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06:




 校内には人が溢れていた。

 あらゆる所が生徒によって飾られ、ところどころに着ぐるみや時代違いの仮装などをした生徒が見られる。
 本日は学生の三大イベントとも呼べる文化祭。
 この学校はマンモス校でも有名だが、イベント好きでも名を轟かせていた。
 それ故一般公開は当たり前、各地から集まった一般人が歩き回っているのだ。

 雅のクラスの出し物も、大いに繁盛していた。



「いらっしゃいませ!」

「ありがとうございましたー」

「何名様ですか?」



 静かな声、元気な声、柔らかい声。
 様々な音が絶え間なく響く一室には、『和風喫茶』の看板が立掛けられている。
 其処で一際くるくると動き回り、笑顔を振り撒いているのが雅だった。



「お待たせ致しました、抹茶あんみつになります」



 ニコリと笑えば、笑顔とお礼が返ってくる。
 こんなに笑顔が活かせる仕事はあるだろうか。
 まさに、笑顔に自信を持つ彼女の独占場だった。



「やってるねー。よ、我がクラスの看板娘!」

「金江…やめてよ恥ずかしい」



 料理を運び裏へ戻るとニヤニヤ笑う友人に茶化され、軽く頬を染める。
 肩に乗せた手を振り払われた金江はその反応が分かっていたのか、益々笑みを深くした。



「冗談じゃないって、似合ってるよ。役も、浴衣もね」

「…浴衣、ねえ」



 彼女にしては珍しい直球な誉め言葉に嬉しく思う反面、浴衣という単語に複雑そうな顔をする。



『飴凪さんの浴衣姿、楽しみやなあ』



 一瞬で脳内を占めた憎たらしい笑顔に、急激に顔に熱が集まるのが分かった。
 長年の付き合いの友人がそんな雅の様子に気付かないわけもなく。
 金江はわざとらしく照れたような仕草で顔を背けた。



「え!?そんなに嬉しかった?いやん、惚れないでよー」

「アホか」

「冗談。で、なになに!とうとう雅にも春がきたか?」



 さっきのは完全に何か思い出して照れたよねえ?

 こんな時だけ素晴らしい洞察眼を披露してくれる友人を恨めしそうに睨み返す。



「そんなんじゃないってば!」

「ムキになるとこが余計怪しーいー」

「っ…うるさい!」



 少し強めに声を上げれば、これ以上はマズイとふんだのか両手を挙げて降参ポーズをとった。
 彼女のこういうところは好きだ。
 引き際を心得ている。
 少し罪悪感を感じながらも、再び頭をよぎる顔に苦戦した。



『一組は和風喫茶らしいなあ』



 知り合いがいるということは、来るのだろうか。
 そこまで考えてハッとすると、ブンブンと首を振る。

 何を期待しているんだ私は!

 考えてみれば、此方が店員、あちらがお客。
 バイトの時と同じシチュエーションになるのだ。
 まさにリベンジのチャンス。
 最近は忙しくてバイトに入れず、勝負はお預けのままだった。

 今こそ決戦の時!

 拳片手に一人燃える雅を訳も分からないまま微笑ましく見守る金江だったが、そんな彼女が何か思い出したようにポケットの中を漁り始めた。
 一気に輝いた金江の笑顔に嫌な予感を感じ逃げようとする雅だったが、肩をガッチリ掴まれる。



「後でこれ、回ろう!」

「……」



 見せられたのは、一枚の手作りチラシだった。
 描かれたドロドロしたイラストに、嫌な予感的中だと笑顔を引きつらせる。
 目に入るのは、真っ赤なマーカーで縁取られたお化け屋敷の文字。

 此処までくればこの友人の考えることなんて手にとるように分かる。



「…あのね、」



 パス、と続けようとした瞬間に、空気を大きく震わす音が鼓膜を揺らした。



―ガッシャーンッ



「「!」」



 慌てて表へ戻ると、一つのテーブルがひっくり返っている。
 側には顔を真っ赤にした一般人であろう中年男性と、対照的に青ざめたクラスメートの姿。
 男性の服には少しの染みが見られた。
 女生徒が注文品をテーブルに置いた際につけてしまったらしい。
 他のクラスメートも助けようとしているがいまいちどう動けばいいか分からない様子だ。

 しかも、運悪くたちの悪いタイプに当たったようだった。



「っすいませ…」

「謝って済むくらいならなあーサツなんてもなぁいらねぇんだよ!」



 ガッと男性の手が水の入ったコップを掴むのを見た瞬間、次の行動が見えた雅の頭に血が昇る。
 
 謝る女の子相手にそこまでするか…!

 金江の制止も聞かず、雅は駆け出した。
 自分のリーチでは男性の手を止めるのは無理だ。
 すかさず二人の間に入り込むと、かばうようにしてクラス一小柄な女生徒の頭を抱え込む。
 
 次の瞬間には水が降りかかってくる、はずだった。



「…、?」



 しかしいつまでたっても自分が濡れる感じはない。
 そっと目を開けて首を動かせば、見えた男性の足元の後ろに、もう一セットの足が確認できた。
 うちの学校の制服のズボンだ。
 上から流れ落ちる水の飛沫で、その色が変色していく。

 下に出来る水溜まりに目を奪われる雅の耳に、ここ数週間で聞き慣れた声が入った。




「水ぶっかけるやなんて、女の子にすることやないよなあ…?」




 いつもより低い声に顔を上げれば、コップを持つ男性の手を後ろから掴んで微笑む、白石の姿。

 その目は笑っていなかった。








(いつもの笑顔はどうしたよ…!?)






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