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 聞き慣れた足音と声に意識が呼び戻された雲雀は、僅かに黒髪を揺らした。



「雲雀さーん!」

「…、」

「え!?無視ですか、それはさすがに酷いです。咬み殺してもいいので相手して下さい」



 ぎゅう。

 呼びかけに構わず足を進めるも、追いついた少女が学ランの袖を捕らえたため溜め息混じりに停止する。
 相変わらず、見かけによらず足は速い。

 本日の日付からして彼女の用件は明白だ。
 既に朝から、何人かの女性徒よりそれに携わるブツも没収済み。
 現に、雅からふわりと香る甘い匂いがその仮定を確信へと塗りつぶしていた。

 無意識にいつかのクッキーを思い出して眉を寄せるが、微かな変化な上、彼の背後に控える雅には知ったことではない。
 雲雀の反応そっちのけで、期待を裏切らない行動にでた。



「ハッピーバレンタインです。チョコ受け取ってください!」

「学業に関係ない物は持ち込み禁止だよ」

「うわあ雲雀さんってば今日も学校第一ですね素敵です」

「会話が成り立たないんだけど」

「没収ですか?没収ですよね!」

「…、」



 早く没収して下さい。

 きらきらと輝く視線を避けるように、渋々振り返る。
 分かっている。
 ここで跳ね退ければ、また前回の二の舞だ。

 活発で人見知りのないこの少女のことだ、仲の良い同級生の分も用意していることだろう。
 偶然にもその同級生達を知っている身としては、彼らがどんな悲惨なブツを出されようと懸命に平らげてしまうことは目に見えた。
 そんな彼らに対する、雅の反応も。

 これ以上かき回されるのはごめんだと、雅の白い手から素早く紙袋を攫った。
 かさりと中を覗けば、瞬間鼻腔を擽る不可思議な刺激に唇を結ぶ。
 今彼女の方を見ても先程と変わらぬ笑顔とぶつかるだけだろう。

 中身への視線はそのままに、ひと粒指先で摘んだ。



「…で、今回は味見はしてるの」

「してません!」

「懲りないね」



 彼女相手では呆れるという感情すら思い出せない。
 ゆるゆると漆黒のそれを唇の裏側に送り込むと、一息置いて何とも言えない苦みが味覚を占めた。

 ガリッ。

 噛んだ時の効果音まで前回と変わらない。
 否、前回はクッキーで今回はチョコレートの筈だ。
 何故全く同じ食感なんだと感想を持ちたいのは山々だが、相手が相手だと、そうそうに思考を振り払った。



「どうですか?」



 今回はちょっと自信作なんですけど。
 なんて続きそうな声色に、脳の命令を待たずして身体が動く。

 紙袋を雅の手元に返すなり、片手で彼女の後頭部を固定して、小柄な体型に合わせて屈んだ。



「!うむ…」

「−自分で味見した方が確実だと思うけど」



 寸前で取り出したチョコレートを彼女の口元へと押し込んだのち、満足そうに指先を引き戻す。

 親指と人差し指に付いたパウダーをぺろりと舐めとると、妙な甘味が舌を痺れさせた。
 最後にまぶしたであろうこの部分だけが甘さの名残だ。
 恐らく彼女に渡ったのは90パーセントが苦味の塊。

 完全に動きを制止している後輩に視点を戻すと、頬にポワンと朱をのせて瞬きを繰り返していた。
 あまりの味に絶句しているのか。
 何はともあれ、これで少しは懲りただろう。

 内心でほくそ笑んで、その瞳をのぞき込む。



「感想なら聞くよ」

「っ甘い、です」

「…ワオ、君は味覚音痴だったかい?」








苦々しくてスイート


(雲雀さんからモノを食べさせて貰える日がくるなんて!)
(相変わらず君にだけは振り回されっぱなしだ)


味なんて二の次ですから!いぇい。





(お題配布元:伽藍様/おかしな五題より)