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―当てつけですか?―



 彼女の朝は、台所を駆け回る所から始まる。



「雅、箸がないんだけど」

「自分で出して!」

「クフフ…味噌汁に豆腐が入っていませんが」

「知るか!切れてたのッ」



 振り返らずに受け答えする雅は、ガチャガチャといらただしげに音をたてながら自分の分を準備する。

 座った先には、涼しげな表情で自分が作った朝食を口に運んでいる二人の兄の姿があった。
 黙々と焼き魚を食べる恭弥に、優雅に味噌汁をすする骸。
 二人とも、妹である雅がムッとするくらい容姿は整っている。

 しかし、彼女から見れば中身に問題ありだった。



「少し焦げてるね」

「味、濃いんじゃないですか?」



 手はとめずにさらりと文句を述べる二人に、雅の中で何かが切れる。



「文句あるなら自分で作れええぇえッッッ」



 バアンッ、と机が叩かれ食卓上に起こる大地震。
 これがこの家での日常だった。

 兄二人による妹いびり。

 しかし、彼等の本心を雅が知ることは未だに、ない。
 食事をしているだけで絵になる肉親達を恨めそうに眺めながら箸を進める。
 ふ、と時計に目を向ければ何とも早い朝の時間。



「って時間がない…!二人とも食器は流しに置いておいて」



 雅が時計横目に慌てて階段を上がっていく。
 自分の準備そっちのけで朝食を作っている結果だ。
 五分後には全ての準備を整えて降りてくるだろう。



―ここからが、彼女の知らない舞台である。

 これまた日常となっている、兄二人の争いの始まり。
 雅が階段の向こうに消えると、最後の一口を飲み干した骸が笑顔を張り付けたまま隣に問掛けた。



「…毎朝思うんですが、風紀委員長がこんな時間まで家にいて良いんですか?」



 同じく最後の一口を飲み込んだ恭弥が、視線も寄越さず口を開く。



「群れるのは嫌いだからね。君こそ、今日は日直だったと思うけど」



 妹に向けるそれとは確実に温度が違う声で返される言葉に、笑顔を崩さず答える。



「ああ、予めもう一人と仕事を分担しているのでお構いなく。僕は日誌担当なんです」



 バチバチと静かな火花が散った。

 二人の足元には既に鞄が置いてあり、両人共に完璧に身なりも整っている。
 此処に女性がいれば熱い視線を受ける事になるだろう。

 要は、二人共今すぐに出れる状態なのだ。
 それが何故こんなくだらない言い合いをしているのかと言えば理由は簡単。



「あれ、今日も二人ともまだ出てないの?」



 溺愛する妹と登校するためであった。
 不思議そうに首を傾げながら降りてくる彼女を見ると、二人はすかさず鞄を手に玄関へ向かう。



「何ボサッとしてるの?僕の妹である以上遅刻は許さないよ」

「もう少し要領良く出来ないんですか?」

「…」



 いやいや誰かさん達の朝食作って弁当詰めてるからね。

 そんな抗議をしたところで目の前の兄達の耳には届くまい。
 雅は溜め息と共に突っ込みを飲み込むと、頭を垂れながら玄関へと向かった。

 家を出ても、兄達の密かな争いは続く。
 今の状態は三人一列で道路側から恭弥、雅、骸である。

 不意に骸が雅の肩を引き寄せた。



「もう少しこっちに寄るべきですね。他の人の邪魔です。配慮が足りないんじゃないですか、雅?」


 あたし?!

 思わず突っ込みそうになったが、逆隣から引っ張られることによって舌を噛みそうになり、泣く泣く口を閉ざす。



「三人が一列になること自体が通行の邪魔だよ。そんなことも分からないくらい頭弱いの?」



 またあたし?!

 明らかに自分に視線を合わせて放たれる言葉に、訳が分からなくなる。
 何故こうも自分ばかりが責められるのだ。
 どう考えてもこれらは兄二人の間でやるべき会話であって、自分に矛先が向けられるのはおかしい。
 いつも通りの理不尽な言われように一人頭を悩ませる。

 そしてもっと頭が痛いのが、



「あらおはよう。朝から仲良しねえ。羨ましいわ」

「雅ちゃん、こんな素敵なお兄さん達がいて良いわねえ」



 近所のおばちゃんや主婦達による兄達への熱い視線である。



「あはは…」



 愛想笑いを返しながらも心の叫びは一つ。

 耳、大丈夫ですか?

