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 ガチャリ。

 開けた扉の先に見えたものに、雅は固まった。
 きっかり三秒後、呆れたように笑いを溢す。



「こんなとこにいても良いの?君は」



 その声に反応して、此方に背を向けていた人影がモゾリと動いた。
 雅のベッドでくつろぐソレは、振り返ると、いつもの無表情で手をヒラリと振ってくる。



「お邪魔してますー」

「や、それは見れば分かるんだけどね」



 見慣れたカエルの被りものに苦笑し、雅は部屋に足を踏み入れた。
 ベッドの横を通るついでに、その頭をヨシヨシと撫でていく。
 抵抗をしないところからすると嫌とは思われていないらしい。
 脱いだ上着をハンガーに掛け、ベッドに腰掛けた。



「で、本職の方はいいの?フラン」

「面倒なんでサボりですー」

「…またベルさんが乗り込んでくるとか御免だからね?」



 フランの先輩であるベルがナイフ片手に此処を訪れた時の事を思い起こし、うんざりする。
 そこら中にナイフが突き刺さるわ、食事を要求されるわ、しまいには誘拐されかける始末。
 フランのお陰で出会ってしまった彼は、雅からすれば関わるのを遠慮願いたい人物だった。

 下手に料理を振る舞ったせいで、完全に餌付けしてしまったらしい。
 白い歯をギラリと光らせる端麗な容姿の彼が脳裏にちらつき、寝転ぶフランを少し恨めしげに見下ろした。



「そういえば雅さんは堕王子のお気に入りでしたっけー」

「誰かさんのお陰でね」



 しらばっくれたように言ってのける彼の額に容赦なくデコピンを食らわす。
 いて、と短い非難が上がったが、そこは鮮やかにスルー。
 彼を相手にするのは中々楽しいのだが、今日に限ってはあまり構っている時間がなかった。

 慣れた手つきで髪を束ね始めた雅に、フランが首を傾げる。



「何か用事ですかー?」

「ん、人呼んでる。居てもいいけどこの部屋で大人しくしててね」

「…ミーより大事な人が出来たんですね」



 表情も変えずに言われた台詞に、思わず笑った。



「何その意味深な言葉」

「冗談ですー」



 全く、どこまでが本気なのか分からない。
 だから飽きないのだけれど。
 楽しそうに笑みを溢して再度その頭を撫でると、雅は部屋を後にした。




―バタン

 扉が閉まり、再来した一人の空間。
 急につまらなくなって、フランは身体を起こした。
 彼女の香りが残るこの部屋は落ち着くが、本人がいないのでは魅力八割減だ。


 雅と初めて出会ったのは、ある時の任務の帰りだった。
 出会ったといっても、いつものようにベルに追っかけられている最中にとっさに身を隠したのが此処だったというだけの話だ。
 飛び移った木のすぐ側に、都合よく開いた窓があった。

 そこで、雅とご対面したわけである。



『非常識なカエルさんね。そこは玄関じゃないんだけど』



 特に驚く様子もなくすぐ手元に視線を戻す彼女に、不快感は感じなかった。



『悪者に追われてるんで匿って下さいー』

『ふふ、追われるカエルか。面白いし良いよ。その代わり』



 立ち上がった雅はフランに近づき、その首元に、手に持っていた編み掛けのマフラーを巻き付ける。



『匿い料金はいただくからね』



 その悪戯っぽい笑みに、妙な居心地の良さを感じた。


―ふと視線をずらせば、漆黒の毛糸で編まれたマフラーが目に入る。
 
 先日完成したらしい。
 その色や、自分をモデルに長さを考えていたところから導くと、明らかに贈る相手は男だろう。
 モヤモヤし始めた胸に、訳も分からずそのマフラーを滅茶苦茶にしたくなった。



「…めんど」



 マフラーに伸ばし掛けた手を止めて、踵を返す。
 今日は帰ろう。
 こんなことでこの場所を失うなんて馬鹿らしい。
 既に自分専用の玄関と化した窓に手をかけ、そこで動きを止める。



「…」



 フランの視界に留まったもの。
 それは一人の少年だった。

 少年と言ってももう幼さは抜け、その容姿も一般に高い評価を得るレベルだろう。
 そんな男が、こちらに向かって歩いてきているのだ。
 この辺りにあるのは木の他にはこの家だけである。

 不意に、雅の姿が頭を占めた。



『ん、人呼んでる』




―何かが、弾けた。



「…気が変わりましたー」



 いつもよりトーンの落ちたフランの声が響いた、その数秒後。
 何を思ったのか、男は突如方向転換し、元来た道を戻り始めた。
 それをどことなく満足そうに見つめると、フランは窓に背を向け、扉へと向かう。

 この部屋から出たのは初めてだった。
 しかし道は一本。
 階段を降りれば、直ぐに雅の後ろ姿が見える。
 料理を作っているらしく、腹の虫を騒がせるような匂いが鼻を擽った。

 気配なく動くことなんて動作もないが、敢えて足音をたてて進む。
 案の定、雅が気付いて振り返った。



「フランー、部屋にいてっていったのに。お腹空いた?」



 咎める様子も見せずに笑みを見せる彼女をじっと見つめる。
 やっぱり、誰かに取られるのは御免だ。



「…、あのマフラーって誰にあげるんですかー?」

「え、いきなりだね。どうしたの?」



 少し目を丸くして、しかし直ぐに雅は微笑んだ。

 フランの手に人知れず力が入る。
 彼女の答えによっては、任務外の仕事が増えてしまうかもしれない。
 カエルの被りものを着用した無表情の彼がそんな物騒なことを考えているなんて、誰も思わないだろう。

 何となく下がった気のする温度を不思議に思いながらも、雅は口を開いた。



「もうすぐ弟の誕生日なんだよね」



 ふ、と力が抜けた。
 その優しげな表情に嫉妬しつつも、モヤモヤが消えたのを実感する。

 ああ、何となく、分かった気がする。



「…フラン?」



 いきなり黙り込んだ自分を心配そうに覗き込む雅の身体に、手を回した。
 ふわりと甘い匂いが脳を刺激する。
 今までなかった行動に、雅の声がますます不安の色を濃くした。



「もしかして体調、悪い?」



 誰にも渡してやるものか。
 微かに、唇の端が釣り上がる。
 ポテ、と雅の肩に頭を置いて、ダルそうに呟いた。



「雅さーん、お腹空きましたー」



 直後に返ってくる笑い声を聞いて、再認する。








面倒臭い症候群が発症しました


(たぶん、初めて見たその時から)

(気付いてるかな、新しく買った毛糸に)


編み掛けの。






(お題配布元:mikke様)