇じゃないからね」



 はぐらかした言い方だが、雅には分かった。

 この感じは…やる

 二人の暇潰しにクラスメートを巻き込まれては堪らない。
 実際のところはただの暇潰しではないのだが、彼女が知るわけもなく、二人を止めにかかる。



「ちょっと待って!折角此処まで来たんだから一緒に帰ろ!」

「…何を甘えた事を。言われなくてもすぐ戻りますよ」

「お願い。手の手当ても手伝ってほしいし…」

「…それくらい自分でできるでしょ。無理なら少し待ってなよ」



 可愛い妹にお願いされて聞かない兄が何処にいるだろうか。

 しかし今は犯人を探し出して手を下さねば気が治まらない。
 誘惑と必死に闘いつつ、歩みを進める。

 その姿には雅もヤケになった。
 最早こんな子供じみた台詞で彼等が止まってくれるとは思わなかったが、もう他に引き留める言葉が思い浮かばないのだから仕方ない。
 投遣りな気持ちに任せてボソリと呟く。



「クラスメートに怪我させたりしたら、もう二人とは口聞かないから」

「「」」



―ピタリ


 二人の歩みが、止まった。


 
「…おや?行くところがあったのでは?」

「…君こそ、用事があるんじゃないの?」



 前を向いたまま、ピリピリとした空気を纏わせる。
 そんな中に、駆け寄る足音が紛れ込んだ。



「ね、二人とも用事は辞めて今日は夕食作るの手伝ってよ」



 後ろから掛った声の方へ視線を向けると、駆け足で追いついた雅が息を整えてニコリと笑う。

―全く、分かってるんだか分かってないんだか。

 二人は一瞬だけ互いに視線を合わせると、軽く息を吐いた。
 どちらからともなく体を反転させ、歩き出す。

 あまりにあっさり帰り路につく二人に拍子抜けしていると、両側から手が伸び、くしゃりと頭を撫でて離れた。



「…」



 髪の乱れた頭に手をやると照れたようにはにかんで、二人の背を追う。
 何だかんだで、やっぱり兄だ。
 そういえば助けて貰ったお礼を言ってないなと口を開き掛けたが、恭弥に先を越された。

 視線を反らしたまま雅に言葉を向ける。



「ハンバーグ」

「はい?…ああ、夕食ね」

「焦がさないようにね」

「了解」



 ふふっと笑うと、今度は逆隣の骸からのリクエストが入る。



「カレーで」

「え?二人とも別メニューですか。二品はキツ…」

「甘口でお願いします」



 有無を言わさない笑顔で付け足される条件に、ピシリと雅の表情が固まった。
 というか、この流れはまさか。



「…二人とも手伝ってくれるんだよね?」



 恐る恐る聞いて見れば、ふっと笑って視線を反らす二人。



「ちょ、この手で二品は無理だからね?!」

「焦がしたら食べないよ」

「ああ、具材はあまり大きく切らないで下さいね。食べにくいので」



 涼しげな声でさらりと釘をさしていく兄達に、雅は頭の中で何かが切れるのを感じた。



「〜…だ、から…文句言うなら自分で作れぇえええ!」



 やっぱりお礼は取り消し!

 叫ぶ雅を楽しそうに見る二人の姿は、今日もまた変わらない。