 さっきの会話を聞いてどうしてそう思えましょうか。

 世の中所詮顔か…。

 遠い目をする雅の苦悩は始まったばかり。







 キーンコーンカーンコーン…


 予鈴と同時に校門到着。

 さて此処でも待ち受けているのは女生徒達の二人への熱い視線。
 そして自分に向けての嫉妬と羨望の視線であった。

 気持ちは分かる。
 容姿だけならそこいらの芸能人達よりよっぽど良いのだから。

 しかしそれなら是非とも変わってくれと思う。
 時たま混じる男子生徒からの哀れみの視線を受けながら、諦めたような微笑みを浮かべ二人に挟まれ歩き続けた。


 その間当人達が何をしているかというと、害虫に目を光らせているのである。

 仮にも彼等と血を共にしているのだ。
 二人が両隣を占めているせいでぱっと見気付かれないが、雅も単独で見れば十分パーツは整っている。
 化粧や服装といった外見にあまり執着がないのも、彼女が実質以下に見られることに関係していることだろう。

 しかしそれは先程も述べたように兄達の近くにいればの話だ。

 一般的に見れば可愛い分類であろう外見にプラスし、気遣いや人当たりの良さも兼ね備えている雅を周りがほっておくわけがなかった。
 現に今だって男子生徒の視線が自分達の隙を縫って妹に注がれているのだ。
 雅の思う哀れみの視線には好意のラブコールも含まれているのである。

 それが分かっているからこそ、彼等は雅を一人登下校させた事など一度もないし、こういう時に威嚇しておく。

 彼等と目が合った者はことごとく、素晴らしい勢いで明後日の方向に首を回転させていった。
 程々に掃除が終ると、再び妹へのアタックが始まる。



「ねえ、もう少し速く歩けないの?」

「そこ、つまずかないで下さい。転ばれたら迷惑です」

「…先行っていだだけませんでしょーかお兄様方」



 耐えきれずそう漏らせば、



「雅、君はいつから僕に命令出来る立場になったんだい?」

「クフフ、僕に命令なんて十年早いですよ」

「…」



 雅は両隣からの横暴な言葉達に、諦めの涙と共にフッと静かに笑った。

 もうどうにでもなりやがれ。

 そんな彼女はその絡みでさえ、彼等からの周りへの見せつけであることに気付かない。






―ダンダンッ


 バスケットボールの音が反響する体育館で、ボールを抱き締めながら溜め息を吐く。
 そんな雅を見かねて、友人がその頭をこづいた。



「何しけってんのよ。この幸せ者が」

「…そう思うなら変わって下サイ瑞木サン」

「馬鹿言わないで。アンタだから可愛がられてんの、他の奴じゃ放置されんのがオチよ」



 体育座りで下から睨みあげるも、あっけらかんと返される返事。

 全く皆揃ってどこをどう見れば可愛がられているように見えるのだ。
 むーっとしかめっ面をする彼女に、友人は呆れたように笑った。
 この鈍い本人以外、誰から見てもあの二人が妹を溺愛していることは明らかだ。

 気持ちは分からないでもない。
 頑固な癖に表情だけは素直、責任感が強くて笑顔が可愛くて。
 こんな子が近くにいたら誰だって可愛がる。

 罪な奴だ。

 よしよしと頭を撫でると、不思議そうな顔をした後へにゃりと笑った。
 勢い余って抱きしめる。



「…この野郎が!」

何なんですかさっきから



 ああ、連れて帰りたいなーなんて考えるも、そんなことをすれば恐ろしいことになる。
 女子だろうが老人だろうが子供だろうが、雅を自分達から引き離そうものなら容赦はしないだろう、彼等は。
 腕の中で居心地悪そうにモゴモゴ動く雅を見て、親友に当たるであろうその友人は苦笑を漏らす。

―そんなじゃれあいをしていた為に、二人共に反応が遅れた。



「危ない!」

「「!」」


 
 声が耳に届いた時にはもう遅かった。

 軌道が大きく逸れたバスケットボールが二人めがけて鉄砲玉の如く突っ込む。
 反射的に友人を押して上に被さった雅の肩に、それは命中した。
 ボール自体の威力も中々なものの、それによりバランスを崩して床に着いた手首の方に問題があったらしい。



「…っ」

「雅!」



 不安定な着き方をした手首に、痛みが走る。
 慌てて起き上がり気遣う友人に笑顔を返し、ボールが飛んで来た方向を見た。
 明らかにゲームや練習をしていた様子はなく、ふざけて誤って飛ばしたのだろうと予測する。

 男子が4・5人オロオロしており、その中の2人が顔を蒼白にして此方に駆け寄ってきた。



「わ、悪い…!」

「わざとじゃなかったんだけど…怪我した!?どっか痛めたか!?」

「あのねえ!あんたら…!」

「いーよ、大丈夫。ありがと瑞木」

「大丈夫ってあんた…」



 男子に掴み掛りそうな勢いの友人を抑え、雅はニコリと笑う。
 しかし、男子の蒼白な顔は変わらなかった。

 例えば相手が雅以外であればここまで焦ることはなかっただろう。
 何と言っても学校内の有名人二人の妹だ。
 最強・最恐・最凶を詠われる彼等が極度のシスコンであることは全校生徒・教師公認である。

 以前雅が体育で足を捻挫した時など、一ヶ月間体育という授業が消えた程だ。
 そんな溺愛する妹が男子のふざけに巻き込まれ怪我をしたなんて彼等の耳に入れば、この学校で卒業を迎えられるかも危うい問題であろう。
 退学届けを準備しようか、とまで思考を巡らす男子を、雅の視線がしっかり捕えた。

 シチュエーションも忘れ思わずドキリとするが、次の彼女の言葉に目を点にする。



「…これから一ヶ月、掃除当番代わってくれたら許す」



 きょとんとする男子に対し、雅の意図を察した友人は軽く息を吐いた。

 相変わらず、甘い。

 一般的に見れば「いいよ気にしないで」なんて笑えば優しい女の子として捉えられるだろうが、それではやった側が何となく引きずってしまう。
 それよりは何かをやらせた方が、罪を償った気になり、気が晴れるだろう。
 雅はそう考える為に、こういう状況になった時は必ず何か条件を出すことにしている。

 この友人のように意図を正確に汲める人間は少ないが、彼女に逆らおうなんて輩はいないし、目的は果たせているのでやり方を変えるつもりはなかった。

 ポカンとする男子にもう一度問掛ける。



「するの?しないの?」

「!やるよ、やる!」

「それで許してくれんだな?」

「ちゃんとサボらずやってくれたらね」



 ニッと悪戯っぽい笑みを浮かべると、男子の顔が輝いた。
 もう一度謝罪を述べると、仲間の所に戻り、その旨を伝える。
 ずどんとしていた空気にぱっと花が咲き、あまりの分かりやすさに友人は空笑いを浮かべた。

 ちらりと隣に視線を向ければ、少し赤くなった左手首が見れる。
 目に見えて腫れてきていた。
 庇われた事もあり雅にはお礼なり謝罪なり言いたかったが、彼女がそれを望まないことは知っていたし、余計な気を回させたくない。

 あえてそれには触れず、違う質問をする。



「…あんた、本当にあれだけでよかったの?」

「ん?別に。わざとだったら流石に怒るけどね。…それよりも」



 いきなりずーんと落ち込んだ頭に、何となくその思考を読んだ。



「…また、小言言われる」

「ああ、お兄さん達ね」

「ちょっと怪我しただけで何、君馬鹿なの?とか、クフフ…後始末するこっちの身にもなって頂きたいものですね、とか言われるんだよ?!」



 微妙に似ている物真似を取り入れながら熱弁する雅には微笑ましい笑みしか返せなかった。
 『後始末』の言葉を深く考えないところは流石と言うべきか。



「まあとりあえず手当てしないとね。保健室行くよ」

「あ、いーよ。このまま帰って家でやるから」

「え…ああ」



 一瞬聞き返しそうになるが、察しのいい友人は感付いた。

 彼等は、授業以外は何故か必ず近くにいる。
 何かと理由をつけて雅の所にやってくるのだ。
 女生徒はいい目の保養だと喜ぶが、男子生徒から見れば堪ったものではなかった。
 恐らくこの授業が終われば二人の姿を拝めるだろう。



「じゃ、御免ね。先生にはうまいこと言っといて」

「ラジャー」



 了解の言葉を聞くと無言でお礼の握手を残し、雅はその場を後にした。






―続。